異形の人々考

この2か月、世間は新型コロナウィルスで大騒ぎです。報道などではこの騒ぎの負の面を強調しがちですが、国の危機と言うなら、改めてこの国=日本(にほん)とはどんな国なのか、そして、どのように成立したのかを考え、知見を深めることが重要ではないかと思います。

今回はまず、海外記事のご紹介から始めます。こちらのサイト、宇宙人だとか、超常現象を扱う、いわゆるオカルト系に分類されるちょっと注意が必要なサイトではありますが、こと超古代系に関しては歴史考察上見るべきものがあります。

まずは記事(和訳:日月土)をご覧ください。

スミソニアン協会、ついに巨人の骨やその他の証拠を隠滅した事実を告白するのか
2020-03-25

合衆国最高裁判所はスミソニアン協会に1900年代初頭からの機密文書を開示するよう命令した。どうやら同協会が主要な隠ぺい工作に関わっていたらしい。

同文書は米国全土で発見された巨人の遺跡について書かれたものだ。


複数の新聞が、人類進化の定説を守るため、これらの発見を遺棄するよう命令されたことを伝えている。

これらの真実はスミソニアンの内部告発者グループによって確認され、彼らは文書の遺棄により、身長3.6mにも届く数千もの人骨の存在を示す証拠が永遠に失われることになると表明している。


13メートル(*)もの長さの人間の大腿骨が巨人が存在した証拠として示されたとき、それは起きた。 その証拠は1930年代にスミソニアン協会員によって盗まれ、それからずっと彼の元で生涯の間保管されていたのだ。


その時点に遡り、合衆国最高裁判所はスミソニアン協会に対し、自国の文化と歴史にとって重要と考えられる証拠類の破棄、それに関するあらゆる機密文書を開示するよう命じた。


*訳者註:写真から13メートルは1.3メートルの誤りと思われます。一般的な米国人はメートル法の尺度感覚があまり強くありませんので

引用元:KNOWLEDGE TIME Smithsonian Finally Confess The Destruction of Giant Skeletons and Other Evidence

本件に関して、いつどのような判決が出たのかについては特に裏を取ってはいません。今回の引用で注目すべきは、米国では昔から、巨人の骨が見つかっては隠され続けているとの噂が絶えないことです。

これは米国大陸だけの話かと思ったら、実は日本でも東日本大震災の時に土砂崩れで巨人骨が露出したのでは、と話題になったことがありました。

画像1:動画「【巨人】日本で発見されたとされる巨人の画像」より

私は、日本航空123便事件の真相を追い続けて、つくづくこの国は、またこの世界は隠し事が多いなと、もはや驚きを通り越して呆れ果てています。この巨人種の話題もその中の一つであります。

なんで巨人種のことを隠すのか、その理由を考えた時、巨人種の存在を認めると次のような問題が生じてしまうことが分かります。

 (1)人類進化の問題
 (2)古代の地球環境の問題
 (3)歴史解釈の問題

■人類は本当に猿から進化したのか?

(1)の問題は、まさしくダーウィンが提唱した種の起源の根幹に関わる問題です。この進化理論の中で、巨人種の存在を認めてしまうと、巨人種の派生元もさることながら、我々人類の進化系統について大いに議論となることは間違いないでしょう。

このブログは「日本の成立史を考察する」ことがテーマですが、人類進化の問題に触ると、これはまさに「人類成立史」という根本的課題に発展することとなります。こちらも私たちにとっておろそかにできない重要事項ではありますが、ひとまずこれは置いておきます。

■古代の重力は今より軽かった?

