少彦名とは誰なのか

前回の記事「市杵島姫と少彦名」」では、市杵島姫(いちきしまひめ)を調べる中で、どうやら日本神話でも謎めいた神として扱われることの多い少彦名(すくなびこな)とどうやら関係がありそうだということが、静岡県沼津市の内浦湾に浮かぶ島、淡島に鎮座する厳島神社の存在から見えてきました。

今回は、それでは少彦名がどのような神なのか、まずは現在残されている文献から当たってみることにします。

大国主と同時代人であった少彦名

記紀などを通して、少彦名は、大国主(おおくにぬし)と共に日本の国造りに携わった功績の大きい神だとされていますが、その記述は極めて限られています。まずは、大国主との出会いと、その風貌がどのようなものであったかを、文献から読み解いてみます。

 初め大己貴神((おおなむちのかみ)、国平(む)けしときに、
 出雲国の五十狹狹(いささ)の小汀(おはま)に行到(ゆき
 ま)して、飮食(みおし)せむとす。是の時に、海(わたつ
 み)の上に忽(たちまち)に人の声有り。乃(すなわ)ち驚
 きて之(これ)を求むるに、都(ふつ)に見ゆる所無し。頃
 時(しばらく)ありて、一箇(ひとり)の小男(おぐな)有
 り。白蘞(かがみ)の皮を以ちて舟と爲し、鷦鷯(さざき)
 の羽を以ちて衣(ころも)と爲し、潮水(しほ)の隨(まに
 ま)に浮き到る 

岩波文庫 日本書紀 神代上 一書から

 故(かれ)、この大国主神(おおくにぬしのかみ)、出雲(い
 ずも)の御大(みほ)の御前(みさき)に坐(いま)す時、波
 の穂より、天(あめ)の羅摩船(かがみのふね)に乗りて、鵝
 (ひむし)の皮を内剥(うつは)ぎに剥ぎて衣服(きもの)に
 して、帰(よ)り来る神あり

岩波文庫 古事記 大国主と少彦名から

ここで、文中の用語に関するそれぞれの編者の解説を添えると

 日本書紀:
  白蘞(かがみ) → 薬草のヤマカガミ
  鷦鷯(さざき) → 野鳥のミソサザイ

 古事記:
  羅摩(かがみ) → 野草のガガイモ
  鵝 (ひむし) → 蛾

少彦名が乗って来た舟の素材、そして衣服の素材について解釈の違いがあるようです。

画像1:少彦名に登場する素材の違い:左上から時計回りに、
ヤマカガミの花、ミソサザイ、一般的な蛾、ガガイモの花と実

しかし共通しているのが、野の草や、虫や小鳥の羽を材料にしていることから、日本書紀の記述にあるように、非常に小さな男性であることが分かります。

日本書紀の続きには、大国主が少彦名を掌に乗せている描写、淡島に生えていた粟の茎に登ったところ弾き飛ばされて常世に行ってしまったなどの記述すらあるのです。

まあ、神話だからそんな突拍子もない記述でもOKなのですが、当ブログでは神話は史実の婉曲表現であると仮定しているので、このような表現にもきっと何等かの意味があると考えます。

むしろ、これだけ人間離れしている記述を見せられると、多くの意味がその奇抜な表現の中に圧縮されているのだろうとすら思うのです。

画像2:少彦名に関する記述の違い

なお、古代史を実在した「人間史」として記述している秀真伝(ほつまつたえ)では、少彦名は古代皇統タカミムスビの第6代王であるヤソキネの末子として簡単に記述されています。

以上をまとめると、少彦名とは素材に関する記紀の記述の相違を別として

 1)舟でやって来た
 2)羽の衣を着ている
 3)小男で、
 4)タカミムスビ/カミムスビの縁者であり
 5)大国主と共に国造りをしたが
 6)突然常世国に去ってしまった(粟に弾かれた?)

