花嫁たちの故郷

今回はいきなりアニメの話題から始めたいと思いますが、毎度お断りしているように、ここはアニメブログではなく、歴史考察ブログであることをくれぐれもお忘れなきようお願いいたします。

先日、(真)ブログ「GOTO分の世界」で人気アニメ「五等分の花嫁」を話題とした記事を掲載しました。

画像1:アニメ「五等分の花嫁」から
©春場ねぎ・講談社/「五等分の花嫁」製作委員会
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同記事では、作品の構造については具体的なことに殆ど触れていませんが、当然、このアニメの背景には日本古代史との関連も含まれています。今回は、その接点と見なされる歴史的事象にスポットを当てたいと思います。

■五嫁の聖地「太田川」

近年、アニメの背景デザインのモデルとなった土地を、「聖地」として取り上げたり、現地を訪れることを「聖地巡礼」と呼んだりしていますが、「五等分の花嫁」(以下五嫁)の場合は、それが愛知県の東海市、名鉄太田川駅周辺であることは既に確定しています。

それは同シリーズの第1期第1話に出てきた次のシーンに象徴されています。

画像2:既に街を挙げての地域起こしか?

この他にもデザインモデルになった同地の構造物は多い様なのですが、詳しくは地元市議会議員さんのホームページに詳しいので、アニメ好きの方はどうぞそちらをご覧ください。

さて、私がまず最初に気になったのは、画像2の背景モデルになっている建物なのです。この建物、駅前の複合商業施設で「ソラト太田川」と言うらしいのですが、私としては少しばかり仰天のネーミングなのです。

何故なら「ソラト」とは、シュタイナー人智学において

 太陽の悪魔

とされる、キリストに対する最大の敵対者であると位置付けらているのです。

 関連記事(外部):ソラト 太陽の悪魔 

メディア表現に「反キリスト」の象徴が描かれることは、スタジオジブリ作品や最近の「天気の子」なども含め珍しいことではありませんが、この能天気としか言えない学園ラブコメ作品の第1話が、いきなり悪魔の象徴から始まる事に関しては、少々驚きを隠せません。

当ブログではメディア作品の「呪詛」については詳しく触れませんが、少なくとも五嫁の冒頭から呪詛的要素が組み込まれていることは把握しておいてよろしいでしょう。そして問題なのは、その「呪い」がいったい何に向けられていて、どうしてそれが東海市太田川なのかという点なのです。

■知多半島北部は古墳地帯

私は中京地区には必ずしも強くないのですが、大都市名古屋の南東、知多半島の付け根から半島の中央部にかけての丘陵地に古墳が多く点在していることは把握しています。

これを Google Map の太田川周辺で「古墳」と検索すると次の様な結果を得ます。

画像3:太田川周辺古墳マップ

この中で太田川駅の東南にある岩屋口古墳などは、知多半島の古墳の中では最大であるとされており、そのような大型古墳の周辺にこれだけしか古墳が見当たらないというのは本来あり得ないことであり、おそらくその多くが、建造後千年以上に亘る歴史の中で、取り壊されたり人家や畑の下に埋もれてしまった、または、未だ古墳として認識されていない森林などに残されていると考えられます。

古墳の配置を考える時、中世まで続いたと考えられる海進時代の海岸線を考慮に入れなければなりません。「Flood Map」で今より海面が7m高かった場合を想定すると、その海岸線は凡そ次の様になると予想されます。

画像4:太田川は伊勢湾の底にあった
(現在の工業地帯は全て海面下にあったとしています)

この画像を見ればお分かりのように、画像3に表示された古墳(群)は、いずれも古代の海岸線上にあることが良く分かります。

現在の太田川駅周辺は海面下に没しているものの、古代期においては伊勢湾内における更なる小内海のような地形をしていたと考えられ、このような地形は船舶が主要な移動手段であった古代期においては、波風を避け船を停泊できる理想の土地であったと予想できるのです。

ですから、ここに人が集まり、巨大な墳墓を構築するような文化が栄えるのはむしろ必然と言えるでしょう。この場合の古墳とは、単なる墓ではなく、沖を行き交う船にとって、大事な目印となっていたのは予想に難くありません。

要するに、太田川駅周辺の旧海岸線上には、古墳時代以前にある程度の規模の文化圏が築かれていたと考えられるのですが、それと五嫁にはどのような関係があるのでしょうか?

■太田川は少女神エリアだった

実は、伊勢湾周辺の遺跡・古墳については昨年5月の過去記事「古代鈴鹿とスズカ姫(3)」で、少女神、すなわち「古代巫女皇后」を主要トピックとして取り扱っています。

その記事で使われた画像において、今回のテーマとなっている「太田川」の位置関係は次の様に表すことができます。

画像5:少女神ゆかりの地と太田川
地図は海進期の予想海岸線を採用

記画像をご覧になればお分かりの様に、太田川は伊勢湾を取り巻く、いわゆる

 少女神エリア

の圏内、その東岸に位置するのがはっきりと読み解けるのです。

五嫁とは、5人の同じ顔の少女達を主人公に置いた物語ですから、ここで「少女」をキーワードに、アニメ聖地と物語の微妙な繋がりが垣間見えるのです。果たして「ソラト」の呪いもこれと関係あるのでしょうか?

■椿古墳の支石墓

調査に出向く頻度があまり高くはない中京地区ですが、画像3,4の最南端に記されている「椿古墳」については現地に出向いて調査を試みています。

この古墳、古墳認定されているので、何らかの発掘資料が残っているのかネット検索してみましたが、残念ながらネット上には殆ど資料らしい資料が見当たりません。

なので、今もそうなのですが現地に出向いた時も手探りで、外観と土地の造形からこの古墳の成立ちを考えなくてはならない状況となりました。

現地へ向かったのは良いのですが、丘陵の麓から中腹にある神明社という神社までは参道が続いているものの、そこから先へは道らしきものが整備されておらず進めなくなってしまったのです。

道なき道を進む体力が私にはないので困っていたところ、同行者が代わりに登ってくださるということで、その方に丘陵頂上部の古墳があると思われる場所で写真を撮ってきていただきました。その写真が次のものです。

画像6:椿古墳の石(1)
画像7:椿古墳の石(2)

この写真を見た時に私も「えっ?」と思いました。何故なら地面に転がるこの石は平たく整形されたものであり、石棺などの構成物とも考えられますが、ならば端が整えられていない大きな石が、ごろっと数点だけこのように残されているのもどこか変なのです。

結論としてまだ断定できないのですが、私はこれを

 支石墓(ドルメン)

の残骸ではないかと推測するのです。

画像8:支石墓(韓国) (引用元:VisitKorea )

この支石墓、福岡など九州北部のものが有名ですが、基本的に朝鮮半島から渡ってきた人々が半島式に死者を埋葬する文化として残して行ったものと言われています。

そうすると、あくまでも仮定の話となりますが、この土地に半島ゆかりの諸民族が流入していたとも考えられ、ここに、これもまた微妙ではありますが、

 少女神 - 朝鮮半島

の繋がりが見出せるのです。

アニメ「もののけ姫」に登場し、少女神の象徴とみなされる少女「カヤ」が、古代朝鮮国である「加耶」と同音の名を持ち、同時に半島式の帽子を被っている点が、以前から不可解な点として残っていましたが、どうやら、少女神を語る時に古代朝鮮王朝の話は切り離せないという点が明確になってきました。

画像9:もののけ姫のカヤ

前回、前々回の記事では、魏志倭人伝の卑弥呼が居たとされる「倭国」とは、おそらく朝鮮半島と日本列島を含む広い地域を指すのではないかとしましたが、椿古墳が半島式支石墓だとすれば、少女神はこの広い「倭国」の中を移動していたのではないかとの類推も可能なのです。

すると、必然的に、古代倭国の女王と少女神の話も、朝鮮半島を支点に繋がってくるのです。

まだまだ、物事を断定するには不十分ではありますが、最後にこのドルメンが今年上映された宮崎駿監督の最新映画「君たちはどう生きるか」に登場したことを、映画をご覧になった方は今一度思い出して頂きたいのです。宮崎氏はなぜこのようなシーンを映画の中に盛り込んだのでしょう?

画像10:映画に登場した半島式ドルメン
公式パンフレットから

ここまでのキーワードを整理すると

 ・五人の少女
 ・少女神
 ・知多半島の支石墓
 ・古代倭国と卑弥呼

そして、アニメ作品に表現される

 ・古代朝鮮王国の象徴

その関係はいったいどのようなものなのでしょうか?そしてもしも「ソラト」が呪いのキーワードであるなら、まさに古代少女神こそが呪いのターゲットではないのかと私は考えるのです。

書籍のご案内

当ブログで頻繁に取り上げている「少女神」という概念は、みシまる湟耳(こうみみ)氏による著書「少女神 ヤタガラスの娘」(2022/1/28 幻冬舎)によってインスピレーションを受けたものです。ブログ記事を読み進めるためにも、まず初めにこちらをお読みになられることを強くお勧めします。



この本を読むことで、日本国民が天皇家の成立ちについて誤解していること、あるいは意図的に誤解させられている事実に気付くはずです。


内海の空の向こうには 隠れし少女の囚われの園
管理人 日月土

神津島の少女神たち

今回は再び、三嶋神、そして三嶋神に関わる少女神の話題に触れたいと思います。このテーマに関わる記事については、「三嶋神と少女神のまとめ」に記事のリストと要点を記していますので、そちらをお読みになってください。

さて、上記三嶋神シリーズの中で「伊古奈姫と豊玉姫、そして123便」のタイトルで伊豆の下田にある伊古奈比咩(いこなひめ)神社に触れました。これまでの推察から、伊古奈姫とは、おそらく記紀で言う所の「豊玉姫」(とよたまひめ)を指すのであろうと、一応の結論が出ています。

同記事の中で、伊古奈比咩に関する研究文献に触れましたが、ここでは同書から更に大事な部分を取り上げてみます。

次に神系に關しては、續日後紀卷九仁明天皇承和七年九月二十三日乙未、阿波神と物忌奈乃命が崇をなされる條に、この二神は三嶋神の本后と御子神であるにも係らず、嚢(さき)にその後后に冠位を授賜せられ、我が本后にその沙汰のないのを憤り給うた記事があって、前後の事情から推察すれば、この後后とは伊古奈比咩命を指すものと認められるから、伊古奈比咩命が三嶋神の後后にまします點が知り得られ、又前紀三宅記にいふ「天地今宮の后」や、伊豆國神階帳に「一品當きさきの宮」とあるものに當るとせられてゐる。

引用元: 伊古奈比咩命神社公式ホームページより
要約:続日本紀には、阿波神(あわのかみ)と物忌奈命(ものいみなのみこと)の祟りに関する条があり、この二柱は三嶋神の正皇后とその子であるにも拘らず、後后である伊古奈姫に官位が授けられ、本后(阿波姫)にはそれがなかったので、二柱の神はたいへんに怒ったと言われている。

前回は、伊古奈姫と豊玉姫の関係性に注目したのですが、この記述を読んでしまった以上、伊古奈姫について語るならば、やはり三嶋神の正皇后とされる阿波姫とその子である物忌奈命についても触れない訳には行きません。