(2)はさらに重要な課題を私たちに投げかけることになります。画像1を見る限り、頭部だけで少なく見ても1.5メートルはあるでしょう。全身を6頭身位と見積もれば、身長は9 メートルということになります。

全高だけで現人類の5倍強ですから、体内組成を現人類と同じと考えれば、体重は5の3乗倍、125倍となります。

身長180㎝の現人類の平均的体重が70キログラムとすれば、なんと、この巨人さんの体重は8,750キログラム、9トン近くも体重があることになります。

足裏の面積は5の2乗倍しか増えませんから、足裏の単位面積当たりに掛かる体重は5倍になります。これは私たちが自分の体重の4倍の重量のダンベルを担いだ状況を想像するとよいでしょう。それを持ち上げられますか?そもそも組成自体が現人類と同じなら、これだけの重量を脚が支えきれるのか、支えられたとしても満足に歩行できるのかという問題が生じます。

このような物理学的見地に立つと、この大きさの巨人種が存在することはまず否定されるのですが、それでもこれだけの大きさの骨が実際に出てきたとなると、客観的に考えて次のような仮説を想定しなければならなくなります。

 古代地球の重力環境は現在と異なる

これはたいへんなことです。だって、私たちは古代世界を推し量る時、すべからく世界の物理的環境は現在と同じであると想定しているからです。ここが崩れると、人類の進化論どころではなく、地球史観そのものに大きな変更を求められることになるからです。

■巨人は比較的最近まで存在したのでは?

巨人が存在していたとしても、記録に残らない遥か遠い昔の話だったら、まだ頭の中で整理が付きます。しかし、画像1はまた別の事実を突き付けるから問題なのです。

一般に、日本の酸性土壌では腐食の進みが早く、人骨は2000年も経つと原型を留めるのが難しいと言われています。ところが、画像1に写る人骨はその表面の質感まできれいに原型を留めています。

この状態を見ると、この骨はどんなに古くても数百年程度しか経っていないと考えられ、それはだいたい鎌倉時代(1200年代)から戦国時代(1500年代)の間であろうと、ざっくりと見積もれるのです。いわゆる中世の時代です。

私たちが学校教育で学ぶ歴史にはもちろん巨人種がいたなどと書いてはいません。しかし、その時代くらいまで巨人種がいたとなると(1)、(2)の問題も含め、私が扱おうとしている古代(1700年くらい前)、そして超古代(それ以前の神話時代)の時代にも巨人種が存在していたことを想定しなければ、真の日本成立史を考えることにならなくなります。

つまり、巨人種が存在することによって生じる(3)の問題は、このブログにとっても無視できない問題なのです。

画像2:エクアドルの博物館で展示されている身長7mの巨人の骨
20+ Foot Tall Ancient Giant Skeletons On Exhibit for World to See ECUADOR GIANTS. | 2017 より

■歴史における異形種問題

巨人と言えば、民話などに現れる「だいだらぼっち」が有名です。その足跡が湖となったとか、運んだ土塊が山になったとかいう伝説は全国に数多く残っています。

果たしてそれが、昔の人々の際限無き空想であったと決めつけるのは、もしかしたら歴史解釈上の大きな見落としなのではないでしょうか?すぐに現実と受け入れられない話を即座に空想の産物と見なすのは、現代社会しか知らず教科書的な歴史的事実しか知らされていない、それこそ私たちの勝手な空想なのかもしれません。

上述した(1)~(3)までの諸問題が考えられるように、巨人種の存在を認めることは、現代科学、歴史学の解釈を根底からひっくり返す可能性があるのです。だからこそ、米国スミソニアン協会は、その事実が表に出ないよう、必死に隠そうとしているのではないでしょうか?

