ヒルコ姫とワカヒルメ

前回の「ヒルコ姫と西宮」では次の点について触れました。

 ・記紀における蛭子(ひるこ)は秀真伝ではヒルコ姫とされている

その秀真伝の記述では、ヒルコ姫は次のように書かれています。

 ・イザナギ/イザナミの子、天照(男性)の姉
 ・ヒルコ姫はヒロタ(現西宮市の廣田神社か?)に預けられた
 ・ヒルコ姫の別名はワカヒメ、またはシタテルヒメ(下照姫)

西宮神社の主祭神が蛭子大神(えびすおおかみ)であり、読み方は違うものの、同じ「蛭子」の字を当てている点から、秀真伝の記述も単なる異伝として簡単に無視できないと感じます。

秀真伝では、天照大神は男性王アマテラスですし、ヒルコ姫も葦船に乗せられて流された訳でもありません。

むしろ、記紀においてまるで忌み嫌われるかのような扱いを受けている「ヒルコ姫」に、日本古代史における何か特別な意味があるのを感じてならないのです。

■ワカヒメとワカヒルメ

記紀においては、同じ人物を別名を用いてまるで別人のように記述する例を何度も見てきました。例えば、豊玉姫(とよたまひめ)を栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)や宗像三女神の一人である湍津姫(たぎつひめ)などと言い換えている例です。

こうすることで、どうやら私がF時代と呼んでいるイザナギ/イザナギ及び天照と同時代の人物たちを、意図的に世代が遠く離れた人物のように描いているようなのです。

そう考えると、葦船に乗って流されたとされる蛭子(ひるこ)も、記紀の中で別の名前で登場している可能性が考えられます。

日本書紀の神代をざっと眺めてみて、私がおそらく別名による置き換えに該当するだろうと思ったのは次の部分です。

 時に素戔嗚尊、春に重播種子(しきまき)し、秋は天斑
 駒(あめのぶちこま)を放ちて、田(みた)の中に伏す。
 復(また)天照大神の新嘗(にいなへきこ)しめす時を見
 て、則(すなわ)ち陰(ひそか)に新宮(にひなへのみや)
 に糞放(くそま)る。又天照大神の方(みざかり)に神衣
 (かむみそ)を織りつつ、斎服殿(いみはたどの)に居(ま)
 しますを見て、則ち天斑駒を剥(さかはぎには)ぎて、
 殿(おほとの)の甍(いらか)を穿(うが)ちて投げ納(い)
 る。是(こ)の時に、天照大神、驚動(おどろ)きたまひ
 て、梭(かび)を以て身を傷ましむ。此に由りて、発慍
 (いか)りまして、乃(すなは)ち天石窟(あめのいはや)
 に入りまして、磐戸(いはと)を閉(さ)して幽(こも)り
 居(ま)しぬ。

岩波文庫 日本書紀(一) 神代上

これは素戔嗚(すさのお)が高天原に登って大暴れしたシーンですが、機織り場の天井に穴を空け、そこから皮を剥いだ馬を投げ入れたというのですから、これに天照(女神)は立腹して岩戸の中に閉じこもり、太陽は隠れ世界はしばらく闇に包まれたという、日本神話の中でもよく知られた重要な場面です。

以上はあくまでも書紀本文からの抜粋であり、問題なのはそれに続く次の一書(あるふみ)の一説なのです。

 一書に日はく、是の後に、稚日女尊(わかひるめのみこ
 と)、斎服殿(いたはたどの)に坐(ま)しまして、神之御
 服(かむみそ)織りたまふ。素戔嗚尊見(みそなは)して、
 則ち斑駒(ぶちこま)を逆剥(さかはぎには)ぎて、殿(み
 あらか)の内に投げ入る。稚日女尊、乃ち驚きたまひて、
 機(はたもの)より堕ちて、持たる梭(かび)を以て体(み)
 を傷(やぶ)らしめて、神退(かむさ)りましぬ。故(かれ)、
 天照大神、素戔嗚尊に謂(かた)りて日はく、「汝(いま
 し)猶黒(なほきたな)き心有り。汝と相見じ」とのたま
 ひて、乃ち天石窟(あまのいはや)に入りまして、磐戸を
 閉著(さ)しつ。

岩波文庫 日本書紀(一) 神代上

ここでは、本文とは多少異なり稚日女(わかひるめ)という女性が被害に会い、この素戔嗚の暴挙によって結果的に命を失うことになります。

この稚日女なる女性、この一書において藪から棒に登場するのですが、岩波文庫の解説ではこの女性について

 ここの稚日女尊は天照大神のようでもあり、そうでないよ
 うにも見える

とあるのです。

結局、この短い記述からだけでは判断が付かないとしており、この女性が死亡したことで天照大神が怒ったとあるので、天照大神その人を指すという解釈は当たらないと私は思います。

ここで少し文字をいじってみると

 ワカヒルメ→ ワカヒメ + ル

となるのですが、ワカヒメとはヒルコ姫の別名であるのは既にお伝えした通りです。文字の重複部から考えると、ワカヒルメとはワカヒメ、すなわちヒルコ姫を指している可能性が高いと私は考えます。

そして、「ル」の字なのですが、記紀における有名人の「ヤマトタケル」は、古い記述では「ヤマトタケ」であると、秀真伝の研究者である池田満氏は指摘しているのですが、どうやらそれほど古くない時期に、記紀では意図的に人名に「ル」の字を付け加えているようなのです。

私はこれを言霊(ことだま)を用いた一種の「呪い」の手法ではないかと見ているのですが、それはヤマトタケ「ル」は神に抗い病身となり死亡、そしてワカヒ「ル」メは上述の通り死亡と、その生い立ちにも暗い影が見られるのです。

画像1:神戸市の生田神社
主祭神は稚日女尊。蛭子大神を祀る西宮神社は隣接する西宮市内にある

■ヒルコ姫とヒ姫

前回の記事では、秀真伝、正確にはミカサフミの原文から次のようなカナ音訳を抜粋し引用しました。

  ネコエナル ノチニヒヒメオ
  ウムトキニ ヒルナレヴナモ
  ヒルコヒメ トシオコユレワ
 
  子声鳴る  後裔のヒ姫を
  産む時に  昼なればなも
  ヒルコ姫  (その)年を超えれば

池田さんは「昼に生まれたからヒルコ姫と名付けられた」と解釈されていますが、「なも」は推量を表す言い回しなので、正確には「昼に生まれたからなのか?」と読むべきで、それはすなわち、この文の記述者もどうして「ヒルコ」と名付けられたのかよく分かっていないことを表しています。

実はここには「ヒ姫」との呼称が既に使われており、これは「一姫(最初の姫)」とも読めますし、「(火/日/陽)姫」と読めなくもありません。これに呪い文字と思われる「ル」を付加すると

 ヒ姫 → ヒル姫 → ヒルコ姫

となり、秀真伝の編纂時にはヒルコ姫の史書における扱いが決定していたとも取れるのです。そうなるとわざわざ文中に「なも」を挟んだのは、歴史の真実に気付いて欲しいという同文編纂者による精一杯の暗号文だという可能性もあるのです。

* * *

今回はここまでとしますが、(真)ブログ「猫山田根子 – 今更の鹿の子アニメ」で提示した問の答えがお分かりになったでしょうか?


鹿ぬんぬん猫にゃあにゃあ狸は月夜にぽんぽこりん
管理人 日月土


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