前回の記事「シタテルヒメと岩戸閉め」では、記紀で味耜高彦根(あじすきたかひこね)の関係者として登場する下照姫(したてるひめ)が、何故か秀真伝では、味耜高彦根の段だけではなく、第9代アマカミ(上代における天皇)の天照(あまてらす:男性)の妹としても同名で登場して居る点に触れました。
この二人、年代的には2代離れていることになるので、おそらく同名ではあっても別人でだと考えられます。
それでは、アマカミの妹という高貴な地位にあった下照姫がどうして、2度も登場するのか、また、どうして記紀ではその存在が消されてしまったのか、今回はその点について考察してみたいと思います。
以下、秀真伝の流儀に倣って、人名はカタカナで表記して行きます。
■これまでのおさらい
秀真伝におけるアマテラス(あるいはアマテルカミ、あるいはワカヒト)の系図は次の様になります。
参考までに、記紀及び秀真伝において、アチスキタカヒコネの関係者として登場したシタテルヒメについても、以前作成した次の表を再度掲げます。
これまでの幾つかの考察から、アメワカヒコとアチスキタカヒコネは同一人物であることが分かっています。それは、記紀に登場する違和感たっぷりのエピソードからも窺えます。
アチスキタカヒコネは死んだアメワカヒコにそっくりであり、アメワカヒコの家族は弔問に訪れたアチスキタカヒコネを見て、アメワカヒコが生き返ったと喜んだ。それを見たアチスキタカヒコネは死者に間違われたことに大いに腹を立てた。
正直、このエピソードは全体の流れにおいて不要であり、どうしてそんな記述を織り交ぜたのか、史書編纂者の意図を推し量れば、これは両者が同一人物であることを示す暗号であると読み解くことができます。
そして、その人物が2王朝並立時代の一方の王で第10代アマカミの「ホノアカリ」であることも分かっているのです。ちなみに、もう一人の王とはニニキネ(瓊瓊杵尊)です。その点を考慮すると、画像2は次の様に集約されます。
ここで問題となるのはシタテルヒメとタカテルヒメの関係性です。男性の A=B → X の関係性から、何となく C=D → Y と導けそうです。その操作が許されると思われるもう一つの根拠が、
テル(照)
の字が両女性の名に含まれている点なのです。すると画像3は更に次の様に集約されるでしょう。
さて、ここから何が見えるのでしょうか?
■兄弟姉妹の意味
画像4を見る限り、夫婦関係と兄妹/姉弟関係の並立には少し矛盾を感じます。しかし、社会規範が現在と異なる古代期においては、兄妹婚/姉弟婚という関係性はあり得たかもしれません。
しかし、おそらくそうでは無かっただろうと言うのが私の結論です。というのも、これまでの考察から得た次の知見が活きてくるからです。
古代王権は女系が継承した
もちろん、たまたま姉または妹が王権継承者であり、その姉妹に入婿したというケースも考えられなくもありませんが、王権継承権を有する女系家族の中から男性王を出すこと自体に矛盾があること、また、男性王を入婿させるのは優秀な王の資質を持つ男性を外部から取り入れるという目的があったからだと考えられるからです。
それだったら、どうして兄弟姉妹関係と夫婦関係を併記するのか?
ここで意味を為すのがシタテルヒメとタカテルヒメの関係性であると私は考えます。画像4を見る限り、YはあくまでもXの姉か妹と考えがちですが、ここで記紀・そして秀真伝編纂者が最も強調したかったのは、シタテルヒメが姉妹であること、すなわち
二人の皇后が存在する
という事実だったのではないかという点なのです。
この場合、YはXの姉か妹という記述をすれば、Xの方はYの妹か姉という受けになるのは当然です。しかし、ここで強調したいのは、おそらくYは姉妹だという事ではないのか、それを示すために「テル」の文字をわざわざ重ねてきたのではないか、そうとも考えられるのです。
また、この「二人の皇后」という解釈は、初代神武天皇の皇后が「ヒメタタライスズヒメ」、すなわち「タタラヒメ」と「イスズヒメ」の二人の皇后を指すとしたこれまでの結論に矛盾しないのです。
つまり、
シタテルヒメは姉妹で皇后だった
ということにならないでしょうか?
■アマテラスとシタテルヒメ
「シタテルヒメ」が本人の名前なのか、それとも記紀・秀真編纂者によって記号的に割り当てられた名前なのか?私は、この「シタテルヒメ」を記号的に解釈するべきだと考えます。
ここで、秀真伝に登場するシタテルヒメには次の様な別名があることをお伝えしておきましょう。以降、これら別名を使ってそれぞれのシタテルヒメに対応させていきます。
シタテルヒメ:アマテラスの妹:別名ワカヒメ
シタテルヒメ:アチスキタカヒコネの妻:別名オクラ
アマテラス(男性王)にはムカツヒメという正皇后が存在しますが、ここで気になるのが妹のワカヒメに「シタテルヒメ」の記号が付けられている点です。
ここで「シタテルヒメ」を、「二人の皇后」が存在することを示す記号的名称であると仮定します。
ホノアカリとシタテルヒメ(オクラ)が夫婦であり、同時にオクラが隠された姉妹関係を有していた点をこれに適応すると次の結論が導かれるのです。
シタテルヒメ(ワカヒメ)とアマテラスは夫婦である
シタテルヒメは「二人の皇后」の記号的名称ですから、ワカヒメの他にもう一人の皇后が居なくてはなりません、おそらくそれが正皇后のムカツヒメということになります。すなわち
ワカヒメとムカツヒメは姉妹 (二人の皇后)
ということにならないでしょうか?
これを系図に落すと次の様になります。
すると、記紀に書かれた女神天照大神とは、秀真伝に登場する男性王アマテラスの二人の皇后、ムカツヒメとワカヒメとの関係で再考察する必要が出てくるのです。
神話で「岩戸に隠れた女神」とは、いったいどのような現実的状況を表しているのか、それを理解する鍵となるのが、シタテルヒメことワカヒメの存在ではないかと思われるのです。
管理人 日月土