前回の記事「豚と女王と木花開耶姫」ではスタジオジブリのアニメ映画「紅の豚」を題材に取り上げ、そこに登場する少女キャラクターの「フィオ」が、どうやら日本神話に記載されている「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)をモデルにしているだろうという結論を導きました。
前回は他の登場人物については歴史モデルの分析を行っておりませんでしたが、残りの主要キャラ二人(マルコとジーナ)についてもその歴史モデルを確定させ、また、その意味について考察したいと思います。なお、この分析は前回2月1日配信のメルマガ71号の記事解説と重複する部分がありますので、メルマガの購読者様は予めご了承ください。
■木花開耶姫とその父母
マルコとジーナ、そしてフィオの3人の関係については、映画の設定上は血縁関係はありません。しかし、そのなんとも近しい関係が、「マルコとジーナ」の夫婦関係、そして「フィオ」が2人の間に生まれた娘をそれとなく匂わしているのは、物語の展開からそれほど異論がない解釈かと思います。
この設定、敢えて血縁関係にしなかった別の意図も見え隠れするのですが、ここでは血縁関係と捉えて考察を進めて行きます。
さて、まずはフィオのモデルとなった木花開耶姫なのですが、日本書紀や古事記、また秀真伝におけるその親子関係は次のようになります。
これをそのまま取れば、マルコのモデルは大山祇神なのかとなりそうなのですが、この母不詳というのが曲者で、何故に10代アマカミ(上代における天皇)瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の皇后ともなった方の、その母の素姓が記されていないのか、それ自体が大きな謎だとも言えます。
高貴な方なのに母の名が不詳である、これは何も木花開耶姫に限らず、瀬織津姫(せおりつひめ:アマテルカミ皇后)、栲幡千千姫命(たくはたちぢひめ:オシホミミ皇后)など他の上代皇后についても言える話なのです。
古い話だから情報が欠けいても仕方がないと思われそうですが、果たしてそれだけで済まされる問題なのでしょうか?
2年前の令和3年、アニメ映画「もののけ姫」を分析し、登場人物の少女「サン」が木花開耶姫をモデルとしていると結論を出しましたが、その時にこの父母問題を取り上げ、推敲を続けた結果、アニメで表現されている次の登場人物(動物)との関係性から、
サン(少女) - モロ(犬神:父兼母)
これが
木花開耶姫 - 味耜高彦根(あぢすきたかひこね)
の関係に対応することに気付きました。詳しくは次の動画を改めてご確認いただきたいと思います。
秀真伝には味耜高彦根の妻はシタテルヒメ(下照姫)またはオクラという名であると記されていますが、下照姫はアマテルカミの妹としても登場しているので、ここでまた、貴人と同名の姫が別家系に、それも比較的近い世代に再び現れると言う不自然さを覚えたのです。ですから私は、この時の分析では二人の下照姫を同一人物とみなしました。
これらの考察から、大山祇神は木花開耶姫の実の親ではなく養父であり、実際の父母は次のような関係であっただろうと結論付けたのです。
但し、この解釈に全く問題が無い訳ではありません。味耜高彦根と下照姫は世代的に2代違うので、年齢的に孫と祖母位歳が離れていたと考えられます。いくら若年婚が普通だった昔とは言え、30~40年年長の女性を妻に迎え木花開耶姫を含む複数の子を残せるのかという疑問は残ります。
ここで解決のヒントを与えてくれたのが「少女神」という女系家系の概念なのです。既にお伝えしているように、下照姫は伊弉冉尊(いざなみのみこと)の血を継ぐ少女神であり、味耜高彦根が娶った下照姫とは、かの下照姫の血を継いだ少女神、つまり、世襲を表す意味で「下照姫」が使われたと考えれば筋が通ります。よってここでは、後継の下照姫のことを、秀真伝に従って「オクラ」と表記します。