実は、この二柱の神については、下田の更に沖合にある伊豆七島の神津島(こうづしま)にそれぞれの神名を冠した二つの神社、阿波命神社と物忌奈命神社のあること分かっており、やはり同島の調査は外せないだろうと、6月下旬に入って東京の竹芝桟橋から船に乗り、現地へと向かったのです。

画像1:3つの神社の位置関係
画像2:神津港と島のシンボル天上山

■黒曜石の島、神津島

神津島と言えば、スキューバダイビングや釣りなど、マリンレジャーの島として知られている一方、良質の黒曜石(こくようせき)が採れる島としてご存知の方は結構いらっしゃるのではないかと思います。

これに関し、過去記事「瀬織津姫 - 名前の消された少女神」では、静岡県御前崎の「星の糞遺跡」で発掘される黒曜石の剝片の9割が神津島産であったことをお伝えしています。

神津島の黒曜石は他産地に比べても粘り気があり、加工に向いているらしく、縄文の古代から本土の各地に持ち出されていたようなのです。

黒曜石はその割れ目が鋭く尖る性質があるので、石器時代には矢じりや刃物として使用され、鉄などの金属器の普及と共に衰退していったとされています。

それにしても、数千年前、けっして陸に近いとは言えない太平洋上の小島から、わざわざ船で石を持ち出していたというのだから、驚きと言うより何か不思議な気がしてくるのです。これについては、改めて研究する必要があるのかもしれません。

画像3:現地の人に見せてもらった黒曜石の塊

■島で語られる二柱の神

島に着くと、観光用ガイドとして次の無料パンフレットが観光案内所に置かれていました。

画像4:神津島神社めぐりガイド
公式サイト:https://kozushima.com/shrine/

そこには、先に述べた2つの神社、及びその他について触れられていましたが、神々の系図も描かれていたので、当該部分を抜粋し、これまで当ブログで考察した結果を添えて以下に掲載します。

画像5:ガイドブックに記された系図(修正済)

この系図についてですが、既に論じてきたように、一般的に出雲の事代主とされている三嶋神は後世の誤解で、実際は賀茂建角身(かものたけつぬみ)及び彦火火出見(ひこほほでみ)と同一人物であったと考えられるのです。よって、画像5の系図にはその旨を追記してあります。

また、このパンフレットには「とうなえの王子」と「ただないの王子」と、島に着くまで私も知らなかった名前が書かれており(黄色の枠内)、こちらについての考察は保留とします。ただし、「王子(皇子)」と敬称が付けられていることから、この二人が高貴な人物で、しかも男性であることが窺えるのです。

島ではガイドさんに案内してもらったのですが、物忌奈神社の説明を受けた時、物忌奈命について「阿波姫のせがれ」と語っていたのが気になりました。そう言えば、続日本紀の記述には物忌奈命について性別が記述されていないのです。この事実は逆に、物忌奈命が女性である可能性も示唆しているのではないのでしょうか?

到着後すぐに、島の北西部にある阿波命神社へと向かいました。天気は快晴ではありませんでしたが、ちょうど百合の咲く時期であることから、海岸線に咲き誇る百合のオレンジ色と白、そして少し暗く沈んだ海の青色とのコントラストが非常に美しく感じられたのです。

画像6:阿波命神社

写真を見ればお分かりになるように、お社は比較的立派で赤色の瓦が良い雰囲気を醸し出しています。これくらいの神社は全国どこにでもありそうですが、神津島は人口2000人足らずの小さな島なので、この規模のお社を維持していくには、それ相応の信仰心や思いなどがあるのでしょう。ここに祀られた阿波姫のことが益々気になってきました。

その後、しばらく車で島内を巡った後、神津港にほど近い宿舎から徒歩で町はずれにある物忌奈神社へと向かいました。

画像7:物忌奈命神社

ここもまた立派な造りで、阿波命神社と同様、島の人々の思い入れの強さがひしひしと感じられます。但し、呪術家的視点でこの境内を眺めると若干の気になる点があったことはお伝えしなければなりません。

それについては既に解決済みなので、詳細をここで述べるのは控えたいと思いますが、この神津島が特殊な島で、どうして三嶋神の本后である阿波姫がこの島へ渡ったのか、その事情も朧気ながら見えてきました。それについては、私の推測をメルマガでお知らせしたいと思います。

■二人の皇后と豊玉姫

さて、これまでの考察から仮に「伊古奈姫=豊玉姫」としてきましたが、そうなるとここに登場した阿波姫はどう扱えばよいのでしょうか?ここで、このブログが開設当初から扱ってきた次のテーマが鍵となってきます。それは

 二人の皇后 または 双子の皇后

なのです。

どういう事かは過去記事を読み直して頂きたいのですが、どうやら、皇室内に皇后は二人置かれているらしいことを、例えば私が卑弥呼であろうと比定する媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)の名前に「媛(姫)」の字が二つ含まれていることを初めとし、古代皇后をモデルにしたアニメ作品(「千と千尋の神隠し」等)に、ヒロインが二人存在するニュアンスで描かれていることなどを取り上げ解説してきました。

その例に倣えば、伊古奈姫と阿波姫の関係は次のように捉えることができます。

 豊玉姫 =阿波姫(正) + 伊古奈姫(後)

つまり、記録上一人の存在でも、その実態は二人の姫、二人の皇后であったということなのです。

ただし、私はこれまで正皇后が政治的皇后(政体皇后)、後皇后が巫女的皇后(祭祀皇后)と捉えていましたが、どうして政体皇后である阿波姫が本土を離れ島に渡ったのか、その点が今一つ理解できないのです。

画像8:最新アニメ「推しの子」にも描かれた双子の皇后のイメージ
引用元:同アニメPV https://www.youtube.com/watch?v=ZRtdQ81jPUQ

■物忌奈命は少女神

先程、物忌奈命の性別が不明で、どうやら神津島の島民は阿波姫の息子と認識しているようだとお伝えしました。

それならば、どうして次男・三男が王子(皇子)で長子が命(みこと)の尊称を得たのでしょうか?

三嶋神のシリーズは古代天皇家を女系継承で追ってみること、すなわち、少女神の血統で解釈し直すことですから、三嶋神の第一皇后である阿波姫の継承者となれば、当然女性であると考えられるのです。すなわち

 物忌奈命 = 物忌奈姫

と考えるべきなのです。

ここで、古代天皇家を女系継承と仮定した場合の系統図を再び見てみましょう。

画像9:女系による王権継承と上代の王

豊玉姫の娘で王権を継承したのは「玉依姫」(たまよりひめ)とありますので、これをそのまま当て嵌めれば、自然に次の等式が導かれるのです。

 物忌奈姫 = 玉依姫

ここで、物忌奈姫について大いに考えなければならない疑問が浮かび上がるのです。それは、神名に含まれる「物忌」(ものいみ)なるワードなのです。この物忌について、コトバンクでは次のように解説しています。

公事、神事などにあたって、一定期間飲食や行動を慎み、不浄を避けることをいう。潔斎、斎戒。平安時代には陰陽道(おんみょうどう)により物忌みが多く行われ、貴族などは物忌み中はだいじな用務があっても外出することを控えた
(以下略)

引用元:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%89%A9%E5%BF%8C%E3%81%BF-398337

要するに、「不浄を避ける為に外に出ない = 閉じ込もる」という意味であり、これは呪術的に解釈すれば、「外に出さない」という言霊によるかなり強力な呪いの一形態と捉えることができるのです。

つまり、物忌奈姫とは

 玉依姫を外に出さない

という、かなり赤裸々な文言であり、実際に私が実見した物忌奈命神社では、その呪いの形態がはっきりと認められたのです。

■もう一人の物忌奈姫

さて、二人の皇后が歴代女性王の継承事項であるならば、もう一人の物忌奈姫(あるいは玉依姫)はどこにいるのでしょうか?実は、神津島からほぼ真北の日本海側に、同じ「物忌」の字をあてがわれた神様のお社が存在していたのです。

画像10:鳥海山大物忌神社(吹浦口ノ宮)

先月、私も鳥海山の麓、山形県の庄内を回ってきましたが、移動中に「物忌」の名を冠した小社がいくつか目に入ったので、「なんか縁起が悪いなぁ」と思っていたところでした。ですので、まさかこのように繋がるとは思ってもいなかったのです。

この大物忌大神について、Wikiには「記紀には登場しない神で、謎が多い。」と解説されているのですが、ここには次の様な気になる伝承も添えられているのです。

手長足長の悪事を見かね霊鳥である三本足の鴉を遣わせ、手長足長が現れるときには「有や」現れないときには「無や」と鳴かせて人々に知らせるようにした。

引用元:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%89%A9%E5%BF%8C%E7%A5%9E

この伝承にある三本足の鴉(からす)とは、まさに八咫烏(やたがらす)のことであり、この大物忌神を神津島の物忌奈姫と同一人物、あるいはもう一人の玉依姫と解釈するならば、みシまる湟耳氏の著書「少女神 ヤタガラスの娘」のタイトルが示すまま、少女神物忌奈姫(あるいは大物忌姫)が神津島からはるか北の鳥海山で意味的に繋がることになるのです。そもそも、どうして鳥海山に「鳥」の字が使われているのか、その謎にも関連してくるのでしょう。

少々複雑になりましたが、この話の中では、次の関係性があることにご留意ください。

 玉依姫 = 物忌奈姫 + 大物忌姫 = ヤタガラスの娘 ?

豊玉姫と玉依姫については、このお二方の男性王である、彦火火出見尊、そして鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあわせずのみこと)、そして、彦火火出見尊と同一人物である三嶋神、そしてやはり三嶋神と同一人物と考えられる大山祇神(おおやまつみのかみ)についても詳しく見て行かなければなりません。

どうやら、少女神を軸とした上代日本の実体が朧気ながら見えてきたようです。

海の御守護は竜宮のおとひめ様ぞ。海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつり呉れよ。まつわり呉れよ。竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりつかんぞ。
(日月神示 松の巻第八帖)

竜宮の乙姫殿とは玉依姫の神様のおん事で御座るぞ。
(日月神示 水の巻第十帖)


管理人 日月土

推しの子に見る月読尊と伊予

最近のアニメ作品に、様々な日本神話の事象がモチーフとして取り入れられている点については、これまで何度もお伝えしその事例を紹介しています。

今回もその分析手法の中で、最近注目されているアニメ「推しの子」から、少し気になる歴史テーマを取り上げたいと思います。

画像1:アニメ「推しの子」
©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

実は、このタイトル画像にそのサインがしっかり現れているのにお気付きになったでしょうか?