本ブログ記事「ダリフラのプリンセスプリンセス」では、歴史上の人物である神武天皇、そしてその双子の皇后であるタタラヒメ、イスズヒメ(ヒミコ)に実際に角(つの)があったのではないかと予想しています。そして、その事実を隠すため、また印象を歪めるために、鬼退治や豆撒きなどの鬼の存在を悪と見なす、あるいは否定する風習が作られたのではないかというのが、私の考えです。そして、米国スミソニアン協会の日本版こそが現代の日本仏教界であり、神社本庁なのではないかと思われるのです。

現代人と見た目が異なる異形種の存在、それを否定しようとする考え方は「鬼」だけでなく「巨人」にも当てはまり、本当の古代の姿を私たちから遠ざけるために後から広められたものではないか?ならば、この問題を掘り下げることこそ日本成立史を知る大きな鍵となるかもしれません。

 * * *

明日発行のメルマガでは、本記事の解説の他に、時事の中心話題となっている新型コロナウィルスについて、その学術記号となっている「COVID-19」に込められた暗号の意味、及びその古代史的解釈について解説したいと思います。


誠の神力を現す世と成れる
管理人 日月土

言葉は呪術-古代史探求のセオリー

日本書紀・古事記(記紀)が、実在する神武天皇以前の歴史を神話と言うファンタジーに付け替えてしまったのだろうという話は何度かここで出しています。また(新)ブログでは、記紀に書かれた神武東征伝は作り話(デタラメ)であり、そこに書かれている皇位継承の記録も正しいとは言えない、つまり古代期においてすでに万世一系という神話(のようなもの)も崩れているだろうと指摘しています。

今後、この辺の話を詳細に進めようと考えている訳ですが、古代史の話を記述するにあたり、まず使用する用語を明確にするべきだと思い、用語について大まかに約束を決めておきたいと思います。

現在の歴史学だと平安以前は古代に一括りにされてしまうようなので、神武以前と、記紀が扱う範囲、それ以降の古代を明確に区別するために次のように分類しました。

 (1)神武天皇より前の時代: 上代
 (2)初代神武天皇から15代応神天皇まで: 上古代
 (3)16代仁徳天皇から25代武烈天皇まで: 中古代
 (4)26代継体天皇から41代持統天皇まで: 下古代
 (5)42代文武天皇以降: 記紀後古代

神武以前が神話でなく実在の歴史であることを強調するため「神」という字は敢えて外すようにしました。なお、飛鳥時代という時代区分は「奈良の飛鳥に王朝があった」という決め付けに繋がるので、ここでは採用しません。それより一つ前の古墳時代も、いわゆる墳墓(マウンド)が作られ始めたのはそれよりもかなり前からなので、あまり積極的に使いたくない呼び名です。

そうすると、歴代天皇の代で機械的に分類するのが今のところは適当なようです。もちろん、歴史の連続性を考えたらこんなに単純に区分できるはずもなく、これはあくまでも表現上の便宜的なものだと思ってください。

なお、私は古代史で従来使われている縄文時代・弥生時代という分類はしません。縄文・弥生はあくまでもその生活様式の違いを表しているだけで、本当にそれが時間的変遷を表しているとは言い切れないからです。

最新の研究によると、縄文様式も弥生様式も同時期に点在して存在していた痕跡が年代測定などから認められており、どうも縄文時代や弥生時代という時代の区分けは正しくないことが分かってきています。要するに

 大陸から渡ってきた弥生式文化に西方から席巻された縄文文化

という概念はもはや通用しなくなりつつあるのです。この概念は、文明とは

 大陸から一方的に日本列島へ渡ってくるという先入観

や確証の無い思い込みを生み出してしまいます。私は日本の史書を疑わしく思うのと等しく、中国の史書や朝鮮半島の史書もかなり疑わしいと見ています。そもそも当時の記録家が史実を偏見無く正確に記述できたと考えること自体が誤っているのです。

これに加え、現代に残された史書とは何度も写本を繰り返されているのが当たり前であり、オリジナルが正確に転写された保証もなければ、その過程で悪意のある改ざんが行われたことを確かめる術もありません。

ですから、中国史書に裏付けられた日本の上代・古代の年代特定は十分に気を付けなければならないのです。例えば、多くの歴史解説書はヤマタイコクのヒメカ(ヒミコ)は248年に死去と何の疑いもなく書いていますが、実はその数字こそがすこぶる怪しいのです。