この概念は非常に重要であり、前述したように上代皇后の母の名がどうして史書からきれいに消されているのか、その理由を考える上で大きな意味を持ちます。端的に言ってしまえば
女系継承から男系継承へと史書の書き換えが行われた
と考えられるのです。これは史書を解釈する上での大きな方法論の転換を示唆しているのですが、ここではこれ以上触れないことにします。
以上の考察を以って、木花開耶姫の実の両親は次の様であっただろうとの推理が成り立つのです。
以上で主要登場人物の関係性は示せたのですが、問題なのはここに現れた味耜高彦根とオクラをどう解釈したら良いのか、あるいはモデルに使う意味とは何なのか、つまりは映画製作者の真意なのです。
■味耜高彦根の再考察
この問題を解決するために、まずは味耜高彦根の属性について整理してみます。まずは史書に記述されている描写、次にジブリ作品における描写について、その主要ポイントを書き出してみましょう。なお、これにはこれまでの分析結果を採用するものとします。
A-(1)父は初代大物主の大国主、母はタケコヒメ(※秀真伝から)
A-(2)妻の名は下照姫 (※下照姫後継のオクラのことを指す)
A-(3)天稚彦(あめわかひこ)と見た目が良く似ている
A-(4)妻から和歌を献上され御統(みすまる)と讃えられる
A-(5)「もののけ姫」の作中で犬神の「モロ」と表現される
A-(6)「紅の豚」の作中で呪われた豚の「マルコ」と表現される
さて、上記A-(3)に天稚彦が出てきたので、次にこの登場人物についてその主要属性を書き出してみます。
B-(1)父は天国魂アマクニタマ(※秀真伝から)
B-(2)葦原中国の平定に赴いたが帰還しなかった
B-(3)返し矢に当たり死ぬ
B-(4)「もののけ姫」の作中で「アシタカ」と表現される
B-(3)とB-(4)は深く関係しており、本来「アシタカ」は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)をモデルにしているのですが、作中に矢で打たれ一度絶命するシーンがあることから、同時に天稚彦をも表現していると結論が出ています。
そして、秀真伝には瓊瓊杵尊とホノアカリが兄弟で、二人でそれぞれ王朝を開く、2王朝並立時代があったとの記述があります。
瓊瓊杵尊とは天孫降臨にも登場する現皇統へと続く御正統ですから、間違っても他の家系と同一表現するとは考えにくく、史書において極めてマイナーな存在である天稚彦とは、瓊瓊杵尊とは同列の存在、すなわち「ホノアカリ」を指すとしか考えられないのです。よって、
天若彦=ホノアカリ -[1]
という結論を既に分析によって得ています。
ここで、気になるのがA-(3)なのです。この「見た目が似ている」と表現から、私はそれを「両者共に正当な後継者(大物主出雲皇統とアマカミ天孫皇統)なのにも拘わらず、記紀からその史実を削除された気の毒な存在」と、境遇が似ているという観点で捉えていましたが、実はそっくりそのまま次の関係でも矛盾しないことに後から気付きました。
味耜高彦根=天若彦 -[2]
何故ならば、[1]、[2]から
味耜高彦根=ホノアカリ -[3]
が導かれるのですが、これがA-(4)の「御統」(みすまる)、すなわち歴代皇統という意味に実にぴったりと収まるのです。
A-(1)から味耜高彦根は大国主の出雲皇統と考えていましたが、そもそもホノアカリはアマカミ皇統から排除された存在ですから、後の史書編者が出雲皇統に付け替えたとしてもおかしくありません。そして、それを補強する暗号的記述がB-(2)であるとも考えられるのです。
何より、出雲皇統を強引に兄弟の事代主(ことしろぬし)に奪われたのならば、出雲皇統内での争いに関する記述がどこかにあってもよさそうなのに、今のところはそれは見つかっていません。