画像2:「の」の字に三日月の
デザイン

この作品、「推し」が「星(ほし)」と語調を重ねていたり、主人公の名字が「星野」であること、また、瞳に描かれた六芒星が特徴的であったりと、とにかく普通に視聴すれば「星」が殊更強調されているように見えます。

しかし、画像2のタイトル文字デザインのように、こっそりと「月」のサインが盛り込まれているのに気付くのです。それは何もタイトル文字だけでなく、次のシーンでも現れているのです。

画像3:主人公に兎(うさぎ)の髪飾り
画像4:YOASOBI「アイドル」公式動画より 
兎のデザインに兎の被り物
https://www.youtube.com/watch?v=ZRtdQ81jPUQ
画像5:満月を模したと思われる
キャラ「ぴえヨン」

日本人であるならば、兎(うさぎ)と聞けば普通に月を連想するでしょう。それが無理なこじつけでないことは、タイトル文字および脇役「ぴえヨン」が象徴するイメージを考慮すれば明らかです。

つまり、ここに登場する少女の主人公は、何か「月」に象徴される歴史上の人物と関連付けされている可能性が極めて高いと考えられるのです。

追記

この記事を投稿した6月15日の晩に放送された第9話でも、やっぱりやってくれました。本当に期待を裏切らないアニメですね。


「有」 → 「十」+「月」→ 十(分)な月 → Full Moon(満月) → ぴえヨン

■かぐや姫と月読尊

一般的に、月と関連付けられている歴史上、あるいは神話・寓話上の女性と問われれば、

 かぐや姫

が最初にあげられるのではないかと思います。

かぐや姫は平安時代の前期に書かれたと言われる「竹取物語」に登場する女性で、竹から生まれ、養父母に育てられ美しく育ち、多くの貴人から求婚されるも、最後には使者の迎えに従い月に帰ると言う、おそらく誰もが耳にしたことのある物語の主人公です。

この「かぐや姫」の物語の成立過程を考察すると、私が調査中の少女神との関係性が見えてくるのですが、ここでは、もう一人の月に関連する(おそらく)女性について取り上げます。

それは、昨年の記事「月読尊 - 隠された少女神」でも触れた月読尊(つくよみのみこと)のことです。

記紀では性別不詳、秀真伝では男性として記述されている月読尊ですが、これはおそらく改竄された記述で、実際は女性であったのではないかとの考察を同記事では述べています。

とにかく、月読尊はその事跡に関する記述が極めて少ないだけでなく、祭神として祀っている神社もあまりなく、いったい生前何をされた人物なのか調べる手掛かりがまるで分からないのです。しかし、その名が記紀にしっかり残されていること、また、天照(あまてらす)素戔嗚(すさのお)と、ナギ・ナミから生まれた3貴子の一人と数えられていることから、その歴史的な存在意義は極めて高かったのではないかと想像されるのです。

■イヨツヒメの示すもの

同上の過去記事では次の様な、秀真伝から引用した系図を掲載しました。

画像5:秀真伝に記されたツキヨミ-イフキヌシの系図

系図の改竄手法の一つに、男女夫婦の出身家を交換するやり方が考えられると「三嶋神と少女神のまとめ」で触れていますが、そうすると、この系図に記述されている男性ツキヨミとは「イヨツヒメ」と同一人物ではなかったのか、つまり、女性ツキヨミとは別名イヨツヒメと呼ばれる姫であったとも考えられるのです。

秀真伝式に「イヨツ」と音だけの表記ではよく分からないのですが、これを漢字で書き直してみると、その意味が見えてきます。もちろん、漢字を当てるパターンは幾つも存在するのですが、その中で私にとって一番しっくりくるのが実は

 伊予津

すなわち、伊予の湊(みなと)という土地を現した名前なのです。

私がこの当て字を強く「推す」のには理由があり、伊予の国と言えば当然ながら現在の四国瀬戸内にある

 愛媛県

を指す旧国名であり、何と言っても県名に「媛を愛する」と姫に関する文字が組み込まれているからなのです。ここに、愛媛県という地名としてはちょっと謎な名称が選ばれた本当の理由があるのかもしれません。

そう言えば、昨年公開された歴史(と呪術の)てんこ盛り映画「すずめの戸締まり」でも、愛媛県の港の地が主人公の来訪地としてしっかり描かれていましたよね。

画像6:映画「すずめの戸締まり」に登場した八幡浜港(愛媛県)
©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

どうやら、手掛かりの少ない月読尊について何か情報を得るのに、とにかく愛媛まで出向く必要がありそうです。

■伊予の国で見つけた物

そういう訳で、つい先日、私は愛媛県の松山に向かい、三嶋神と縁の深い大三島と対岸の今治、また、宇和海(うわかい)と呼ばれる豊後水道に面したリアス式の海岸線が続く地域の中から、その中央部に位置する宇和島へと調査に向かったのです。

同地についてはまだまだ不案内で、はっきりとこれという成果は報告できないのですが、ここではその中で一番気になった場所の写真を掲載したいと思います。

画像7:宇和島市内で撮影

これが何を意味をするのか、このブログの過去記事をお読みになった方ならある程度察しが付くかもしれません。今回のテーマが「月読尊」に関するものであることを考え合わせれば、おそらくそうであろうと私は考えているのです。

果たして「推しの子」の隠された主人公アイとは「愛媛」の「愛」のことで、もしかしたら伊予の姫君を指しているのではないのか?伊弉冉(いざなみ)の血を受け継ぐ少女神との関係性がまたしても気になってしまうのです。

 関連記事:
  ・「推しの子」推しの話 
  ・「有馬かな」が語るもの 


つきのくに よるおすくにの いよひめは
うわのしんじゅの ごとくかがやく
管理人 日月土

丹塗矢が流れ着いた庄内

先日、知人が企画した国内ツアーに誘われて、東北は山形、庄内平野の温泉地へと向かうことになりました。

今回ばかりは歴史に関する現地調査からは離れて、数年ぶりに「純粋な旅行」を楽しもうと思ったのですが、結局のところ、そこで目に入ったものが気になり、このように「調査報告」としてレポートすることになってしまいました。

■雨の鳥海山

庄内空港に降り立った時、そこは小雨が降る生憎の天気でした。同行の他のメンバーにはちょっと残念でしたが、むしろ私は、これからのんびりと東北の地で静かな雰囲気を楽しむ好機であると感じたのです。

庄内と言えばやはり平野の北に聳える鳥海山(ちょうかいさん)が見所なのですが、分厚い雨雲がすっかり山を覆い隠しているだけでなく、午後から強くなってきた雨脚が麓に長く留まることを拒みます。山を見られなかったのは残念でしたが、その分、早く宿に向かって身体を休められたのが非常に有難かったです。

画像1:鳥海高原家族旅行村にて撮影
少しだけ山の雪渓が見えています

このブログでは、三嶋や鴨のルーツを扱ってきたので、この山名に含まれる「鳥」の字にはついつい目が行ってしまうのですが、このような天候であったため、今回はそのようないつもの余計な詮索もお休みということで、私も一人得心して旅館のお風呂と食事を楽しんだのです。

■事代主上陸の地

私は、庄内平野にある鶴岡や酒田に関する歴史の予備知識は殆どなかったのですが、宿に1泊した翌朝、今回のツアー企画担当者が、朝食の席で土地の話を次の様に語ったことから、私の脳内エンジンが突然回転を始めてしまったのです。

 ”鶴岡の宮沢海岸に事代主が辿り着いたという伝承がある”

「事代主着岸の地!!」これまでその辺の古代史にいて拙文を書いてきた私にとって、まさにクリーンヒットな話題が降ってきたのです。

そこで、当日の午前中は五重塔で名が知られている鶴岡市の善宝寺を訪ねる予定だったところを、急遽、同着岸の地への視察へと変更してもらったのです。

画像2:宮沢海岸

この日も天気は小雨混じりでしたが、宮沢海岸に着いた一行は、その上陸の地を記念した石碑があるというので、まずそれを探すことにしました。

画像3:椙尾大神神迹贄磯
(すぎのおおおかみしんじゃくにえいそ)の碑

さざれ石風に加工した台座の上にその石碑は立っていたのですが、一行の誰もがその「椙尾大神」を理解できず、この碑が果たして目指していたそれなのか、調べるのに少し時間が掛かりました。

「椙」は「杉」の通俗体字です。椙尾大神については、同海岸の山の裏手に「椙尾神社」という神社が有り、そこの祭神については平凡社の「日本歴史地名大系」では次のように書かれています。

椙尾神社
すぎのおじんじや

馬うま町宮みやの下したの西、加茂かも台地の小丘上の宮みやの腰こしにある。主祭神は積羽八重事代主大神とその后神天津羽羽大神。神職を務めた菅原大和守家の旧記(菅原文書)によると欽明天皇の代に創建され、初めは小物忌こものいみ神社といい北東面野山おものやまにあったが、養老三年(七一九)現在地に移された。

平安時代に竜田彦大神と竜田姫大神、鎌倉時代には大泉おおいずみ庄地頭武藤義郷により鳥海山大物忌大神と月山大神とが勧請されたと伝え、現在は計六柱を合祀する。旧県社。近世には杉尾明神、椙尾山神宮寺じんぐうじ大明神などとよばれ、大山村など近隣の村の産土神であった。

引用元:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%A4%99%E5%B0%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE-1993779

これによると、どうやら椙尾大神とは次の二神を指すようです。

 積羽八重事代主大神 (男神)
 天津羽羽大神 (女神)

ここで初めて「事代主」の名を目にし、宮沢海岸の石碑が当初の目標地点であることは確認できましたが、平凡社の解説からは「事代主」ではあってもそれが「”八重(ヤヱ)”事代主」であることが窺がわれます。

一般的な神名解釈では、「積羽八重事代主」あるいは「八重事代主」は「事代主」と同一神であると考えられていますが、私は秀真伝の記述から推測して、両者は別人であるとしています。それについての詳しい論考は過去記事「大空のXXと少女神の暗号」をお読みください。

すると、庄内の宮沢海岸に辿り着いたとされる神は

 八重事代主とその后(きさき)

ということになります。

本ブログを長く読まれてきた方なら、この伝承がこれまでの「少女神」に関する一連の流れと接点を持つことに気付かれたことでしょう。前回の記事「三嶋神と少女神のまとめ」で、仮説として私は次の様な女系による王権継承を主軸とした上代天皇の系図を掲載しています。

画像4:女系による王権継承と上代の王
八重事代主は彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊と同一人物
天津羽羽大神とは玉依姫(たまよりひめ)のことか?

