今年に入って、スタジオジブリのアニメ映画「もののけ姫」のモデルとなった日本神話、および登場人物と歴史上の人物の関係性について物語の構造を分析してきました。その中で、映画冒頭に登場した主人公「アシタカ」の故郷の許嫁である「カヤ」が、日本書紀の神代に「栲幡千千媛萬媛命」(たくはたちぢひめのみこと)の名で登場する人物であると結論付けています。
なお、古事記における同人物の表記は「萬幡豊秋津師比売命」(よろづはたとよあきつしひめのみこと)であり、秀真伝(ほつまつたえ)ではもっと簡単に「タクハタチチヒメ」と表記されています。日本書紀の一書(別伝)には、この他に
栲幡千千媛萬媛命(たくはたちぢひめよろづひめのみこと)
天萬栲幡媛命(あめのよろづたくはたひめのみこと)
栲幡千幡姫命(たくはたちはたひめのみこと)
火之戸幡姫児千千姫命(ほのとばたひめこちぢひめのみこと)
と複数の表記が示されており、わざわざこれだけのバリエーションが書き残されていることから、神話化されてしまった日本の古代史の中でも、特に重要な人物であったろうことが予想されるのです。
なおここでは、同一人物を表す表記として、「千千姫」(ちちひめ)を使用することにします。
さて、これは既に記事にした話の繰り返しになりますが、千千姫の「千千」あるいは「チチ」という表記から、これがおそらくあの大ヒットアニメ「千と千尋の神隠し」のタイトルに用いられただろうことは容易に想像が付きます。
また、主人公の少女である千尋は、神々の世界に迷い込んだ後に、湯婆婆(ゆばあば)から「千」という名前を与えられます。つまり一人の少女が「千尋」と「千」の二つの名前を同時に持たされる、すなわち「千千」であり、このようなドラマ設定からも、千尋の人物モデルが、日本神話に登場する千千姫であろうことが窺えるのです。
■カヤの名はどこから来たか?
これは「もののけ姫」の構造分析の中で保留となっていたのですが、映画ではどうして千千姫に「カヤ」なる名前を付けたのか、その点が未だ不明点として残っています。
古代史上、「カヤ」と言えば真っ先に思い出すのが、朝鮮半島に誕生した伽耶(かや)、あるいは加羅(から)なる小国の連合国です。確かにアニメに登場したカヤの出で立ちは、朝鮮の民族衣装を彷彿とさせるものです。
ところが、千千姫の父は、日本書紀では高皇産霊神(高木神)となっているし、秀真伝でも第7代タカミムズビのタカギとなっており、この系統からは伽耶国との関係が見えてきません。
ここで分析がすっかり行き詰っていたのですが、最近になって「カヤ」の名を冠した姫神の祀られている神社が、島根県の出雲地方にあることが分かったのです。それは、記紀秀真伝になく「出雲国風土記」に登場する「阿陀加夜奴志多岐喜比売命」(あだかやぬしたききひめ)です。そしてその父の名は「所造天下大神」(あめのしたつくらししおおかみ)、いわゆる大国主のことです。
ここでこの姫神の名前を注意深く見ると、「アダカヤ」とは伽耶国の一小国である「安羅伽耶」(あらかや)を指すとも考えられますし、「ヌシ」とは出雲大物主系の出身者によく付けられる名前です。そして、「タキキ」は「タカキ(高木)」と読めなくもありません。
つまり、この姫神の名前には、「朝鮮伽耶国」「出雲大物主(皇統)」「高皇産霊(皇統)」の複数の要素が同時に盛り込まれており、この名前自体が極めて暗号性の強いものとなっているのです。
伽耶国の中の一小国、金官国(きんかんこく)は後の新羅王を輩出した国であり、やがてその兄弟国である新羅に伽耶国は滅ぼされてしまいますが、その時に多くの王族たちが日本本土に避難・移住してきたと言われています。
島根出雲はまさに伽耶国の対岸であり、実際に、現地には海を渡って当地に辿り着いた高貴な人々の伝承が残っているそうなのです。
もしかしたらカヤと千千姫の関係を調べることは、当時の日本、及び朝鮮半島の統治体制や相互の関係性を知る上で非常に重要な着目点なのかもしれません。しかし、如何せん今はまだ資料が乏しいので、この点についての分析にはまだまだ時間がかかりそうです。
