瀬織津姫 - 名前の消された少女神

前回、前々回とアニメ映画「君の名は」を題材に、日本の古代王権がどのように継承されていたのか、「少女神による女系継承」という仮説に基づいて考察してみました。

これまでに構造分析を試みたアニメ作品とそこに登場した少女キャラクター、それと秀真伝に記されている上代皇統の系図を組み合わせたのが以下の図となります。

画像1:上代皇統と少女アニメキャラ

どうしてこうなるかは過去の記事を読んで頂きたいのですが、世の中で話題となった大ヒット人気アニメが、実は日本古代史(あるいは神話)を何度もその題材として取り上げていることは注目すべき点であります。

そう言えば、現在公開中の「すずめの戸締まり」をはじめ、鳴り物入りのアニメ作品の主人公が基本的に「少女」であり、男の主役はどちからというと影が薄いのは共通しているパターンだと言えます。

■もののけ姫に描かれた女系継承

なんだかアニメのストーリーを無理矢理に女系継承の話に持って行ってないか?というご批判はもっともなのですが、これが権力の継承を象徴していると考えられるシーンが「もののけ姫」に登場したのを覚えておられるでしょうか?

画像2:カヤからアシタカに手渡された黒曜石の小刀

カヤはアシタカと別れる時に、形見として黒曜石の小刀を渡すのですが、そのカヤからの大事なプレゼントを、アシタカはサンにあっさりと手渡してしまいます。

このやり取りを見て、多くの女性視聴者が「アシタカは女心の分からない最低の男!」と評したかどうか分かりませんが、少なくともアシタカのこの行動に何の意味があるのか理解できなかった方は多かったと思います。

実は、この小刀を「権力継承の象徴」と見ればあっさりとこの謎は解決するのです。つまり、画像1において、栲幡千千姫から木花咲耶姫へと皇后の権威が次の世代へ移動した象徴と見れば良いのです。

これに加え、小刀が黒曜石であることにも大きな意味があるのです。みシまる湟耳著「ヤタガラスの娘」にも書かれていますが、伊豆七島の神津島は古代少女神と非常に関連が深い島として紹介されています。そして、その神津島こそが古代から黒曜石の重要な産地であり、神津島産の黒曜石は、対岸の静岡地方だけでなく、内陸は長野県の遺跡からも多く出土しているのです。

画像3:御前崎の「星の糞遺跡」
星の糞とは地面の上で星の如く煌めく黒曜石の破片ことで、ここから出土する
黒曜石の約90%が神津島産とのこと。古くは縄文時代後期からなる遺跡。

少女から少女へと受け継がれる黒曜石の小刀、これはまさしく古代女系継承を表現しているとは言えないでしょうか?宮崎監督はこのシーンについて「男とはそんなもん」と嘯いているようですが、この表現に隠された真意は極めて重要なのです。

■大祓詞と瀬織津姫

画像1にある瀬織津姫は、何故か記紀の日本神話の中に登場しない不思議な神様です。しかし、神話ではない人の歴史として古代日本を記述する秀真伝(ほつまつたえ)には、はっきりと男性王アマテルカミの正妻ムカツヒメ(瀬織津姫)として記述されているのです。

実は、記紀と秀真伝のこの大きな食い違いこそが、女神である天照大神(あまてらすおおかみ)を最高神と戴く日本神道の大きな矛盾点なのです。別の表現をするなら、国家神道の根幹部分がそもそもあやふやであり、それ故に私は、日本神話をファンタジー化された歴史の捏造と捉えるのです。ただし、神話化されたということは元の歴史的事実があるということでもあり、その意味では記紀が全く無価値だと言うつもりもなく、むしろ最も解読が求められている暗号書であると捉えているのです。

さて、男性王アマテルカミを女神天照大神に書き換えてしまったら、その妻である瀬織津姫の存在は不都合極まりありません。ですから、単純にテクニカルな意味で記紀の記述からそっくり外されてしまったのは容易に考え得ることです。