そんなことを言いだしたら、どうやって歴史検証すればいいのだ?確かに悩ましい問題ではあります。

遺跡だって必ずしも当てにならない

古代史を検証する上で、確実性の高い手法の一つが遺跡や出土品による時代背景の推定です。おそらくこれ以上に正確な証拠は他にはないでしょう。しかしです。知人である発掘研究者のC氏によると

“埼玉県の稲荷山古墳の出土品なのですが、そこから出た鉄剣に刻まれた銘文が問題なんです。実はそれが日本書紀の記述が示す内容そのままなんです。発掘の世界の常識では、史書とピッタリ合う例と言うのはほとんどなく、かえってその正確性が疑わしい。ぶっちゃけ、わざわざ証拠になるようそこに残されたのではないかとすら考えられるのです”

1000年以上前に書かれた記紀がわざと偽史を正史と装うなら、その頃から記述に合わせた偽装工作が古墳などの遺跡類に対して行われていたと考えても、確かに矛盾はありません。

引用元:東京大学総合研究博物館 記載の世界

全部が全部そうだと言えませんが、遺跡・出土品類などの物的証拠についても過信は禁物だということがこの話から分かります。そして、ますますどうしたらよいか悩ましくなります。

敢えて偽書として読む

ここまで書くと、「これじゃあ歴史的真実なんか調べようがないじゃないか!」と諦めに近い思いが込み上げてくるのですが、唯一取れる手法とは、前回の記事「ダリフラのプリンセスプリンセス」でも採用した、記紀などの史書を敢えて偽書、あるいは暗号の書として読むという方法です。

どういうことかと言うと、本当に正しい歴史を伝えたくなかったら、史書そのものを全く残さなければいい。それでも、偽書が現代まで残されているということは、後世代の歴史認識をどこかに誘導させる為なのでしょうが、誘導するというなら正史をだれかが把握してなければその目的自体が達成され得ません。

要するに、世の中の全員が偽史しか知らない状態になってしまうということは、偽史を創作する意味そのものが失われてしまうのです。だから必ず正史はどこかに残されている。もしかしたら、まだ世に出てない確度の高い史書があるのかもしれませんが、どうせ偽史を編纂するなら、その中に暗号として事実を落とし込む方が二度手間になりません。

私はここで、日本書紀と古事記という似たような二つの史書が同時期に編纂されたことに注目します。両者似たようなことを書いていますが、造化三神の名前が違っていたり、万葉仮名の表記が違ったり、出雲の説話など片方にしか存在しない項目もあります。同時期に書かれたものにこれだけの違いがある、おそらく、この違いのなかに巧妙に隠喩が組み込まれているのではないか、そう考えるのです。

よって私は、「日本書紀はデタラメだ!古事記はデタラメだ!」と言いながらも、実はこれらの史書を頼りにして、斜に構えながら古代正史を読み解くという手法を取るのです。

そして、この二書を補強するのが次のニつの史書です。世間ではどちらも偽書扱いですが、記紀だってそれは同じなので、私は同等に扱います。

 ・先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)
 ・秀真伝(ほつまつたえ)

そして、私には他の研究家にはない強みがあると思っています。それは日本の呪術思想について多少は理解があることです。なんといっても、古代日本人にとって

 言葉とは呪術の一部

なのですから。歴史は言葉によって綴られます。ですから、そこ(呪術思想)から読み解ける解釈も必ずあるはずなのです。

 * * *

今回は前置きだけの文になって申し訳ありません。しかし、これが私の考え方なので、この点を予めご理解いただくと今後の齟齬が少なくて済むのではないかと思います。

上記分類中の上古代は特に重要で、現在のコロナウィルス渦も含め、現代日本が抱える重要諸問題は、実はこの時代に原因があるものが少なくないのです。次回メルマガ2号ではその点にも少し言及したいと思います。


誠の神力を現す世と成れる
管理人 日月土