誓約(うけい)の暗号 – 剣と王権

これまで、日本神話の誓約(うけい)について見てきましたが、話の中心は、誓約によって誕生した五人の王、そして三人の女王(姫)が具体的に誰を指すのか、その特定作業でした。

そもそも、登場する5柱の男神が王の系譜を表すだろうとした根拠は、スサノオ(素戔嗚)が噛み砕き噴き出した天照大神の玉が「御統(みすまる)の玉」、すなわち「王統」を意味するところから予想されたものです。

これについては「誓約(うけい)の暗号 – 王の系譜」で触れていますので、気になる方は再読してみてください。

さて、これまで誓約について考察ができていなかったのは、アマテラス(天照大神)が噛み砕き噴き出したとされるスサノオの剣です。この剣にはいったいどのような意味が隠されているのでしょうか?

■改めて誓約を分析する

これまで、Wikiペディアに掲載された誓約の分析図を借用させてもらいましたが、それはあくまでも古事記ベースの記述だったので、日本書紀の記述に合わせた分析図を新たに作成してみました。それが以下の図になりますのでご覧ください。

画像1:誓約の分析図(日本書紀ベース)

内容は古事記版と大きく異なりませんが、この図では敢えて三貴子の1方であるツクヨミ(月読)を加えています。

というのも、天地を治める3柱の神の1柱として、イザナギ(伊弉諾)・イザナミ(伊弉冉)の子として誕生したはずのツクヨミが、この世の王と女王を決定付ける重要な契約(誓約)に参加していないのはかなり不自然であり、当然、誓約のストーリーに含まれていないのには、記紀編集者に何か意図があっての事だろうと感じられたからです。

もちろん、誓約の記述にツクヨミは登場しないので、上分析図でもどことも線は繋がっていません。しかし、ここにツクヨミを置くことで、記述されていない関係性が見えてくるのですが、それについては次回以降のテーマにしたいと思います。

ここで、日本書紀に書かれたアマテラスによる「剣の噛み砕き・吹き出し」のシーンを引用してみます。

 是に、天照大神、乃ち素戔嗚尊の十握剣を索ひ取りて、
 打ち折りて三段に為して天真名井に濯ぎて、𪗾然に咀嚼
 みて、(𪗾然咀嚼、此をば佐我弥爾加武と云ふ。)吹き
 棄つる気噴の狭霧吹棄気噴之狭霧、(此をば浮枳于都屢
 伊浮岐能佐擬理と云ふ。)に生まるる神を、号けて田心姫
 と日す。次に湍津姫。次に市杵嶋姫。凡て三の女ます。

 岩波文庫 日本書紀(一) 神代上

ここで登場する3柱の女神については既に述べています。そして、その前文にある「打ち折りて三段に為して」は「剣を3つに折って」とそのまま訳して問題ないと考えられますが、そうなると、実はこの記述において3柱の女神が誕生することは既に予見されているのです。

すると、何故剣を3つに折ったのか?その意味が問題となり、そもそもここで言う「剣」とはいったい何を意味するのかを考察しなければなりません。

■剣は王権継承の証

何度も同じ説明ばかりで申し訳ありませんが、本ブログでは、古代王権の継承に関してはみシまる湟耳(こうみみ)氏が提唱する「少女神」(しょうじょしん)という考えを取り入れており、王権の継承権は、女王、すなわち皇后が有していると見ています。

すなわち、王と女王の間の男子が自動的に王権を継ぐという、歴史学者を含め一般的に信じられている王権の継承スタイルではない、あくまでも王権を保有する「少女神」を娶った男子に王の地位が授けられるという考え方なのです。詳しくは同氏の書籍をご覧になってください。

 書籍のご紹介:日本神話と鹿児島 

実はこの女系王権継承と剣との関係については、既にこのブログで述べていたのを思い出しました。それは、次の図に示されています。

画像2:黒曜石の短剣に示された王権の継承

上の図は、昨年1月に投稿した記事「もののけ姫と馬鹿」で使用したものですが、アニメ映画「もののけ姫」で描かれた、黒曜石の短剣がカヤからサンに渡ったのは王権がカヤ(タクハタチヂヒメ)からサン(コノハナサクヤヒメ)に移譲されたことを表すと結論を出しています。

これを、誓約に登場する女神名に置き換えると次の様に描き治せるでしょう。

画像3:黒曜石の短剣に示された王権の継承(誓約の女神名による)

ちなみに、宗像3女神と呼ばれる次の女神には次のような別名との対応関係があります。

 タギツヒメ=タクハタチヂヒメ=豊玉姫(とよたまひめ)
 タゴリヒメ=アメノウズメ=玉依姫(たまよりひめ)
 イチキシマヒメ=木花開耶姫(このはなさくやひめ)

私も古代の様子を見た訳ではないので、実際どうかは分かりませんが、多くの歴史的事実を作品内に巧妙にプロットしている宮崎駿監督の手腕を考えれば、やはり黒曜石の短剣が王権継承の証として用いられた史実はあるのだろうと考えられるのです。

さて、誓約では剣が3つに折られた、それが意味するのは、

 王位継承権が3人の姫に割り当てられた

ということだと解釈できるのですが、この権利が順番に行使されれば特に問題はないものの、もしも王の在位中に、女王が有するこの権利を強引に行使したら(させられたら)どうなるのか?

それこそが、秀真伝(ほつまつたえ)が伝える二王朝並立時代であり、また彦火火出見(八咫烏)による姫の強奪ではないかと私は見ているのです。

おそらく、王権を巡って大変な時代がこの時始まったのでしょう。


管理人 日月土



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