この仮説に従えば、神武天皇の先代天皇である彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊が何らかの理由で皇后と共にこの海岸に流れ着いたとも言えますが、女系による王権継承の解釈では、王は后の元に通う存在であり、この土地が八重事代主が通った場所、すなわち皇后の「玉依姫」の元へ通ってきた場所ではないかとも考えられるのです。

そう言えばこの海岸があるのは「鶴岡」であり、「鶴」の字には「鳥」すなわち「烏(カラス)」との関連が示されているようにも取れますし、内平野を見下ろすあの名山「鳥海山」の中に「鳥(烏)」の字が含まれているのも、何かこの話と関係するのかもしれません。

ここで、少女神に関する何かが繋がり始め、私たち一行は直ちに椙尾大神を祀る椙尾神社へと向かったのですが、そこで見たもの、また感じたその詳細については、次のメルマガの中でご紹介しましょう。

画像5:椙尾神社の鳥居

少女神との繋がりについて、これまであまり深く考えて来なかった東北の地ですが、今回の訪問を経て、今後の調査をどう進めて行くべきか、改めて考え直す時が来たようです。


* * *

平成28年の9月10日(土) から9月12日(月)まで、当時の天皇皇后両陛下(現上皇皇后)はこの鶴岡の地を訪れています。その時滞在されたのが、どうやらこの宮沢海岸にあるホテルのようなのですが、どうしてこの地を選んだのか、今回の記事に絡んで非常に気になるところです。

もしも、画像4の系図が(ある程度)正しいのであれば、八重事代主とは上代皇統のウガヤフキアエズと一致しますから、太古における先代の地として今上天皇がこの地を訪れる理由が成立するのです。

これについて、現地で聞いた両陛下ご滞在時のエピソードなどを交え、メルマガ内でご紹介したいと思います。

画像6:平成28年、鶴岡を訪問された天皇皇后両陛下(当時)
    画像引用元:庄内日報社 https://www.shonai-nippo.co.jp/cgi/ad/day.cgi?p=2016:9:13


いにしへの よきもあしきも はらいませ
いまいでませぬ あすかほあかり
管理人 日月土

加茂と三嶋と玉の姫

※今回の記事は、3月20日に掲載したメルマガ購読者限定記事「加茂と三嶋の考察」に新たな考察を加筆したものです。

まず、前回の記事「甲と山の八咫烏」のまとめを箇条書にします。

  • 京都の代表的な神社、上賀茂/下賀茂神社の主祭神について記紀に記載がない
  • 賀茂建角身命 (かもたけつぬみのみこと)は八咫烏(やたがらす)と同一視される
  • 賀茂/加茂/鴨はどれも同じ「カモ」を指し表記が異なるだけではないか
  • 「鴨」の字は甲(きのえ)と鳥(からす)に分解され、八咫烏を現す符丁なのでは

そして、記事の最後に、同じ符丁が使われているとするなら、「三嶋」(みしま)はどのように読めるのかと、読者の皆様に問い掛けをして終わっています。

今回はその答について、私の考察を述べたものになります。

■賀茂一族は三嶋一族である

もうお気付きのように、「三嶋」の「嶋」の字が「山」と「烏」に分けられることから、賀茂一族同様、三嶋一族も八咫烏との関連性が同じ符丁で隠されているのだろうと考えたのです。

ここで、前回提示した賀茂一族の始祖、賀茂建角身命から始まる3代の系譜と、三嶋一族の始祖、三島溝橛(みしまみそくひ)から始まる3代の系譜を以下に比較してみることにします。

なお、賀茂の系譜は山城国風土記内の表記、また三嶋の系譜は秀真伝内の表記(ヲシテ文字→カタカナ)とします。史書文献によって表記文字がずい分と変わりますのでご注意下さい。基本的に音(読み)を軸に理解すると混乱は少ないと思います。


画像1:鴨(賀茂)と嶋(三嶋)の系図の比較

どうでしょうか。この図を見る限り、3代に渡る系図が両家共2代目の玉依姫、あるいは玉櫛姫を中心に同じように結ばれているのが見て取れます。それは単純に「そう見える」というだけの話ではありますが、ここに「烏」の文字の共通性を考慮すると、ただ同じように見えるだけでは済まないだろうという予感が湧いてくるのです。

ここで新たに注目しなくてはならないのが、古事記に書かれている以下の記述です。少々長目ですが、現代語訳を付けるのでその文意をよく読んでみてください。

 かれ、日向(ひむか)に坐(いま)しし時、阿多の小椅君(をばしのきみ)の妹(いも)、名は阿比良比売(あひらひめ)を娶して生みし子、多芸志美美命(たぎしみみのみこと)、次に岐須美美命(きすみみのみこと)、二柱坐しき。

 然れども更に大后(おおきさき)とせむ美人(をとめ)を求(ま)ぎたまひし時、大久女命(おおくめのみこと)白さく、「ここに媛女(をとめ)あり。こを神の御子といふ。その神の御子といふ所以(ゆゑ)は、三島湟咋(みしまみぞくひ)の女(むすめ)、名は勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)、その容姿麗美(かたちうるは)しかりき。かれ、美和(みわ)の大物主神(おおものぬしのかみ)見感(みめ)でて、その美人(をとめ)の大便(くそ)まる時に、丹塗矢に化(な)りてその大便まる溝(みぞ)より流れ下りて、その美人のほとを突きき。ここにその美人驚きて、立ち走りいすすきき。

 すなはちその矢を将ち来て、床の辺に置けば、忽ちに麗しき壮夫に成りぬ。即ちその美人を娶(めと)して生みし子、名は富登多多良伊須須岐比売命(ほとたたらいすすけひめのみこと)と謂ひ、亦の名は比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)と謂ふ。 こはそのほとといふ事を悪みてヽ後に名を改めつるぞ。 かれ、ここを以ちて神の御子といふなり」とまをしき。

岩波文庫 古事記(中) 神武天皇より

また、上原文の現代語訳は以下になります。

 さて、イハレビコノ命が日向におられたときに、阿多の小椅君の妹のアヒラヒメという名の女性と結婚してお生みになった子に、タギシミミノ命とキスミミノ命の二柱がおられた。

 けれどもさらに皇后とする少女をさがし求められたとき、オホクメノ命が申すには、「ここによい少女がおります。この少女を神の御子と伝えています。神の御子というわけは、三島のミソクヒの娘に、セヤダタラヒメという名の容姿の美しい少女がありました。それで三輪のオホモノヌシノ神が、この少女を見て気に入って、その少女が大便をするとき、丹塗りの矢と化して、その大便をする厠の溝を流れ下って、その少女の陰部を突きました。そこでその少女が驚いて、走り回りあわてふためきました。

 そしてその矢を持って来て、床のそばに置きますと、矢はたちまちりっぱな男性に変わって、やがてその少女と結婚して生んだ子の名を、ホトタタライススキヒメノ命といい、またの名をヒメタタライスケヨリヒメといいます。(これはその「ほと」ということばをきらつて、後に改めた名である。)こういうわけで神の御子と申すのです」と申し上げた。

岩波文庫 古事記(中) 神武天皇より現代語訳

ここに書かれているのは、神武天皇の新たなお后選びに大久女命が推した娘、それが 「神の御子」 と呼ばれている娘であり、何故そう呼ばれるのかその言われを大久女命が神武天皇に説明しているシーンです。

大物主(おおものぬし)神が丹塗矢に化けて現れ、 三島湟咋(三嶋)の娘を孕ませて生まれた子(*1)、それが 神の御子ヒメタタライスケヨリヒメ、日本書紀で表記するところの「媛蹈鞴五十鈴媛」(ひめたたらいすずひめ)となります。

*註1:丹塗矢が男性器を象徴しているのはもはや説明するまでもないでしょう

画像2:古事記における三島湟咋の系譜
上の画像と比較してみてください

ここに登場する三島湟咋(三嶋)の娘の名前「勢夜陀多良比売」は、上画像1の山城風土記・秀真伝に出て来る名前(玉依姫/タマクシヒメ)とは全く異なりますが、なぜか

 ・丹塗矢に孕ませられる(山城国風土記)
 ・大物主神と結ばれる(秀真伝)

と、画像1で示した両家の系譜に対してそれぞれ記述の共通性を併せ持っているのです(*2)。

*註2:秀真伝におけるヤヱコトシロヌシは大物主皇統の継承者ではありませんが、上の系図を見れば分かるように、歴代大物主の血筋であることは明白です。

ここまで来るとあまりにも話が出来過ぎであり、これら記述の微妙な共通点と差異の存在は、まさに史書編纂における共通した符丁のようなものの存在を示していると考えられるのです。

もしもこれが符丁であるならば、一つの歴史的事実に対し史書それぞれに異なる変名が使われ、同時にそれに合わせた別の物語が紐付けられているのではないかという推測が成り立つのです。しかも、「烏」や「丹塗矢」などという暗示性の強い言葉(記号)が使われているのを鑑みれば、その可能性は極めて高いだろうと断言できるのです。

これら系図の比較から私は次の仮説を提示したいと思います。

 賀茂と三嶋は同じ家を指す

つまり、カモ(賀茂/加茂/鴨)とミシマ(三嶋/三島)に違いはなく、ある一つの家内に起きた歴史的事実を、名前をそっくり変えて別の物語とし史書に残したのだろう、そう考えるのです。

どうしてそんな面倒なことをしなければならなかったのか?そうなのです、考えるべきはむしろそちらの理由の方なのです。

■もう一人の玉依姫

京都の下賀茂神社に祀られている「玉依姫」ですが、日本神話に詳しい方ならご存知のように、この方は神話の中で非常に重要な役回りを担っているのです。日本書紀から該当する原文をここに示します。

彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあへずのみこと)、其の姨(をば)玉依姫を以て妃(みめ)としたまふ。彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を生(な)しませり。次に稲飯命(いなひのみこと)。次に三毛入野命(みけいりのみこと)。次に神日本磐余彦尊(かむやまといはれびこのみこと)。凡(すべて)て四(よはしら)の男(ひこみこ)を生(な)す。久しくましまして彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊、西洲(にしのくに)の宮に崩(かむあがり)りましぬ。因りて日向(ひむか)の吾平山上陵(あひらやまのうえのみささぎ)に葬(はぶ)りまつる。

岩波文庫 日本書紀 巻第二 神代下より

神日本磐余彦尊とは神武天皇のことであり、ここで玉依姫は神武天皇の母として登場しています。画像1に出て来る玉依姫が玉櫛姫と同一人物なら、また画像2の勢夜陀多良比売と同一人物なら、義理ではあっても二人の母息子関係は共通することになります。少なくとも同記述が指している世代は同じであると指摘できるでしょう。

ここに奇妙な共通性が垣間見れる訳ですが、何と言っても気になるのは、玉依姫の夫となった彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊、すなわち神武天皇の父の名前なのです。「鸕鷀」は「う」と読み、主に海鵜を指す古語だとのこと。この名には「鳥」の文字が含まれているだけでなく、鵜とは黒い羽に覆われた、まさに鳥(からす)のような鳥(とり)であり、ここにも他の史書に見られた不思議な共通項が認められるのです。

画像3:海鵜

天皇家を中心とする日本国史において、その国父として崇敬される神武天皇ですが、その皇后・母を巡る史書の記述がここまで乱れながらも何やら同じ事柄を示さんとしている理由とはいったい何なのか?

