前回の記事「瀬織津姫 - 名前の消された少女神」では、大祓詞(おおはらえのことば)にのみ登場する謎の女神、瀬織津姫(せおりつひめ)について取り上げました。
その大祓詞の文意から、どうやらこの祝詞(のりと)は、出雲族などの特定家系、そして少女神(皇后を輩出する古代巫女:女性シャーマン)の家系を呪っているのではないかと推察しています。
その考察の中で、大祓詞に登場する「祓戸四柱の神」(はらえどよはしらのかみ)の内、何かと違和感を覚えるのが、氣吹戸主(いぶきどぬし)であることを指摘しています。ここで、その四柱の神をもう一度おさらいしてみます。
後半の説明の為、秀真伝(ほつまつたえ)に出て来る人名と大祓詞の神名の対比として以下に記します。
秀真伝 = 大祓詞
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ムカツヒメ 女性 = 瀬織津姫 女性
アキコ 女性 = 速開都比売(はやあきつひめ) 女性
イフキヌシ 男性 = 氣吹戸主 性別不詳
ハヤフスヒメ 女性 = 速佐須良比売(はやさすらひめ) 女性
大祓詞では、3人(あるいは3柱)の名に「ヒメ」と付いていることから、その性別を特定するのは容易いのですが、イフキヌシについては詳細がよく分かりません。一方、秀真伝では姫を娶った男性として記述されているのですが、それならば、どうして男が1名だけこの4名の中に加わっているのでしょうか?これでは「少女神に向けた呪いではないか?」とした前回の結論から少々ズレてしまうことになります。
■イフキヌシの系譜
毎度のお断りでうんざりかもしれませんが、私は日本神話を「神話化された日本古代史」と捉えていますので、基本的にこの時代の考察を、人の歴史として記述する史書「秀真伝」に拠っています。
もちろん、記紀の神話的物語が全くのデタラメだとも思っておらず、その表現の中に、多くの事実を臭わせている、すなわち暗号化された史書であると捉えています。ですから、神話編纂者の意図を読み解くことにより、もしかしたら古代期の正確な事実が読み取れるのではないかと考えているのです。
基本的に全ての史書類はその後の権力者の都合で書き換えられることを免れません、そう考えると、秀真伝の全てが正確であるとするのも早計であり、むしろ、早くに神話化されたフィクション(神話)の方がより正確に当時の情報を残している可能性も考えられるのです。もちろん、その含意を解読できればの話となりますが。
さて、ここではまず、秀真伝に記されたイフキヌシの系譜について眺めてみましょう。
なんと、イフキヌシの父は、イサナギ・イサナミの産んだいわゆる三貴子(天照・月読・素戔嗚)の一人である月読尊(つくよみのみこと)であるとされているのです。祖父が7代アマカミ(上代の天皇)であることから、イフキヌシが高貴な血統であることがここから窺えます。
そして、イフキヌシの妻は宗像三女神の一人でもあるイチキシマヒメであり、この姫は8代アマカミのアマテルカミの子女ですから、二人はいとこ同士であり、共にナギ・ナミに繋がる高貴な血筋であったことが分かります。
ここでイフキヌシについて考える時、当然問題となるのが、その父である月読尊がどのような人物(あるいは神)であったかなのですが、記紀においても、天照大神や素戔嗚尊に比べ、月読尊の記述は極めて限られており、実は
性別すらはっきりしていない
のです。
一般には男性神と考えられているようですが、記紀に記述がない以上、それも推察でしかありません。それならば、秀真伝が伝えるように男性とすれば良いようも思えるのですが、そうなると
イフキヌシが何故男一人だけ祓戸四柱の神に含まれているか?
その点がやはり不可解なまま残ってしまうのです。
日本神話の最高神で女神でもある天照大神の歴史上のモデルが、何故か男性王であるアマテルカミであることは何度もお伝えしていますが、要するに歴史的現実と神話との間には、何かの理由で
性別の転換
が効果的に用いられている気配が極めて濃厚なのです。アマテルカミとツキヨミ、そしてイフキヌシの記述を秀真伝と記紀で比較した時以下の様になります。
| 秀真伝 | 記紀
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アマテルカミ | 男性 | 女性(女神)
ツキヨミ | 男性 | 性別不詳
イフキヌシ | 男性 | 性別不詳
アマテルカミの場合、秀真伝には男性としての事跡が多く残されているので、歴史的には男性と考えて良いのですが、ツキヨミの場合は、嫁は娶ったとされるものの、そこまで男性性が強く出てるとは言い難く、その上に記紀で性別不詳とされているのですから、この場合、秀真伝の方に何か作意が働いているのではないか、そう考えるべきではないかと思われるのです。それはまた、ツキヨミの子であるイフキヌシについて向けられる疑いでもあるのです。
ここで、ツキヨミが実は女性だったのではないかと仮定すると、画像1に示した少女神の系譜はシタテルヒメとツキヨミの2系統に分かれることになり、すると、イフキヌシと少女神との関係がより明確に見えてくるのです。
■身代わりとなったイフキヌシ
ツキヨミは女性であり、少女神イサナミの血の継承者であったのではないか?そしてその子であるイフキヌシとは何者であったのか?
前回の記事を上梓して以降、ずっとこれについて考えていたのですが、その仮定の下に辿り着いたのが以下の結論(仮説)となります。
この図で注意してだきたいのは、ツキヨミを女性と解釈しただけでなく、いとこ同士である、イフキヌシとイチキシマヒメが交換された関係にあるだろうとしたことです。
何故このような強引な仮説を用いたのか?その根拠とは、一重に
古代期においては、少女神の血の継承こそが最も重要
と判断したからであり、仮にツキヨミの子が男性のイフキヌシだけであれば、その時点で血の継承は途絶え、上代皇室内の重要問題とは成り得ないからです。
ここで、「イサナミ → ツキヨミ → イチキシマヒメ」という少女神の血の継承が行われたと仮定したとき、始めてイフキヌシが大祓詞に登場する意味が生まれるのですが、これがどういうことかお分かりになるでしょうか?
この理解には言霊による呪術の考え方が必要とされるのですが、敢えて嚙み砕いて説明すれば次の様になります。
つまり、イチキシマヒメの旦那であるイフキヌシは身代わりにされたのです。
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映画「すずめの戸締まり」が公開されて1ヵ月、私もブログでこの映画を取り上げては、神話に関する細々とした点を指摘していますが、実はこの映画で一番に気付いて頂きたいのは次のシーンなのです。
この月が何を意味するのか、もうお分かりですよね?すると、画像2に私が挿入した「鈴(すず)」の絵の意味もお分かりになったはずです。そう、すずめ(鈴女)なんです。
人は言う姫の大神隠れしとその名を告げよ荒船の氣吹
管理人 日月土
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