となるでしょうか。

常世国とは、その解釈が必ずしも定まっておらず、「常夜国」のイメージから黄泉の国(死者の国)を表すとも解釈可能ですが、決定的ではありません。少なくとも、少彦名は突然いなくなった、そう捉えるべきでしょう。

■少彦名の名に関する分析

少彦名は日本書紀の記述で、スクナビコナ、またはスクナヒコナと読みますが、古事記では「少名毘古那」(すくなひこな)、先代旧事本紀では「天少彦根命」(あまのすくなひこね)と表記のバリエーションが多く、漢字は後の時代の当て字と考えて良いので、ここでは秀真伝の音表記「スクナヒコナ」を標準として考察したいと思います。

「スクナヒコナ」とは意味的に分解すると

 スクナ – ヒコ – ナ

となり、「ヒコ」が男性に与えられる名称とするなら「スクナ」は宮中における高位の身分を表す「宿禰」(すくね)が該当するのではないかと考えられます。

気を付けなければならないのは、身分としての「宿禰」は、600年代後半の天武天皇の時に定められたもので、宿禰が持つ本来の意味は、野見宿禰(格闘に長けていた)や武内宿禰(神祇祭祀に長けていた)など、特殊能力に長けていた人物に与えられていた称号ではなかったのかということなのです。

「ナ」についてはこれをどう解釈してよいか悩みますが、記紀が編纂された時に使われた万葉仮名にわざわざ「名」を用いたということは、そのまま「名前」の意味で取って良いのではないかと思われます。

すると、「スクナヒコナ」とは

 特殊な能力を有した男性の名前

と解釈することが可能で、個人名と言うよりも特定の人物のことを指す一般名称だとも考えられるのです。

■能登生國玉比古神社と市杵島姫

さてWikipediaの「スクナビコナ」の記述を見ていると、気になる記述があるのを見つけました。

 能登生國玉比古神社(中能登町金丸)の社伝によると、
 大己貴命と少彦名命が能登国の国魂神である多食倉長
 命と共に国土を平定した際、少彦名命が多食倉長命の
 娘の伊豆目比売命(市杵嶋姫命)を娶り、金丸村村主
 遠祖の菅根彦命(金鋺翁菅根彦根)を産んだ。その子
 孫が神主の梶井氏であるという

Wikipedia「スクナビコナ」から

この記述を読むと、なんと

 少彦名が市杵嶋姫を娶った

とあり、この記述が正しいかどうかは別として、なんと前回の記事で疑問点として挙げた市杵島姫と少彦名との関係があっさりと解き明かされているのです。

もちろん記紀にそんなことは書かれていないのですが、少彦名を象徴する駿河湾の淡島に何故か市杵島姫を祀る厳島神社が鎮座している、その理由として挙げるにはこの上なく好都合なのです。

仮に能登生國玉比古神社(のといくくにたまひこじんじゃ)の社伝がある程度正確だとすると、次の等式

 イチキシマ姫の夫 = スクナビコナ

 コノハナサクヤ姫の夫 = ニニギノミコト

は、既に分っている次の等式

 イチキシマ姫 = コノハナサクヤ姫

を適用すると

 スクナビコナ(少彦名) = ニニギノミコト(瓊瓊杵尊)

という関係が導かれるのです。要するに、上述したように少彦名とは瓊瓊杵尊を指す特殊な一般名称であり、大国主(オシホミミの別名)の補佐的役割から、次代の王になったということになるのです。

画像3:従来の古代王統解釈

仮にこの等式を認めると、秀真伝に記された瓊瓊杵尊と火明命の二人の王が立ったとされる二王朝時代がどのようなものであったのかが見えてくるのと同時に、瓊瓊杵尊の天孫降臨の記述が実際にどのような意味を持つのかも分って来るのです。

画像4:今回の結果を反映した古代王統解釈(秀真伝ベース)

加えて問題にするべきは、少彦名あるいは瓊瓊杵尊の「宿禰としての特殊性」であり、それは、先に掲げた少彦名に関する6つの記述ポイントについて、記紀の編者がどのような意味を込めてそう書いたのか、その真意そのものなのです。

それらについては次回の記事で私の考えを述べたいと思います。


彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 (ヨハネによる福音書 第20章16節)
管理人 日月土

市杵島姫と少彦名

神話の誓約(うけい)から始まり、特にここ数回は宗像三女神を取り上げてきました。これまでにも指摘し続けてきたことですが、どうやら、同一の神に対して幾つもの変名・別名が名付けられ、それがまるで別々の神様の如く神話の中に登場していることが分かってきました。

宗像三女神についても同様で、本ブログで分析したその分類はおおよそ次の様になることが分かってきたのです。

画像1:宗像三女神の別名・変名一覧
(当ブログの分析による)