この謎を解明する鍵となるのが、おそらく皇后たるべき特殊な女系の血を継承する少女神たち、すなわち

 ヤタガラスの娘たち

であると私は考えるのです。


* * *

画像1,2に登場する①、①’または①”のおそらく同一人物と考えられる未詳の女性ですが、読者の皆様はこの方が一体誰だと思われるでしょうか?残念ながら記紀や秀真伝を端から端まで眺めても名前は出て来ません。

ある意味、史書から完全にその名前を消された女性だとも言えます。しかし、この方の素性を知る手掛かりが伊豆半島にありました。次のメルマガではこの方について少し語ってみたいと思います。


沖つ鳥夜の水面に浮かぶるは黒き鴨よと人は言うらむ
管理人 日月土

大空のXXと少女神の暗号

年が明けたばかりの今月6日、某所(後で説明)の現地調査に向かったのですが、移動中に空を見上げて驚いたのが、そこに描かれた二つの「X」の文字だったのです。その状況は(真)ブログ記事「新たな祭の始まり」で触れています。

それが自然にできた雲によるものなのか、あるいは飛行機雲なのか、その発生源については未だに不明ですが、空に文字様の雲を見かけるのは必ずしも珍しいことではありません。それでも今回驚いたのは、そこに描かれた文字が「XX(ダブルエックス)」であるということ、また「XX」を見たのがこれで2回目だということなのです。

最初の目撃体験については、昨年4月の(真)ブログ記事「大空のダブルエックス」で触れていますが、何より不気味に思えたのが、「XX」を目撃した2回の調査活動の目的が

 少女神のルーツを探る

という、同じテーマであったことなのです。

画像1:2度出現したXX状の雲

■ダリフラのXXの意味を再考する

4年近く前、(神)ブログを始めた頃に2018年のアニメ作品「ダーリン・イン・ザ・フランキス」(以下ダリフラ)を取り上げ、そこに隠された日本古代史について分析を行いました。

取り敢えず、その時点で気付いた要素については一通り記事にしたつもりだったのですが、そう言えば、このアニメのタイトル画には「XX」が2つも描かれていたのを思い出したのです。

画像2:ダリフラのタイトル画

ここで、過去の記事を読み返してみたのですが、当時はまだ上古代における皇后兼巫女の女系継承問題、いわゆる「少女神」についてはその概念すらなかったので、分析の方向性は

 双子の皇后

すなわち、政治的なポジションとしての皇后と、宮中祭祀など巫女的役割を担った二人の皇后がいたのではないか、その点にのみフォーカスし、血の継承問題については特に分析の対象とはしていませんでした。

そこで、偶然?にも二度目撃した「XX」に鑑み、ここではこれまでのダリフラ分析に新たに女系継承の視点を取り入れてみようと思い立った訳なのです。

これまでのダリフラ関連記事:

 1)2019年3月30日 “ダリフラ”、タイトルに隠された暗号 
 2)2019年4月2日 太宰府で繋がる新元号とダリフラ 
 3)2020年2月27日 ダリフラのプリンセスプリンセス 

さて、タイトル画以外に「XX」の意味について触れたシーンが作中に一箇所あるので、まずはそこを押さえておきましょう。

画像3:生体兵器「叫竜」(きょりゅう)の肉体はXX(女性遺伝子)で構成されている
(第20話より)

アニメの設定における位置付けはともかく、画像3をのシーンを見る限り、少なくとも「XX」がX染色体、すなわち「女性遺伝子」を指していることは明らかです。問題なのは、画像2のタイトル画で象徴されるように、何故「女性」と「遺伝」をここまで強調するのかその点なのです。

単純に考えれば、これは女性の特性が遺伝的に続くこと、すなわち女系の血の継承を表現しているのではないかと取れるのですが、いかがでしょうか?

これまでの分析により、アニメの主人公である少女「02」(ゼロツー)は、その数字が「鬼」を表すことから、鬼道(呪術)の使い手で知られる卑弥呼、そしてその実体である神武天皇の皇后、媛蹈輔五十鈴媛(ヒメタタライスズヒメ)をモデルにしているだろうと予想しています。

また、「媛」ヒメの字がその名に2箇所使われていることから、恐らくこれが双子の皇后の存在を表すであろうとも結論付けています。アニメでは「ゼロツー」が「叫竜の姫」の遺伝子クローンという設定になっていますので、これはまさにヒメタタライスズヒメが双子であることを遠回しに表現しているのではないかと捉えたのです。

これらを少女神の視点から更に表現し直すと

 双子の皇后ヒメタタライスズヒメは、特定女系の血を引き継いでいる

となるのです。

実は、この予想を補足する作品中のメッセージとして、次の登場人物のネーミングが大きな意味を持つことに後から気付きました。

画像4:二人の主人公の世話役「ハチ」(008?)(右)と「ナナ」(007/077?)(左)

二人の役どころは、主人公達を含む「子供」と呼ばれる少年・少女戦闘員の世話役、物語の最後では彼らの親代わりというポジションに移るのですが、まずここで親子という世代継承のニュアンスが表現されているのが分かります。

しかし、数字をそのまま読み替えただけだろうこの二人の名前は、より重大な意味を含んでいることが以下の分析から見出せるのです。なお、この二人に限っては、他のキャラには付けられているコードナンバーが何故だか設定上でも明記されていないので、「ハチ」については「8」、「ナナ」については「77」の数字を割り当てることにします。

画像5:二人の名は「皇后」を表す。

3桁の数字「123」が「天皇」の意味を持つことは(真)ブログ記事「新嘗祭イヴの呪い」をご確認頂きたいのですが、実はこの場合「877」という数字が転じて「皇后」を意味することはこれまで説明したことはありませんでした。

どうしてそう言えるのかは、画像5を見ればお分かりの様に、この二つの数字が加算された時に初めて新しく4桁目が生じる、すなわち、天皇と皇后の組み合わせが新しい次の世代を生み出すと解釈できることに拠るのです。

ここまで来ると、「ハチ」と「ナナ」のネーミングは適当に付けられたものとは考えにくく、明らかにこれは、「皇后」に関連するメッセージを強く含んでいると考えられるのです。

古代史ならず日本の歴史の主役は「天皇」であると私たちは考えがちですが、どうやらダリフラが意図する歴史的視点は、皇后の輩出家系についても大いに注目しているようなのです。

■ヒメタタライスズヒメと三嶋溝橛

さてここで、ダリフラにおいて角の有る美少女キャラのモデルとなったであろうヒメタタライスズヒメが史書の中でどのように記述されているかを確認してみます。

此の神の子は、即ち甘茂君等(かものきみたち)・大三輪君等、又姫蹈韛五十鈴姫命なり。又日はく、事代主神、八尋熊鰐(やひろわに)に化為(な)りて、三嶋の溝樴姫(みぞくひひめ)、或は云はく、玉櫛姫(たまくしひめ)といふに通ひたまふ。而して児姫 蹈韛 五十鈴姫命を生みたまふ。是を神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといはれびこほほでみのすめらみこと[=神武天皇])の后(きさき)とす

日本書紀神代上第八段一書から

これの他に、次の箇所でも登場します。

庚申年(かのえさるのとし)の秋八月(あきはづき)の癸丑(みづのとうし)の朔(ついたち)戊辰(つちのえたつのひ)に、天皇、正妃(むかひめ)を立てむとす。改めて広く華輩(よきやから)を求めたまふ。時に、人有りて奏して日さく、「事代主神、三嶋溝橛耳神(みしまみぞくひみみのかみ)の女(むすめ)玉櫛媛(たまくしひめ)に共(みあひ)して生める児を、号(なづ)けて媛蹈輔五十鈴媛命と日す。是、国色(かほ)秀れたる者なり」とまうす。天皇悦びたまふ。

日本書紀神武天皇記本文から

以上から、書紀では神武天皇の正皇后であるヒメタタライスズヒメは事代主神と玉櫛姫の間に生まれた子と記述されているのですが、秀真伝ではその辺の関係性が少し異なります。

画像6:秀真伝によるヒメタタライスズヒメの系譜

上図の様に、秀真伝によれば玉櫛姫を娶った事代主と言うのは、同じ事代主でも孫の世代に当たる「ヤヱコトシロヌシ」を指すようなのです。

事代主は皇統の代で言えば瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と同世代になりますから、その娘が瓊瓊杵尊のひ孫に当たる神武天皇の后になるというのは少し不自然です。ですから、同じく事代主のひ孫世代がヒメタタライスズヒメとなる秀真伝の記述の方が、より真実に近いと考えられます。

さて、今回の注目点は「少女神」ですから、そうなるとどうしても気になるのが、画像6でも示した、皇后を輩出した家系

 三嶋溝橛(みしまみぞくひ)

とは何者なのか、その点なのです。残念ながら、秀真伝でも三嶋溝橛の妻の名、およびそれより遡った系図は出ていません。

少女神と言う概念を初めて取り上げた記事「少女神の系譜と日本の王」で、私は「みシまる 湟耳(こうみみ)」氏が書かれた本「少女神 ヤタガラスの娘」を紹介しましたが、その中でネタバレ防止の為、次の様に一部を伏せて書いている箇所があります。

古代皇統の権威は特定家系である「☆☆☆」家の少女の元へ入婿することによって引き継がれてきた

もうお分かりのように、この伏字に入る文字は

 ミシマ

なのです。また、著者が三嶋溝橛にたいへん注目していることは、ペンネームの「みシまる」に如実に表れているとも言えるでしょう。

これまで、国内少女神の家系として、伊弉冉尊(いざなみのみこと)から始まる、下照姫の家系、月読尊の家系を予想していましたが、今回登場した三嶋溝橛がそのどちらかの系統に繋がる血筋なのか、あるいは全く別の女系一家なのか、新たなる謎が加わることになりました。

ダリフラというアニメは、素人目に見ても相当に脚本を練った作品、あるいは古代史情報をふんだんに詰め込んだ作品と認められるのですが、ここまで出してくる目的とはいったい何なのか?表現者のその意図を含め、今後の分析が求められるのです。

■大空のXXが意味するもの

次の2つの写真は、空にXXが出現した当日の調査対象です。

画像7:香良須(カラス)神社 愛知県豊田市市木町(令和4年4月11日撮影)
画像8:三島神社 千葉県君津市糠田(令和5年1月6日撮影)

香良須神社はみシまる氏の著書に書かれていたことから、半ば興味本位で向かった場所ではあるのですが、現地の客観的な情報からだけでも次の点が窺えます。

 祭神は稚日女尊(わかひるめのみこと)→ ワカヒメ → 下照姫(少女神)
 所在地は市木町(いちきまち) → イチキ → 市杵島姫(少女神)

そして、君津の三島神社については特に語る必要はないでしょう。

大空のXXが少女神調査との関りで出現したものなのか、それとも単なる偶然なのか、それは私にもよくわかりません。ただ、このテーマが日本(にほん)という国の成立ちを知る上で、避けて通れないものであることを、ひしひしと感じるのです。


賀茂川を上りて向かう姫宮は紅差す御身の清き里なり
管理人 日月土

SPY×FAMILYに見る月読と市杵島姫

今月25日の(真)ブログ記事「国家権力動員のSPY×FAMILY」では、現在放映中の人気アニメ「SPY×FAMILY」を題材に、そこに登場する角の生えた少女キャラクターが、古代皇后兼巫女であったいわゆる「少女神」をモデルとして描かれているのではないか、そして、彼女たちが取り上げられる最大の理由が、その存在を抹殺せんが為の呪詛なのではないかと述べています。

画像1:SPY×FAMILY 
(C)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

呪詛と言うとオカルトぽくなってしまいますが、日本書紀や古事記などの史書で事実と異なる記述が明らかな場合も、それが事実を捻じ曲げ特定個人を貶めるという点では、やはりそれは呪詛や呪いの類と見なすことができます。

「呪詛」というどこか思想的な観念を持ち出すのは、単に史書から都合の悪い事実を伏せれば良いだけのことなのに、わざわざ特定個人を貶める記述を加えるという行為に、どこか現実的な損得を超えた強い悪意と憎悪を感じるからです。

私は、記紀及びその他の史書についてもそこに大きな改竄が加えられていると考えていますが、それが、登場人物に侮蔑的な名前が付けられていたり、その行為が悪し様あるいは嘲笑的に書かれている場合は、やはりそれも呪詛の一形態であると捉えています。

その意味では、現代メディアがやってることも全く同じで、映画やドラマ、そしてアニメ作品においても、昔ながらの「言葉による呪い」が込められており、その呪いが歴史上の特定人物に向けられているケースをこれまで幾つかご紹介してきました。