しかし、そこまでしておきながら、何故か大祓詞(おおはらえのことば)にはその名が出て来るのですから、その点は少し困惑してしまいます。ここでその大祓詞とやらを眺めてみましょう。

画像4:大祓詞(1/4)
画像5:大祓詞(2/4)
画像6:大祓詞(3/4)
画像7:大祓詞(4/4)

「ヤタガラスの娘」の中で、みシまる氏は①~③を呪いの言葉、④~⑦はいわゆる祓戸四神なのですが、これを瀬織津姫の神的パワーを削ぐために4柱の神名に分けて記述したものだとしています。

①の「金木(かなぎ)」は製鉄を表す言葉で、これをタタラ姫の家系、すなわち少女神の家系と推定し、その本(先祖)と末(子孫)を打ち切るとは、先祖末代を祟る呪いであるとしています。

また、これと同様に②の「菅麻(すがそ)」を蘇我氏、③の「彼方(をちかた)」を古代祭祀族の物部氏と推定し、やはり同家系を呪っていると断じているのです。

このみシまる氏の説には私も概ね同意なのですが、私は①の金木は鉄生産の国である古代朝鮮国の伽耶(かや)を指し、そこを出身とする女性シャーマンの家系、すなわち少女神の家系を指すと考えます。

また、②については「すがそ」を「須賀祖」と読めば、これは素戔嗚尊(すさのおのみこと)の家系、即ち大物主の家系を表し、即ち国津神である出雲一族を呪った言葉であると解釈するのが自然であると考えます。

なお、③については私も不案内なので多くの言及を控えますが、大祓詞を考案した中臣氏以前の祭祀族を呪うのは十分あり得ることだと考えられるのです。要するに

   大祓詞とは特定一族を呪う為の祝詞(のりと)

であると考えられるのです。

さて、ここに登場する瀬織津姫なのですが、みシまる氏の神的パワー分散説については恐らく違うであろうと考えます。というのも、秀真伝には一応、瀬織津姫以外のそれぞれの名前についてもその系図がきちんと示されているからです。

 カナサキ → ハヤアキツヒメ(速開都比売)
 ツキヨミ → イフキヌシ(氣吹戸主)
 アカツチ → ハヤフスヒメ(速佐須良比売)

おそらく、この時代で名前の残っている女性は基本的に各家に養女にもらわれた少女神の家系出身者と考えられるのですが、少女神については大祓詞の①で既に呪いが掛けられているので、実はここに登場する姫神はとりわけ強く呪われているとも考えられるのです。

つまり、瀬織津姫は記紀から名前を消されただけでなく「金輪際絶対出て来るんじゃねぇ!」とより強烈に呪いを掛けられた存在ではないかと考えられるのです。

逆に言うと、瀬織津姫は神道の世界観ではそれほどまでに恐れられている存在であり、同時にそれは、古代日本において女性シャーマンとして非常に卓越した能力があったことを指しているとも考えられるのです。

「君の名は」で、年老いた一葉として瀬織津姫の型を出してきたのも、恐る恐るながらもその力にあやかりたい、そのような意図があったのではないか、私はそう思うのです。


* * *

さて、少女神の観点で祓戸四神を眺めた時、一人だけ首を捻る存在がそこにあるのを無視する訳にはいきません。それは「氣吹戸主(いぶきどぬし)」です。名前の語感からもそうですが、秀真伝でも氣吹戸主は男性なのです。

祓戸四神と括りながらその構成は女3人に対し男1人、この違和感はいったい何なのか?そもそもその親であるツキヨミ(月読尊)は、記紀でも殆どたいした記述がありません。謎の登場人物である月読尊とその子である氣吹戸主。今回の少女神といったいどのように絡んでくるのか、瀬織津姫の謎と共にこちらも追っていく必要がありそうです。

画像8:突然メディアに現れたN国の少女
参考:金閣下、ご返信ありがとうございます
この少女のことを私は市杵嶋姫(いちきしまひめ)と呼んでいます


高天原小宮に坐ます姫神の母なる思ひ今ぞ伝えん
管理人 日月土


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