上図のタギツ姫およびタゴリ姫については、豊玉姫と玉依姫としてこれまで扱ってきたので、今回は三女神の一人、イチキシマ姫(市杵島姫)に焦点を絞って考察したいと思います。

■市杵島姫と厳島神社

イチキシマ姫(市杵島姫)と言えば、一般には全国に点在する名前の読みがそっくりな厳島(いつくしま)神社の御祭神として良く知られています。

厳島神社で有名なのは、何といっても「安芸の宮島」として知られる広島県の宮島にある厳島神社でしょう。この神社の御祭神は言うまでもなく、イチキシマ姫を含む宗像三女神なのです。

画像2:宮島の厳島神社の御祭神
厳島神社公式ページから

厳島神社は少し大きな神社の摂社・末社として置かれていることも多く、円形の池の真ん中に島を作りそこに橋を架け、その島の中央に建てられたお社や祠が厳島神社であるパターンは全国どこでも見られる光景です。

画像3:三嶋大社の厳島神社

画像1でイチキシマ姫(市杵島姫)の別名に「弁才天」と書き加えていますが、イチキシマ姫の神仏習合の神名として「弁才天」もしくは「弁財天」、いわゆる弁天様として呼称されることがあります。これはインドのヒンズー教の女神「サラスヴァティー」を指すと言われていますが、七福神唯一の女神として、昔から全国で広く信仰の対象とされているのはもはや説明の必要はないでしょう。

どうして、厳島神社は池の中、あるいは宮島のように海上にあるのかについては、サラスヴァティーが元々同名の川の女神であること、すなわち水の女神であることに起因すると考えられているようですが、私はそれだけではないと見ています。

日本のお城が周囲に堀を巡らし水を張るのは、確かに実利的な防御手段の一つであることは間違いないのですが、同時にこれは呪術的な意味での「結界」を表し、心理的な見えない壁を構築することと同じだと言えます。

この結界、外に向ければ防御壁として機能しますが、内に向ければどのように機能するのでしょうか?結界でぐるり周囲を囲んでいるのですから、米国のアルカトラズ島と同じ「牢獄」あるいは「締め」の意味を持つのです。

神社の鳥居や注連縄が、そこが俗世と聖域を区別する境界を意味するのではなく、実は

 神を締める(神封じ)

という呪術的意味合いを持つことは、(真)ブログ記事「今日も鳥居で神封じ?」で既に述べているので、ここで改めて確認してみてください。本来、日本国土は全て神様の「御神体」という考えなのですから、そこに境界を設ける必要性などないのです。

このように解釈すると、鳥居内において更に結界を張り巡らされるイチキシマ姫は、一部の人々にとって非常にやっかいな神様、できれば人前に絶対に現れてもらいたくない神様という風にも取れるのですが、果たしてどうなのでしょうか?

■あのアニメに市杵島姫も登場していた

かつて本ブログでは、宮崎駿監督の大ヒット映画「千と千尋の神隠し」が日本神話をベースに構成されていることを指摘し、その上で、登場するキャラクターがどの神様(あるいは人物)をモデルにしているのか特定してきました。

その時の反映が画像1にも表れているのですが、タクハタチヂ姫(=千尋)とアメノウズメ(=リン)まで特定したものの、三女神の中でイチキシマ姫だけは、これまで同作品の構造分析で見つけられなかったのです。

しかし今回、鹿の子アニメのキャラクターと宗像三女神との関係性を見出した結果、同映画作品にもイチキシマ姫をモデルにした描写があることが分かったのです。

それは次の画像を見ればお分かりになるはずです。

画像4:2つのアニメで表現された「めめめ」のサイン

要するに、「千と千尋の神隠し」ではキャラクターとしては登場せず、象徴として「め」が3つのサインとして表現されていたのです。これが分かったのは、まさに鹿の子アニメの奇抜なキャラ名「馬車芽めめ(=イチキシマ姫)」によるものだったのです。

また、これが分かると、主人公の千尋の苗字がどうして「荻野」(おぎの)だったのかも見えて来ます。

この映画が上映された2001年、アイドル歌手としては既に第一線を引いていたものの、1985年の大ヒット曲「ダンシング・ヒーロー」を歌った

 荻野目洋子

さんのことは、まだ多くの人の記憶に残っていたはずです。

もちろん、荻野さんという苗字の方は普通にいらっしゃるのですが、当時の人々の多くは「荻野」とくれば「目」という連想が自然に働いたはずです。そして、背景画像にしてはやけに目立つ「め」の看板を見れば

 目(め)がない荻野 → 「め」

と無意識にこのひらがなを強調して捉えていたと想像するのは少し考え過ぎでしょうか?