しかし、これを逆手に使えば、作品に込められている呪詛の形態から歴史的事実を辿れると考え、実際にその手法を用いてこれまでに「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」など大ヒットアニメに隠された古代日本の実相を分析してきました。

アニメ「SPY×FAMILY」もそれら呪詛的作品の例外ではなく、おそらくその背後には、隠された歴史的事実が存在するであろうと思われるのです。

■ヨルの名に隠された暗号

このアニメの主人公は「鬼の角型髪飾り」を付けた少女「アーニャ」ですが、ここではまず、その仮の母親であるヨルに注目します。

画像2:ヨル

このヨルさん、コードネーム茨姫(いばらひめ)の異名を持つプロの殺し屋で、運動能力が極めて高いという設定以外にこれと言った情報は付加されていないのですが、このヨルという名前をそのまま日本語の「夜」と解釈して良いことは、スパイである旦那役(ロイド)のコードネームが黄昏(たそがれ)であることから容易に察しが付きます。「黄昏に続いて夜が来る」ということです。

それでは次に「夜」に対応する歴史上の人物とは誰なのかを考察してみます。

これまでに少女神の分析を行ってきた対象が、日本書紀・古事記共に神代が中心であったことから、ここでも同時代の記述について調べてみることにします。

「夜」の字で記紀の神代原文を全文検索した場合、明らかに人名(あるいは神名)の一部として現れるケースは

 古事記:
  火之藝速男神(ひのやぎはやをのかみ)
  波邇須毘古神(はにやすびこのかみ)
  波邇須毘賣神(はにやすひめのかみ)
 
 日本書紀:
  月見尊(つきよみのみこと)
 
となります。

これでは両史書の間で共通項が見当たらないことになりますが、実は古事記には次の様な「夜」の記述があるのです。

 次詔月讀命「汝命者、所知夜之食國矣。」事依也。

次に月読命に詔りたまはく、「汝命(いましみこと)は、夜の食国(おすくに)を知らせ」と事依(ことよ)さしき。

ここでは表記の違いにご留意ください。「月夜見=月読=月讀(つきよみ)」であり、以下は「月読」で表記を統一します。

「夜の食す国」とはまさに夜の帳が降りた世界のことであり月読はまさに「夜」の統治者であると記されているのです。これは、月の美しく輝くのが夜の間であるという自然現象をそのまま詩的に表現しているとも言えますね。

以上から、記紀の神代記における「夜(ヨル)」の称号を持たされた人物(あるいは神)とは月読尊(つきよみのみこと)のことであろうと断定してよいのですが、問題なのはその性別なのです。

アニメにおけるヨルの性別は女性ですが、記紀では不詳、秀真伝では男性とされています。この性別問題については、前回記事「月読尊 - 隠された少女神」で提示した仮説を適用し、「ヨル(夜)」が月読尊を指す記号と解釈した上で、その性別はアニメが示すそのままに「女性」であった、即ち伊弉冉(イザナミ)の血を受け継ぐ少女神であったと解釈することにしたいと思います。

■アーニャは市杵島姫なのか

前回の仮説が適用できるとする根拠は、史書類から女系の血筋が隠されている(史実が改竄されている)のではないかと疑うところにあるので、その流れに従うと、当然ながら女性月読には娘がいたと考えざるを得ません。

秀真伝では男性月読に気吹戸主(いぶきどぬし)という息子が居たとの記述がありますが、この場合、こちらも女系を隠す意図の下で改竄されていると見なすべきで、実際には気吹戸主の嫁とされている市杵島姫(いちきしまひめ)が実の娘に当たるのではないかと見ることができます。

すると、ヨルとアーニャの母娘関係(偽装家族ではありますが)はそのまま次の様な対応関係になると考えられるのです

   母     娘
 —————————–
  ヨル → アーニャ
  月読 → 市杵島姫

すなわち、ヨルが月読を表す記号的存在ならば、アーニャも同じく市杵島姫を表していると見なすことができます。

画像3:アーニャは市杵島姫を象徴しているのか?

アニメの中で、アーニャは人の心を読む超能力を有する少女として描かれているのですが、これは神の託宣を受け取る特殊能力者であった古代巫女、すなわち少女神を表現しているとも取れるのですがどうでしょうか?

神話の中では、市杵島姫は宗像三女神の一人として誕生するのですが、全国の神社を回ってみると、三女神の中でも市杵島姫はとりわけ手厚く祀られている(あるいは封印されている)ように感じるのです。

厳島神社(いつくしまじんじゃ)と聞けば広島県の宮島にあるものが夙に有名です。ここでは宗像三女神を祀っているのですが、摂社・末社などの小社として全国に建てられている厳島神社の祭神は、基本的に市杵島姫を祀るお社として認識されている場合が多いようです(具体的に調べた訳ではありません)。

画像4:宮島の厳島神社

よく考えてみたら「いちきしま」と「いつくしま」は発声がそっくりで、ここからも厳島神社が基本的に市杵島姫を主な祭神としていた証であることが見て取れます。

また全国に多く見られる仏教の弁財天(弁天様)も、本地垂迹説的には市杵島姫と同一視されることが多く、やはり宗像三女神の中では市杵島姫が特別扱いされていると考えられるのです。

それが隠された少女神の血筋に由来することなのかどうか、現在はこれ以上深読みできないのですが、これについては、アニメ放送の今後の展開を見て再度考察を加えたいと思います。

■呪われた少女神

アーニャの鬼の角のような髪飾りと大好物のピーナッツ。これが節分の豆撒きにおける鬼と炒り豆の関係に相当し、鬼とされた存在に向けた呪いであることを上記(真)ブログ記事では述べています。

すなわち、これはアーニャへの呪いでもあり、同時に「市杵島姫への呪い」とも取れる訳ですが、一方ヨルの方は、血塗られた殺し屋の顔を持つ女として描かれています。

画像5:ヨル、依頼を受ければ殺し屋となる

茨姫と呼ばれる血塗られた女、それがどのような悪意を込めた呪いなのかは不明ですが、あまり聞こえの良いものでないのは事実です。少なくともそのモデルであろう月読を敬っていないのは確かだと言えます。

血塗られた女に炒り豆を投げつけられる鬼女、少女神に対する呪いとしてはもはや散々なのですが、実はこのアニメと放映時期を同じくして、この二人の特徴を併せ持つ次の特異なキャラクターが別の作品に登場しているのをご存知でしょうか?

画像6:チェンソーマンから血の魔人パワー
(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA

単なる偶然だとは思いますがどこか引っ掛かるのです。そう言えば両作品共に出版元は同じ集英社ですね。また、遠藤達哉氏は藤本タツキ氏のアシスタントを務めていたこともあるそうです。


寒風に追われて辿るこの道はい笑ます君の宮へ誘う
管理人 日月土

瀬織津姫 - 名前の消された少女神

前回、前々回とアニメ映画「君の名は」を題材に、日本の古代王権がどのように継承されていたのか、「少女神による女系継承」という仮説に基づいて考察してみました。

これまでに構造分析を試みたアニメ作品とそこに登場した少女キャラクター、それと秀真伝に記されている上代皇統の系図を組み合わせたのが以下の図となります。

画像1:上代皇統と少女アニメキャラ

どうしてこうなるかは過去の記事を読んで頂きたいのですが、世の中で話題となった大ヒット人気アニメが、実は日本古代史(あるいは神話)を何度もその題材として取り上げていることは注目すべき点であります。

そう言えば、現在公開中の「すずめの戸締まり」をはじめ、鳴り物入りのアニメ作品の主人公が基本的に「少女」であり、男の主役はどちからというと影が薄いのは共通しているパターンだと言えます。

■もののけ姫に描かれた女系継承

なんだかアニメのストーリーを無理矢理に女系継承の話に持って行ってないか?というご批判はもっともなのですが、これが権力の継承を象徴していると考えられるシーンが「もののけ姫」に登場したのを覚えておられるでしょうか?

画像2:カヤからアシタカに手渡された黒曜石の小刀

カヤはアシタカと別れる時に、形見として黒曜石の小刀を渡すのですが、そのカヤからの大事なプレゼントを、アシタカはサンにあっさりと手渡してしまいます。

このやり取りを見て、多くの女性視聴者が「アシタカは女心の分からない最低の男!」と評したかどうか分かりませんが、少なくともアシタカのこの行動に何の意味があるのか理解できなかった方は多かったと思います。

実は、この小刀を「権力継承の象徴」と見ればあっさりとこの謎は解決するのです。つまり、画像1において、栲幡千千姫から木花咲耶姫へと皇后の権威が次の世代へ移動した象徴と見れば良いのです。

これに加え、小刀が黒曜石であることにも大きな意味があるのです。みシまる湟耳著「ヤタガラスの娘」にも書かれていますが、伊豆七島の神津島は古代少女神と非常に関連が深い島として紹介されています。そして、その神津島こそが古代から黒曜石の重要な産地であり、神津島産の黒曜石は、対岸の静岡地方だけでなく、内陸は長野県の遺跡からも多く出土しているのです。

画像3:御前崎の「星の糞遺跡」
星の糞とは地面の上で星の如く煌めく黒曜石の破片ことで、ここから出土する
黒曜石の約90%が神津島産とのこと。古くは縄文時代後期からなる遺跡。

少女から少女へと受け継がれる黒曜石の小刀、これはまさしく古代女系継承を表現しているとは言えないでしょうか?宮崎監督はこのシーンについて「男とはそんなもん」と嘯いているようですが、この表現に隠された真意は極めて重要なのです。

■大祓詞と瀬織津姫

画像1にある瀬織津姫は、何故か記紀の日本神話の中に登場しない不思議な神様です。しかし、神話ではない人の歴史として古代日本を記述する秀真伝(ほつまつたえ)には、はっきりと男性王アマテルカミの正妻ムカツヒメ(瀬織津姫)として記述されているのです。

実は、記紀と秀真伝のこの大きな食い違いこそが、女神である天照大神(あまてらすおおかみ)を最高神と戴く日本神道の大きな矛盾点なのです。別の表現をするなら、国家神道の根幹部分がそもそもあやふやであり、それ故に私は、日本神話をファンタジー化された歴史の捏造と捉えるのです。ただし、神話化されたということは元の歴史的事実があるということでもあり、その意味では記紀が全く無価値だと言うつもりもなく、むしろ最も解読が求められている暗号書であると捉えているのです。

さて、男性王アマテルカミを女神天照大神に書き換えてしまったら、その妻である瀬織津姫の存在は不都合極まりありません。ですから、単純にテクニカルな意味で記紀の記述からそっくり外されてしまったのは容易に考え得ることです。

しかし、そこまでしておきながら、何故か大祓詞(おおはらえのことば)にはその名が出て来るのですから、その点は少し困惑してしまいます。ここでその大祓詞とやらを眺めてみましょう。

画像4:大祓詞(1/4)
画像5:大祓詞(2/4)
画像6:大祓詞(3/4)
画像7:大祓詞(4/4)

「ヤタガラスの娘」の中で、みシまる氏は①~③を呪いの言葉、④~⑦はいわゆる祓戸四神なのですが、これを瀬織津姫の神的パワーを削ぐために4柱の神名に分けて記述したものだとしています。