よって私は次の様に結論を出しました。
味耜高彦根とは記紀から抹殺された上代天皇ホノアカリである
つまり、ジブリ映画キャラクターの「モロ」及び「マルコ」はホノアカリを指していることになります。当然ながら「ジーナ」はその妻オクラ(下照姫後継)を指すことになります。
■猿から豚へ、豚から猿へ
前回の記事では「豚」の解釈について幾つか試みてみましたが、その中で同じジブリ映画の「千と千尋の神隠し」に出て来る豚についても簡単に触れています。
その中で「紅」と「豚」の組み合わせが千葉県銚子市・旭市周辺を指す、すなわち特定の土地を表す記号の意味があるのだろうと指摘しています。
詳しくは過去記事「千と千尋の隠された神(2)」をご覧になって頂きたいのですが、同記事の最後に
油屋のモデルは猿田神社(千葉県銚子市)
とあるのにご注意ください。
「千と千尋の神隠し」は間違いなく、日本神話の神「猿田彦」(さるたひこ)を意識しているのです。それは、登場人物の「ハク」が「白」と書き換え可能で、この字は更に
白 = 百 マイナス 一 = 九十九
となり、九十九とは銚子を北端に始まる九十九里浜を指すと考えられるのです。
また「白」は「白鬚」(しらひげ)すなわち「猿田彦」を表す符丁とも考えられます。
千葉県東総地区が猿田彦所縁の土地であることは過去記事「天孫降臨とミヲの猿田彦」、「椿海とミヲの猿田彦」にありますので、ぜひそちらにも目を通してみてください。
この猿田彦なる存在は天孫降臨時の道案内の神として有名ですが、謎が多く、秀真伝の研究者である池田満氏は
出自は不明だが、かなり高貴な家柄の出であろう
と述べており、私が師事を乞うている歴史研究家のG氏は、猿田彦と出雲の関係について
猿田彦の足跡は、出雲族の分布と被っている。おそらく、製鉄や土木など出雲社会を指導したのが猿田彦とその一族であろう。
と語っています。
猿田彦を祭神として祀る神社は全国に見られ、主祭神でなくとも神社の鳥居の傍に猿田彦神社と書かれた石碑や小さな祠を見ることは珍しくありません。これだけポピュラー神様なのに、他の神々との関係性がまるで希薄なのは、いったいどういう事なのでしょう?
そもそも、人(あるいは神)に向かって「猿」などと獣の名で呼ぶことは不遜の極みです。ですから私は
猿田彦は呪われた神
と解釈していますし、その妻とされている猿女君(さるめのきみ)あるいは天鈿女命(あめのうずめのみこと)も同じように卑しめられた存在と見ています。
さて、以上の説明をご覧になって私が何を言いたいのかお分かりになったでしょうか?まとめてみると、猿田彦は
・高貴な人物と考えられるが出自は不明
・出雲族と関係が深い
・史書では卑しめられた存在
となります。
これらはまるで、前節で取り上げた「ホノアカリ」の境遇とそっくりではないでしょうか?そして何より、史書が獣(猿)の名前を冠したところなど、ジブリ映画の中で、獣(豚)の姿(※)で表現されたホノアカリと見事に共通性が見られるのです。
※「もののけ姫」では犬
以上はかなり荒っぽい論理展開ではありますが、ここで私はこの考察に一つの結論を出したいと思います。
猿田彦とは上代天皇ホノアカリのことである
そして必然的に、猿女君とはその少女神皇后であるオクラ(下照姫後継)という結論に到るのです。
例え2000年前の出来事であっても、この国の史実に絶対残してははならない存在、それがもう一つの王朝の始祖ホノアカリでありその妻オクラである。そして、失われた王朝への呪いが現代のアニメ作品に到るまで色濃く反映されている・・・
もしもそれが事実なら、日本とはなんと執念深くも恐ろしい国なのだと思わずにいられません。
秋深く赤城の山に踏み入れば清き流れの大猿の滝
管理人 日月土