そうなると、この「め」の字に隠された記号の意味を探る必要が出てくるのです。

■市杵島姫と少彦名

駿河湾の東岸にある静岡県沼津市の内浦湾には、淡島(あわしま)という島があります。ご記憶の方も多いと思いますが、一時期、内浦湾周辺の動きが妙にきな臭く、また、あまりにも不自然な、同地を題材にしたアニメ「ラブライブサンシャイン」が放映されたこともあり、しばらく動向を伺っていたことがあります。

画像5:今や懐かしい淡島とラブライブ

実は、このアニメ作品も多分に日本神話との接点があり、ある程度分析が出来ているのですが、それについてはまた別の機会にお伝えしたいと思います。

ここで取り上げたいのは淡島であり、この島の中央には淡島神社が鎮座するのですが、この神社の別名はなんと

 厳島神社

であり、御祭神はイチキシマ姫なのです。

画像6:淡島の淡島神社(厳島神社) G
画像引用元:Googleマップ

淡島神社は、「粟島」などと表記を変えながらも全国に見られる神社なのですが、一般的にその主祭神が

 少彦名(すくなひこな)

なのは、神社に詳しい方ならとっくにご存知のことでしょう。

そうなると、ここにスクナヒコナとイチキシマ姫に何らかの関係性が見られるのですが、これを調べる前に、スクナヒコナとはどのような神(あるいは人物)なのかを知らなくてはなりません。

どうやら、誓約(うけい)の分析から始まって宗像三女神、そして女神イチキシマ姫から更にスクナヒコナへと繋がってきました。

もしかしたらイチキシマ姫に付けられた「め」の記号を理解する鍵はスクナヒコナにあるのかもしれません。


なぜ生きておられる方を死者の中に捜すのか?(ルカ 24-5)
管理人 日月土

方舟と宗像三女神

前回の記事「アニメに表れた宗像三女神」では、昨年少しだけ話題になったアニメ「しかのこのこのここしたんたん」に登場するキャラクターが、日本神話における次の神名に対応していることを説明しました。

 鹿乃子のこ(のこたん): 志賀神(しかのかみ)
 虎視虎子(こしたん) : タギリ姫
 虎視餡子      : タゴリ姫
 馬車芽めめ     : イチキシマ姫

画像1:鹿の子アニメの主要キャラクター
©おしおしお・講談社/日野南高校シカ部

ここに登場する姫とは、宗像三女伸として神話に残された名前です。そして、志賀神は表筒男命(うわつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、そして底筒男命(そこつつのおのみこと)の三神を統合して表す神名であり、実際にはこれが上下三層に区切られた

 方舟(はこぶね)

を表すことは、既に判明しています。これについては、以下の関連記事をご覧になってください。

 関連記事:鹿と方舟信仰 

さて、ここで問いたいのは、前回では考察を保留した大きな問題点

 方舟と宗像三女神の関係性

なのです。

■古代女王の世代別整理

これについては、ここに登場する名前を眺めていても分からないので、三女神となった姫神の他に、前後世代の女王をこれに添えてまとめてみました。

以前からお伝えしているように、古代日本の王権は女性が継承していたと考えられるので(少女神仮説)、ここでは男性王の名は女王名に添えて記すことにします。

画像2:宗像三女神に至る女王の変遷

この画像は世代ごとの女王もしくは皇女を、世代毎に大まかに整理したものです。この中でツクヨミさんに関しては、性別不詳のため(秀真伝では男性)とりあえず女性として扱っています。

また、水や大水(洪水)に関係しそうな方の名前には、水色の円形マークを添えています。水色マークを付けた理由は以下の様になります。

イザナミ:
 神話の中で、イザナギと共に海上に陸地を生み出した(国生み)神と記述されている。陸地が海水に隠れている状況とは世界的な大洪水を示しているのではないか?