①の「金木(かなぎ)」は製鉄を表す言葉で、これをタタラ姫の家系、すなわち少女神の家系と推定し、その本(先祖)と末(子孫)を打ち切るとは、先祖末代を祟る呪いであるとしています。

また、これと同様に②の「菅麻(すがそ)」を蘇我氏、③の「彼方(をちかた)」を古代祭祀族の物部氏と推定し、やはり同家系を呪っていると断じているのです。

このみシまる氏の説には私も概ね同意なのですが、私は①の金木は鉄生産の国である古代朝鮮国の伽耶(かや)を指し、そこを出身とする女性シャーマンの家系、すなわち少女神の家系を指すと考えます。

また、②については「すがそ」を「須賀祖」と読めば、これは素戔嗚尊(すさのおのみこと)の家系、即ち大物主の家系を表し、即ち国津神である出雲一族を呪った言葉であると解釈するのが自然であると考えます。

なお、③については私も不案内なので多くの言及を控えますが、大祓詞を考案した中臣氏以前の祭祀族を呪うのは十分あり得ることだと考えられるのです。要するに

   大祓詞とは特定一族を呪う為の祝詞(のりと)

であると考えられるのです。

さて、ここに登場する瀬織津姫なのですが、みシまる氏の神的パワー分散説については恐らく違うであろうと考えます。というのも、秀真伝には一応、瀬織津姫以外のそれぞれの名前についてもその系図がきちんと示されているからです。

 カナサキ → ハヤアキツヒメ(速開都比売)
 ツキヨミ → イフキヌシ(氣吹戸主)
 アカツチ → ハヤフスヒメ(速佐須良比売)

おそらく、この時代で名前の残っている女性は基本的に各家に養女にもらわれた少女神の家系出身者と考えられるのですが、少女神については大祓詞の①で既に呪いが掛けられているので、実はここに登場する姫神はとりわけ強く呪われているとも考えられるのです。

つまり、瀬織津姫は記紀から名前を消されただけでなく「金輪際絶対出て来るんじゃねぇ!」とより強烈に呪いを掛けられた存在ではないかと考えられるのです。

逆に言うと、瀬織津姫は神道の世界観ではそれほどまでに恐れられている存在であり、同時にそれは、古代日本において女性シャーマンとして非常に卓越した能力があったことを指しているとも考えられるのです。

「君の名は」で、年老いた一葉として瀬織津姫の型を出してきたのも、恐る恐るながらもその力にあやかりたい、そのような意図があったのではないか、私はそう思うのです。


* * *

さて、少女神の観点で祓戸四神を眺めた時、一人だけ首を捻る存在がそこにあるのを無視する訳にはいきません。それは「氣吹戸主(いぶきどぬし)」です。名前の語感からもそうですが、秀真伝でも氣吹戸主は男性なのです。

祓戸四神と括りながらその構成は女3人に対し男1人、この違和感はいったい何なのか?そもそもその親であるツキヨミ(月読尊)は、記紀でも殆どたいした記述がありません。謎の登場人物である月読尊とその子である氣吹戸主。今回の少女神といったいどのように絡んでくるのか、瀬織津姫の謎と共にこちらも追っていく必要がありそうです。

画像8:突然メディアに現れたN国の少女
参考:金閣下、ご返信ありがとうございます
この少女のことを私は市杵嶋姫(いちきしまひめ)と呼んでいます


高天原小宮に坐ます姫神の母なる思ひ今ぞ伝えん
管理人 日月土

時間を結ぶ少女神 - もう一つの「君の名は」(2)

※この記事は、前回「時間を結ぶ少女神 - もう一つの『君の名は』」の続編となります。既に「君の名は」を鑑賞されていることを前提にしておりますので、まだの方はネタバレ注意でお願いします。

さて、このアニメ映画もジブリ作品と同様に日本古代史(あるいは日本神話)をそのモチーフに組み込んでいると考えられるのですが、その前提で、次の様な設問を読者の皆様に課題として出していました。

 Q:三葉と瀧の歴史上のモデルは誰か?

この設問へのヒントとして、メソポタミア神話の女神ティアマトとの関連から、どうやら映画に登場するティアマト彗星が伊邪那美命(=伊弉冉尊:いざなみのみこと)を象徴しているらしいという解説を掲載しましたが、今回はこの話を更に掘り下げてみます。

■出会いのシーンは神話そのもの

説明を始める前に、まずは日本書紀に記述されている次の文面をご覧ください。

故(かれ)、二(ふたはしら)の神、改めて復柱(またみはしら)を巡りたまふ。陽神は左よりし、陰神は右よりして、既に遇ひたまひぬる時に、陽神、先づ唱へて日(のたま)はく「妍哉、可愛少女(あなにゑや、えをとめ)を」とのたまふ。陰神、後に和(こた)へて日はく、「妍哉、可愛少男(あなにゑや、えをとこ)を」とのたまふ。然(しこう)して後に、宮を同くして共に住ひて児(みこ)を生む。大日本豊秋津洲(おおやまとあきづしま)と号(なづ)く。

岩波文庫「日本書紀 一」神代上 一書から

こちらの現代語訳は次の様になります。

二柱の神は改めてまた柱のまわりを回った。男神は左から、女神は右から回って出会ったときに、男神がまず唱えていわれた。「おや、何とすばらしい少女だろう」と。女神が後から答えて「おや、何とすばらしい男の方ね」と。その後で同居をされて子を生まれた。大日本豊秋津洲と名づけた。

講談社学術文庫「日本書紀(上)」宇治谷孟現代語訳から

伊邪那岐命(=伊弉諾尊:いざなぎのみみこと)と伊邪那美命の男女神の初めの出会いは、それぞれの回る向き、および発声の順序に問題があり、改めて上記引用の様に回り直したところ、正しく国生みが始まったとあります。

ここで、前回も紹介した三葉と瀧がカワタレ時に山上で邂逅したシーンを改めて見てみます。

画像1:山上で邂逅した瀧と三葉

もうお気付きかと思いますが、このシーンは上述の日本書紀の記述とシチュエーションが酷似しているのです。それを図解したのが下記になります。

画像2:御神体の外周を初めは左回りする三葉(心は瀧)
画像3:互いが見えずすれ違う二人(心が入れ替わった状態)
画像4:すれ違いの後に向きを変え互いに相手の姿を見る二人(心は元の状態)

御神体を中心に瀧と三葉は初めはそれぞれ右回り・左回りの方向に走り出します。しかし、二人はすれ違ってしまう。ところが、ちょうどその時がカワタレ時だというのもありますが、互いの気配を感じた二人は、引き返すため進行方向をそれぞれ左回り・右回りへと変えた時に出会うことができるのです。

これを整理すると次の様になります。

 日本神話:
  御柱の周りを回る
  伊邪那岐命(右回り)&伊邪那美命(左回り) → 国生み失敗
  伊邪那岐命(左回り)&伊邪那美命(右回り) → 国生み成功

 君の名は:
  御神体の周りを回る
  瀧(右回り)&三葉(左回り) → 出会えない
  瀧(左回り)&三葉(右回り) → 出会える

このように、私から見れば瀧と三葉のこのシーンは明らかに日本神話のそれをモチーフにしていると読むことができ、よってここから

 瀧のモデルは「伊邪那岐命」
 三葉のモデルは「伊邪那美命」

と結論付けることができるのですが、実はこの結論ではまだ説明できない設定が残っているのです。それは、三葉の血縁である、一葉、二葉、そして四葉との関係なのです。

■少女神の系譜

このアニメの設定において、三葉の家である宮水家は、代々村の宮水神社を守る神主やの巫女(みこ)を輩出した家とされています。ところが、入婿である三葉の父は、母の二葉の死去後に家を離れ、家に残されたのは、祖母の一葉、三葉、妹の四葉の女性だけの家として描かれています。

この設定だけをみれば、水宮家は明らかに

 女系家族である

ことが窺われるのです。

これは一体どういうことでしょうか?ここで、神話ではない人の歴史として古代を綴る、秀真伝(ほつまつたえ)に従って、伊邪那美命からその後に3代続くアマカミ(上代の天皇)の系図を見てみましょう。

画像5:秀真伝によるイザナギ・イザナミとそれに続く3代
※漢字表記は日本書紀によるもの(瀬織津姫を除く)
※秀真伝ではアマテルカミ(天照)は男性王である

日本の史書は基本的に男系継承を軸に記述されているので、どうしても上図で示すようにになってしまうのですが、ここで注目すべきなのは王権の中心であるアマカミではなく、その后(きさき)の方なのです。

既にティアマト彗星は伊邪那美命の象徴であろうとしているので、同じように映画に登場した宮水家の人員をこの図に当てはめると次の様になります。

画像6:古代系図と「君の名は」の対応

図の中で、特に三葉と四葉の姉妹関係などを見る限り、登場人物がピタリと上代アマカミの歴代皇后の系譜に当てはまることが分かります。ここから類推する限り、どうやら三葉は木花開耶姫(このはなさくやひめ)に該当し、ここから、前回出した設問の答も

 瀧のモデルは「瓊瓊杵尊」(ににぎのみこと)
 三葉のモデルは「木花開耶姫」

ということになります。

しかしここでまたもや問題になるのは、どうして、伊邪那岐命・伊邪那美命と瓊瓊杵尊・木花開耶姫の関係を重複させているかなのです。

この映画のラストシーンでは、瀧と三葉が相手に対し同時に「君の名は?」と呼び掛けますが、「君」とは抽象的かつ普遍的な意味で王と后の両方を指していると考えられ、特定の世代に限定されないことが分かります。

ここでぜひ、過去記事「少女神の系譜と日本の王」を読み返して頂きたいのですが、同記事の中では、私は一つの仮説を取り上げています。それは

 古代日本の王権は母系(女系)継承だったのではないか?