■千と千尋の聖地巡礼
さて、ここからは「千と千尋の神隠し」の構造分析を始めていくのですが、最初の手続きとして、この映画の舞台がどこに想定されているのかを見ていきたいと思います。
最近はアニメに登場するモデル地をファンが訪れる、いわゆる「聖地巡礼」がネット上で話題になることが多いようです。
この映画の場合も、その描画デザインのモデルとなっただろう建築物や街並みを熱心なファンが色々と見つけ出しているようです。例えば以下のようなものです。
湯婆婆の屋敷 → 阿妹茶酒館
油屋 → 道後温泉本館
物語の舞台 → 金具屋
女中の部屋 → 積善館
銭湯 → 江戸東京たてもの園の子宝湯
赤い橋のシーン → 清州城
参考サイト:旅する亜人ちゃん
本当によく見つけ出すものだと感心してしまうのですが、このブログで言うモデル地とは、視覚的な同一性よりも、むしろ物語設定上の同一性であることを初めに断っておきます。
実は、この映画のモデル地がどこであるか、暗にそれを示している別のアニメ作品があるのをご存知でしょうか?まずは次の二つのシーンを比較してみてください。
左の図は、ファンならお馴染みの水上を走る「海原電鉄」です。そして右の似たような構図はいったいどの映画に登場したのでしょうか?両方の映画をご覧になられた方ならすぐに分かったと思いますが、答は新房昭之監督による2017年のアニメ作品
打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?
なのです。
ご丁寧なことに、この「打ち上げ花火・・」、この電車がどこを走っているのか、しっかりその地名を作品中に表示しているのです。
このシーンの駅名標にはこのように書かれています
千葉県飯岡町
これは架空の地名ではなく、平成の市町村合併以前は、千葉県海上郡飯岡町(うなかみぐんいいおかまち)として実在していた自治体名なのです。合併後の現在は、隣接していた旭市の一部地域となっています。ここで、「海上」と「旭」という地名をよく覚えておいてください。
さて、その旧飯岡町はどこにあったのか、それを次の地図に示しました。
このブログを1年以上読まれた読者さんなら、この地図どこかで見覚えがあるはずです。それは記事「椿海とミヲの猿田彦」でもご紹介した、江戸時代に干拓されるまで、「椿海」(つばきのうみ)と呼ばれる内海がかつてあった所なのです。
この画像に、現在の総武本線の路線を描き足すと次の様になります。
このように、総武本線は椿海の海上を横切るように通り過ぎていくのです。もしも椿海に今でも海水が湛えられていたなら、総武本線を走る電車はさながら、映画シーンに登場した海上を走る電車の様に見えたでしょう。
もちろん、以上は、モデル地を特定する参考要素の一つでしかありません。しかし、次のシーンを見た時、ここに描かれている花が何か分かれば、この電車シーンが「打ち上げ花火・・」による単なる構図のパクりでないことが分かると思います。
梅雨の時期に満開で咲く季節外れの花。明らかにこの花が何かのサインとして使われていることにご納得いただけたでしょうか?
この話題は次回に続きます。それまでに、千葉県旭市、および隣接する銚子市の産物をネットなどで調べてみてください。それらの情報が驚くほどこの映画(千と千尋)の舞台設定に用いられていることに気付くはずです。
ヒント:ヤマサ、ヒゲタ、油屋
また、自称ヲタキングの岡田斗司夫氏による「千と千尋の神隠し」の解説動画が、捉える角度が本ブログとは異なるものの、微妙な描写の違いを細かく指摘されているので、構成を理解する上でかなり参考になります。こちらにも目を通されることをお勧めします。
岡田氏による解説動画①
岡田氏による解説動画②
灯台の 下照る岬 我立ちて 沈める君の 袖を手繰らむ
管理人 日月土
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