ムカツ姫:
 別名は瀬織津姫(せおりつひめ)。祓戸四神の中の一神で、水でこの世を浄化する神と考えられている。これは当時起きた洪水を示しているのではないか?

ツクヨミ:
 月読と漢字で表記されることが多い。月はそもそも水を表す言葉でもある。また日本書紀の一書六では、滄海原を治める役目の神と記されている。水との関係性が強い。

タギリ姫:
 別名は豊玉姫。神話では龍宮城の姫。海の底にある宮殿、そしてそこに住む姫神という記述に、大洪水との関係性が窺える。

タゴリ姫:
 同じく龍宮城出身の姫。

ヒコホホデミ:
 自分が失くした兄の釣り針を探しに龍宮城へ出向き、そこで豊玉姫を見初める。

神話は史実の極端な婉曲表現と捉えた場合、このように上図の3世代にかけて水・大水(洪水)と関連性がありそうなのです。

この時代、特にアマテラスが王となったその前後、水の災難が頻発し、その中で国情が大いに混乱し、誓約で約束されたはずの男性王の継承が破られ、二人の女王(タギリ姫とタゴリ姫)が、ヒコホホデミ一派に連れ去られ王権を乗っ取られたというこれまでの想定も、あながち間違っていないのではないかと思われるのです。

もちろん、そこには洪水の難を逃れるための方舟が何艘も造られ、いつしか方舟がこの時代に起きた大洪水の象徴になったとは考えられないでしょうか?

さて、このように、この3代に渡る古代にどうやら大水が起きたのだろうと予想が付き、タギリ姫、タゴリ姫についても洪水(=方舟)の関係性が見えてきたのですが、それならば残りのイチキシマ姫についてはどうなのでしょうか?

それを理解する鍵となるのが、前回の記事の最後で紹介した次のアニメ作品なのです。

画像3:帝乃三姉妹は案外、チョロい。
©ひらかわあや/小学館/アニプレックス

■綾瀬優が象徴するもの

このアニメ、帝乃三姉妹の他に、姉妹の家に居候した平凡な男子高校生「綾瀬優」(あやせゆう)を加えた4人がメインキャラクターにされています。画像3における右上の赤髪の少年キャラが綾瀬君です。

帝乃三姉妹はそれぞれ、次の様に宗像三女神に対応しています。

 帝乃一輝(かずき):タギリ姫
 帝乃二琥(にこ) :タゴリ姫
 帝乃三和(みわ) :イチキシマ姫

キャラデザインの髪の色にも類似性がありますが、タゴリ姫を表すのが、鹿の子アニメが「虎子」、帝乃アニメが「二琥」と両者共に「虎」の字が含まれているのは、もはや偶然とは言い切れないものがあります。

すると「のこたん」と「綾瀬優」の間には何か共通点があるはずなのですが、それを考察する前に「綾瀬」にどのような意味があるのかを見なければなりません。

辞典などを調べても「綾瀬」という言葉に特別な意味はなく、ただそこには、地名としての「綾瀬」が説明されているだけです。

神奈川県には綾瀬市という自治体がありますが、どうして綾瀬と名が付いたかについては

 3つの川(瀬)がこの土地を綾なして流れる様から

というのが、どうやら有力な説のようなのです。

何となくふわっとした説明で、これでは「綾瀬」に特別な意味は無いように見えますが、ここで注目すべきは、現在の在日米海軍の厚木基地は、厚木と言いながら、その面積の殆どが綾瀬市内に属していること、および、同基地は戦前

 厚木海軍航空隊基地

であったことに大きな意味があると考えられるのです。

これを単純に捉えても

 海軍 → 艦船 → 船 → 方舟

と連想されるのですが、どうやら、「綾瀬」という命名を選んだのには他の理由もあるようなのです。

それが何か?という問いに対しては「め」の字と答えるべきでしょう。鹿の子アニメでイチキシマ姫役を付されたキャラ「馬車女めめ」、この奇妙な「め」の字の連続には隠された意味があるのです。

画像4:「綾瀬」と言えばこの方。
テレビで見ない日はありませんよね。


管理人 日月土

アニメに表れた宗像三女神

ここ最近のテーマでは、日本神話の誓約(うけい)で生まれた王と女王の系譜、そして誓約の当事者であるスサノオ(素戔嗚尊)とアマテラス(天照大神)、そして何故か誓約に登場しない三貴子の一人、ツクヨミ(月読尊)について果敢にも考察を試みました。

