書き換えられた上代の系譜

先月京都の久我神社を訪れ、その時得た着想を元に賀茂と三嶋について考察を加えてきましたが、ここではこれまでの話を一旦整理してみたいと思います。

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賀茂は「鴨」であり、三嶋には「嶋」の字が含まれます。どちらの文字にも「烏」(カラス)が含まれることから、ここで既に共通性が見られます。

三嶋湟咋(みしまみそくひ)の孫娘が我が国の皇室の租とされている「神武天皇」の后(きさき)になっているのは、各史書における共通の認識の様ですが、ここで、神武天皇の父の名「彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊」(ひこなぎさたけうがやふきあわせずのみこと)の中に「鸕鷀」(う)の字、すなわち「烏」の文字が含まれている事に気付きます。

以上の事実を踏まえ、三嶋湟咋(みしまみそくひ)とその家系、また神武天皇のと関係を、山城国風土記・秀真伝・古事記、そして日本書紀とに分け、それぞれ系図として書き出してみたいと思います。以下、文字が小さく表示されると思うので拡大してご覧になってください。

画像1:鴨・三嶋・鸕鷀、3つの烏(からす)とその系図

この系図を見てどう思われるでしょうか?各史書毎に記述はバラバラに見えますが、一部同じ名が現れていたりと、やはり共通している点も見受けられます。

左側3つの系図の比較から、私は「賀茂」と「三嶋」は元々同じ家を指していたのだろうと結論付けたのです。そして、この3系図は女系の血縁関係を表しており、その繋がりは図中に引いたピンク色のラインで示されています。

一方、右端の日本書紀を元に描いた系図は、神武天皇に至る男系による血の繋がりを表しており、それを青色のラインでトレースしています。

明らかに、賀茂・三嶋はヒメタタライスズヒメなる皇后を輩出した女系の家系であり、そこには共通の「烏」の字も見られるのですが、困ったことに、男系の彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊にも「烏」の文字が使われているだけでなく、山城国風土記に女系の姫として登場した「玉依姫」が。今度は男系王の后、神武天皇の母としてその名が記されているのです。

 これはいったいどういうことなのか?

この疑問への答になるかどうか分かりませんが、日本書紀の中には、画像1に登場する神武天皇の祖父、彦火火出見尊が、約束を破られたことに怒って竜宮城に帰って行こうとする后の豊玉姫に次の様な歌を詠んでいます

 おきつとり かもづくしまに わがゐねし いもはわすらじ よのことごとも
 (沖つ鳥 鴨著く嶋に 我が率寝し 妹は忘らじ 世の尽も)

岩波文庫 日本書紀 巻第二

表面上の訳は「鴨が着く島で、私が添い寝した少女のことが忘れられない。わたしが生きている限り」という情緒たっぷりの歌なのですが、この歌には大事な文字が含まれているのにもう気付かれたでしょうか?

「沖つ鳥」とはそもそも「鴨」を指す枕詞でもありますし、この歌にはあからさまに「鴨」と「嶋」の文字が同時に使われているのです。それに加え豊玉姫の生み残した子の名に「鸕鷀」(う)と、ご丁寧にも「烏」の文字が二つも含まれているという具合なのですから、何とも出来過ぎた話なのです。

以前から述べているように、私は記紀などの史書は高度に暗号化されている書物と見ており、そのまま文字通り読んでは歴史書として使い物にならないと感じています。ですから、当然この歌には史実解読のヒントが含まれていると考えられるのです。

ここで重要となるのは、「鴨」と「嶋」、そして両者を指すであろう「鸕鷀」に共通する文字、「烏」(カラス)であり、また「妹」(少女)であると考えられます。すなわち、私がこれまでテーマにしてきた

 ヤタガラスの娘(少女神)

を強く指し示していると捉えるのが妥当であると考えられます。そして、それがいったい何を意味しているのか?それは画像1の系図のバリエーションをよく見れば自ずから気付くはずです。

 皇位の正当性は「烏」の一族、すなわち女系にある

端的に言えば、一般的に認識されている

 彦火火出見 - 鸕鷀草葺不合 - 神武

と続く男系による皇位継承は、実は血の繋がった継承ではなく、鴨・嶋(=鳥)なる少女神の下へ男が入る(率寝る)ことで、その皇位、王としての権限が保証されることを示しているのだろうと考えられるのです。

要するに、日本書紀に詠まれたこの歌は、

 日本の皇統史は女系から男系に書き換えられている

という事実を後代の読者にこっそり伝えているのだと読めるのです。


* * *

今回の考察は、天皇は神の子孫であり、天皇家は万世一系で、2000年以上脈々と続く世界でも稀有な存在であると信じている方々には少々刺激が強いかもしれません。しかし、男系天皇が虚実であったとしても、女系として引き継がれたこの国の尊厳は何も傷つくことはないであろうと私は信じています。

それよりも、日本人(にほんじん)として祖国の成立史を夢見がちに理解することが本当に正しい姿勢なのか、そこを良く考えて頂きたいと私は思うのです。

今後は、古代日本がおそらく女系王権の国だったであろうという前提で、より深くこの国の成立史を読み解いて行く予定です。


管理人 日月土


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