というものです。

すなわち、伊邪那美命と木花開耶姫のイメージをここで重ねてきた一番の理由とは

 伊邪那美命と同じ血を継ぐ女性が代々皇后に選ばれてきた

その事実を開示せんがために、あるいは、日本人の潜在意識が既に把握しているこの事実に対して、何か心理的な作用を与えるために、敢えてこのような設定を盛り込んできたのではないかと推測されるのです。

記紀や秀真伝を読む限り、これらの皇后はそれぞれ別の家系を出自に持つ女性ばかりですが(*)、私はこれらも古代史改竄の一つで、実は

 同一家系から、一旦他の有力者の養女に迎え入れていた

のが事実ではないかと考えるのです。その母系継承についての考察をみシまる湟耳氏の著書「少女神 ヤタガラスの娘」では述べているのですが、私も同様にそのルーツが海の向こうの古代朝鮮の伽耶、そして更に遡ること西アジアのメソポタミア周辺に及ぶと見ているのです。

*例えば、栲幡千千姫は高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の娘、木花開耶姫は大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘とされており、これだけ見れば両者は全く別の家系の出自となる。

また、なぜ后に特定の血筋を求めるのかなのですが、これはみシまる氏も指摘しているように、神と通信する女性シャーマンとしての優れた能力が代々彼女たちに受け継がれており、当時の社会においては彼女たちを后にすることが王権を得る上での絶対条件であったと考えられるのです。

これは、三葉が巫女姿で舞を踊ったり、口噛み酒を造ったりするシーンに象徴されていると見ることができます。現代的な解釈では、そんなのは迷信であったり習慣化した作法でしかありませんが、古代社会において、呪術とは実践科学であり、神の声を聞く彼女たちの能力は共同体運営に欠かせないものであった。彼女たちを后に置くことはまさに自国の存亡に関わる重要なことだったのではないでしょうか。

■三葉とサン

このブログの読者様なら既にご存知の通り、ジブリ映画「もののけ姫」に登場したサンの歴史モデルが「木花開耶姫」であり、アシタカのモデルが「瓊瓊杵尊」及び「天若彦」(あめわかひこ)のダブルキャストであることは既に結論が出ています。

関連動画:モロともののけ姫の考察

つまり、「君の名は」における三葉の役柄は「もののけ姫」のサンの焼き直しということになります。

画像7:三葉とサン(どちらも3)
サンのキャラデザインもどこか古代巫女風である

私がここで問題にしたいのは、なぜ日本のアニメ映画はこの時代の人物を執拗にモデルに取り上げるのか、果たしてその点なのですが、それについてはもう少し分析を進めて行く必要がありそうです。

おそらく、前回とりあげた日本のメディア作品の大テーマ「時間の循環と過去改変」に関係あるのだろうと今は予想しています。


浜辺にてすくう真砂の数よりも幸多くあれ姫宮の君
管理人 日月土

時間を結ぶ少女神 - もう一つの「君の名は」

今月28日、11月に公開される新海誠監督の新作「すずめの戸締り」にタイアップしてか、5年前の大ヒットアニメ「君の名は」が放映されました。

 関連記事:新海アニメの完成数 

この作品、絵が美しく物語も詩情豊かにまとまっているので、あまりくさすような事を書きたくないのですが、それでも日本のヒットアニメに共通する基本パターンはしっかりと踏襲しており、それについてはやはり指摘しておかなければならないでしょう。

以下、このアニメ作品の構造解析について説明して行きますが、既に同作品をご覧になっていることを前提に進めて行きます。まだ観たことがないという方は、ぜひ鑑賞してから読み始めることをお勧めします。

画像1:「君の名は」公式ページから

■時間の循環(ループ)

この物語は、3年前の三葉(みづは:主役の女子高生)と現在に生きる瀧(たき:主役の男子校生)との時間を超えた奇妙な交流から始まります。そのやり取りの手段も、時より二人の心と身体が入れ替わった時に、互いに残した日記を読み合うという、極めてSFファンタジー的な設定となっています。

画像2:瀧と三葉、出会いの名シーン

二人が直接顔を見合わすシーンは、それこそ山上での短い「彼は誰時(かわたれどき)」と、ラストのあの感動的な出会いのシーンだけなのですが、その二人の時間的・空間的距離の遠さこそが、この少年少女の仄かな慕情を募らす大きな要素となっています。この辺の演出はさすがだなと私も感心することしかりでした。

この、可愛らしくも美しい恋慕の情に観る人は心惹かれるのだと思いますが、ところがどっこい、ここにもお約束のテーマがしっかりと隠されているのです。そのテーマが何であるかは、三葉の祖母である一葉(ひとは)のセリフを通して次の様に語られています。

左から祖母の一葉、母の二葉(ふたは)、妹の四葉(よつは)

三葉、四葉、結びって知っとるか?土地の氏神様を古い言葉で結びって呼ぶんやさ。この言葉には深い意味がある。糸を繋げることも結び、人を繋げることも結び、時間が流れることも結び、全部神様の力や。わしらの作る組紐もせやから、神様の技、時間の流れそのものを表しとる。寄り集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、また繋がり、それが結び、それが時間。

この「時には戻って途切れ、また繋がり、それが結びそれが時間。」という部分はたいへん重要で、これは時間の流れというものは永遠普遍ではなく、切れたり繋がり直ったりすると言ってることです。

物語の中でも、3年先の未来の人である瀧の介入により、ティアマト彗星の落下により失われるはずだった三葉の命が救われる、すなわち過去改変が行われるのですが、ここには、

 ・未来から過去への時間の循環
 ・過去の事実への介入

という、日本アニメ・映画作品で良く見られるテーマがしっかりと盛り込まれているのです。同様なテーマを表現する作品の例を挙げれば

 ・ドラえもん
 ・火の鳥
 ・時をかける少女
 ・涼宮ハルヒの憂鬱
 ・エウレカセブン AO
 ・シュタインズ・ゲート
 ・魔法少女まどかマギカ
 ・Re:ゼロから始める異世界生活

海外作品まで目を向ければ

 ・バック・トゥ・ザ・フューチャー
 ・ターミネーター

など、他にも色々あります。また「時間の循環」を「ループ」と置き換えれば次の様な作品もその範疇に入って来ます。

 ・テラ戦士Ψボーイ
 ・マトリックス・レザレクション
 ・鬼滅の刃 無限列車編

世の中の全てのメディア作品に目を通すほど私も暇ではありませんが、これまで観てきたものだけ取り上げてもこの数ですから、「時間循環と過去改変」なるテーマがメディア表現に如何に多く埋め込まれているのかお分かりになると思います。

画像4:メディア作品はループばかり
1985年の日航123便事件、2011年の東日本大震災、2020年の
コ〇ナパンデミックなど、大災厄の発生年を基準にまとめてみた

要するに「君の名は」も、メディア業界における大テーマに沿った作品であり、そこにはまた、人を感動させる以外の別の目的も仕込まれているのだと考えるべきなのです。

■日本神話との関連性

アニメ作品に見られる日本神話との関連性については、これまで、スタジオジブリ作品の「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」についてその神話的・古代史的分析を試みてきました。今回の「君の名は」についても、主人公の三葉の家が代々水宮(みずみや)神社を守る巫女の家系であるという設定が、何やらその関連性を臭わせています。

作品の中では三葉が巫女として鈴を鳴らしながら神楽を舞ったり、口噛み酒を造るシーンが登場します。余談ですが、そもそも「醸す」とは「噛む」から来ている言葉で、「かむ」はそのまま「神(かむ)」に通じ、本来は神聖な行為であることを意味してます。それについて一葉おばあちゃんが語るシーンもあり、このようなディテールの細やかさはこの作品の大きな特徴でもあります。

さて、読者の皆様におかれましては、分析を進める前に、まず次の点について考えてみてください。

ジブリ映画「もののけ姫」の構造分析では、その主人公であるアシタカとサンがそれぞれ日本古代史(あるいは日本神話)における「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)」および「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」をモデルにキャラクタ設定されていると結論を得ました。詳しくは過去記事をご覧になってください。

そこで同じように「君の名は」が日本古代史をモデルにしていると仮定した時、

 ・三葉のモデルは誰なのか?
 ・瀧のモデルは誰なのか?

これを考えてみて欲しいのです。

三葉(みづは)という名前の響きから、日本書紀では罔象女神(みつはのめのかみ)、古事記では弥都波能売神(みづはのめのかみ)と表記される女性神が連想されますが、この神様、両書の記述に共通しているのが、伊邪那美命(いざなみのみこと)の尿(ゆまり:おしっこ)から和久産巣日神(わくむすびのかみ、男神)と共に誕生したと記述されいる点です。

「むすび」とは、上述の一葉おばあちゃんのセリフにも出てきており、この語呂による関連性の推測が全く的外れということも無さそうです。

他に似たような名前も見つからないし、だったら、三葉のモデルが罔象女神で、瀧のモデルが和久産巣日であるとしても良さそうなのですが、それだと、一葉、二葉、四葉など近親者との関係性がうまく説明できませんし、わざわざ二人の主人公の超時空的なめぐり逢いを強調する意味も見出せません。どうやらこれについてはもうひと捻りする必要がありそうです。

■ティアマト神とは何か

この映画の冒頭は天空を流れる美しく輝いて流れるティアマト彗星のシーンで始まります。もしもこの映画に神話的モデルがあるならば、当然ですが最初のこのシーンに何か大きな意味が込められていると考えられます。

画像5:冒頭で表現されるティアマト彗星

ティアマトとはメソポタミア神話に登場する女神で、多くの神々を誕生させた原初の神、海の女神とされるも、その存在については抽象的に描かれていることが多く、容姿などについては蛇神、ドラゴン、など異形の神とも考えられていたようです。

バビロニアの創世神話『エヌマ・エリシュ』のあらすじについて、Wikiの解説は次のように記述しています。

ティアマトはアプスーを夫として多くの神々を誕生させたが、新しい世代の神々の騒々しさに耐えられず、ついに神々の殺害を企てる。

 (中略)

ティアマトは一人でマルドゥクに挑み彼を飲み込もうと襲い掛かったが、飲み込もうと口を開けた瞬間にマルドゥクが送り込んだ暴風によって口を閉じられなくなり、その隙を突いたマルドゥクはティアマトの心臓を弓で射抜いて倒した。

ティアマトを破ったマルドゥクは「天命の書版」をキングーから奪い、キングーの血を神々の労働を肩代わりさせるための「人間創造」に当て、ティアマトの死体は「天地創造」の材料として使うべくその亡骸を解体。二つに引き裂かれてそれぞれが天と地に、乳房は山に(そのそばに泉が作られ)、その眼からはチグリス川とユーフラテス川の二大河川が生じたとされる。こうして母なる神ティアマトは、世界の基となった。

引用元:Wikipedia

この世に多くの神々を生み出したティアマトは、メソポタミア神話の英雄であるマルドゥクとの闘いに敗れはしたものの、その死骸から世界の原型が生まれたとされています。

多くの神々の生みの親となり、死んでなおその身体から天地が創造された海の女神!?大雑把ですが、これと似たような話、何だかどこかで聞いたことがないでしょうか?

天地創造とはまさに「国生み」であり、死とは「黄泉の国」へと去ること、そしてその肉体や排泄物から多くの神々を生み出したとは、前述の罔象女神で述べたように、記紀の神代に記された伊邪那美命の描写に極めて類似しているのです。

ここで、物語に登場する幾つかのキーワードは次の様に繋がってくるとは考えられないでしょうか?

 ティアマト彗星 → ティアマト神 → 伊邪那美命
 水宮 → 水の神 → ティアマト神 → 伊邪那美命
 三葉(みづは) → 罔象女神(みづはのめ)の親 → 伊邪那美命

そしてまた、物語冒頭にティアマト彗星が登場するということは、

 全ては伊邪那美命から始まる

の意であり、古代史における伊邪那美命からの繋がりを辿ることで、三葉のモデルがいったい誰なのか、それを特定するための道筋が見えてくるのです。


* * *

このテーマは2回に分けて記述したいと思います。読者様へは

 三葉と瀧の歴史上のモデルは誰か?

という質問を投げかけておりますが、私が予想している答が必ずしも正解とは限りませんので、どうぞ皆様も一緒に考えて欲しいのです。

その際は、どうして「身体と心の入れ替わり」という表現が使われたのか、また、どうして二人が互いを「君(きみ)」と呼ぶのか、その辺も併せて考えてみてください。

これらを齟齬なく網羅できる解答こそが、おそらく正解なのだと思います。そして最も肝心なのが、どうして日本古代史を執拗にそのモチーフに使おうとするのか、それも時間の循環と重ねて、その辺の制作者側の真意なのです。


時越えて打ち寄す波の海原に何をか結ばん三島姫神
管理人 日月土