王と女王の系譜についてはまあまあ分析はできたのかなと思ったのですが、前回の記事「三貴子の暗号 – 三貴子の誕生」で述べた様に、結局のところ三貴子の出自についての分析はチンプンカンプンでそこから進んでいません。

今回はその難題についてはそのまま迂回して、誓約で登場する3人の女神、世にいう「宗像三女神」が最近放映されたアニメキャラクターのモデル使われているという話をします。

その前にまず、誓約について触れた次の記事を頭に入れておいてください。

 誓約関連記事:
 a)誓約(うけい)の暗号 – 王の系譜 
 b)誓約(うけい)の暗号 – 隠津島姫と3女神
 c)誓約(うけい)の暗号 – 五人と三人
 d)誓約(うけい)の暗号 – 剣と王権

■鹿乃子アニメと三女神

昨年の今頃、ストーリーも何もあったものではない、しかしながら日本の古代史に妙に精通していると思わせる学園コメディアニメ「しかのこのこのここしたんたん」を取り上げました。

画像1:アニメ「しかのこのこのここしたんたん」」
©おしおしお・講談社/日野南高校シカ部 (以下の画像も同様です)

 鹿乃子関連記事:
  1)越と鹿乃子
  2)鹿と方舟信仰
  3)鹿と大船と祓祝詞

これらの記事では、どうやら鹿乃子の「鹿」とは

 鹿 → シカ → 志賀神 → 方舟

と、どうやら聖書の創世記に記述され、さらに古くはシュメール神話にも登場する「方舟」を象徴しているようだとの結論を得ました。

このアニメの構造分析は一旦ここまでとしていましたが、今回誓約の分析を実施したことで、主役?の鹿乃子ちゃん以外のキャラクターモデル、その一部が判明したのでここでお知らせしたいと思います。

簡単に設定を説明すると、鹿の角を生やした少女、鹿乃子のこ(のこたん)が路上に突然現れ、日野南高校(仮称)に通う虎視虎子(こしたん)のクラスに転入することになります。二人はシカ部なる奇怪な部活動を始めますが、そこに虎子の妹の餡子(あんこ)、そして入部を希望した馬車女(ばしゃめ)めめが加わり、総勢4名の賑やかな部活動が始まります。

画像2:日野南高校シカ部のメンバー

前に同作品を分析した時に、のこたん以外のキャラにも絶対に何か含みがあると睨んでいましたが、その時は力及ばずそこまでは踏み込めませんでした。

さて、鹿部のメンバーは4人ですが、方舟という抽象的事実を擬人化したのこたんを除けば残るメンバーは3人です。3人の少女が何を意味するのか・・・ここで、日本神話の誓約に登場した宗像三女神との関連性が気になって来ます。

もちろんこれだけでは、性別と3という数字の一致が気になるという程度で決定的なことは言えないのですが、そのモヤモヤを突破するきっかけになったのが、画像2の右下に描かれた「虎視餡子」の存在です。

この「餡子」が誰をモデルにしているのか、それは日本書紀のスサノオについて書かれた一書、そして秀真伝のソサノオ伝から次の姫を表現しているだろうという結論に至りました。この考察の詳細についてはメルマガでお伝えしたいと思います。

さて、その姫の名は

 隠津島姫(おきつしまひめ)

であり、秀真伝では大国主の正皇后とされています。

もうお分かりの通り、オキツシマヒメとは宗像三女神の一人、タギツ姫の別名であり、ここから、のこたん以外の鹿部のメンバーは宗像三女神をモデルしているという予想がかなり確度の高いものとなるのです。

ここで、本ブログの解析で判明した同一人物を指す別名の一覧を再提示しておきます。

 宗像三女神の別名一覧:
  タギツヒメ:  オキツシマヒメ、タクハタチヂヒメ、トヨタマヒメ
  タゴリヒメ:  エツノシマヒメ、アメノウズメ、サルメキミ、タマヨリヒメ
  イチキシマヒメ:コノハナサクヤヒメ

さて、その人物モデルがタギツヒメだと判明した餡子ですが、このアニメでは虎子の妹という設定になっています。この関係を紐解くには、やはり同じ宗像三女神をキャラクターモデルに使用した、スタジオジブリのアニメ作品「紅の豚」、「もののけ姫」、「千と千尋の神隠し」が参考になります。

 宗像三女神とジブリの少女キャラ
  タギツヒメ:  千尋(千千)、カヤ(もののけ)
  タゴリヒメ:  リン(千千)、モロ(もののけ)、ジーナ(紅豚)
  イチキシマヒメ:サン(もののけ)、フィオ(紅豚)

千と千尋の神隠しに出てくる千尋とリンの関係を見ると、リンは千尋に世話を焼く「姉の様な存在」として描かれているのが分かります。

画像3:千と千尋の神隠しから千尋(左)とリン
© 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM

ジブリ作品が意図的に日本古代史を模倣したものであるならば(私はそう確信していますが)、餡子の姉である虎子はタゴリヒメと見て間違いないでしょう。そうなると自動的に馬車目ちゃんはイチキシマヒメを指すと考えて良さそうです。

この結論を元に画像2を描きかえると次のようになります。

画像4:シカ部のメンバーは方舟と宗像三女神

■のこたんの意味は方舟だけか?

さて、画像4を見ると、宗像三女神は良いとして、どうして方舟がそこに出てくるのか今一つ釈然としません。どうやらのこたんに対してももう少し考察を加える必要があるようです。

ストーリーなどあってない無茶苦茶なアニメではありますが(観るの辛かったです)、話題のアイテムとして一貫して登場するのが、タイトルになった「鹿」と「鹿煎餅」です。

この二つのアイテムで誰もが想像するのが、奈良の春日大社、そして春日大社と言えば

 藤原氏

の氏神を祀る神社であることは多くの方がご存知だと思います。

さて、このアニメの設定では東京都の日野市が明示的にその舞台とされていますが、何故日野なのか?

東京都の都章は銀杏(いちょう)ですが、一般に藤紋を家紋とすると知られている藤原氏の嫡流の中には、銀杏を家紋としている藤原北家花山院流の庶流に当たる「飛鳥井家」、そして、日野と言えば藤原北家日野流嫡流の「日野家」が思い浮かびます。どちらも

 藤原北家

の流れであることは少し気になる点です。

画像5:飛鳥井銀杏(飛鳥井家)と鶴丸(日野家)

これを元に更に画像4を次の様に描き直してみました。

画像6:藤原北家と宗像三女神

これで、少し歴史的な共通性が見えてきました。藤原氏の氏神の一柱である武御雷(たけみかづち)は大国主に出雲の国譲りを迫った神と言われています。そして前述したように、大国主の妃であるオキツシマヒメとはタギツヒメのことなのです。

どうやら、宗像三女神もとい誓約についてさらに深く追うには、藤原北家の出自についても調べざるを得ないところまで判明しました。そして、それが方舟伝承とどう関係するのか、歴史の闇は本当に深いです。

■最近のアニメから

最後に、次のアニメ宣伝ポスターを見てください。

画像7:帝乃三姉妹は案外、チョロい。
©ひらかわあや/小学館/アニプレックス

今年の夏アニメとしてつい最近まで放映されていたものですが、「帝」や「三姉妹」とあまりにもあからさまなタイトルなので、これも修行だと思って全エピソードを見通しました(好きで観たのではありません、本当です)。

この4人の構図、上の画像2、4,6とそっくりですよね。私の分析ではやはり宗像三女神をモデルにしているのですが、誰が誰をモデルにしているのかお分かりになるでしょうか?そして、+1の存在は何を意味しているのか?

ヒントはキャラクター髪の毛の色とキャラ名なのですが、次から次へとアニメネタにされる宗像三女神とはいったい何なのか?そしてなぜ繰り返し用いられるのか?それについては別の記事で解説したいと思います。


管理人 日月土

三貴子の暗号 – 三貴子の誕生

前回の記事「誓約(うけい)の暗号 – 剣と王権」では、次代の王と女王(天皇と皇后)を示した重要な約定であるこの場面に、どうして三貴子の一人であるツクヨミ(月読尊)が加わっていないのか、その点について指摘しました。

これについて分析を進める上で、どうしても、アマテラス(天照大神)、スサノオ(素戔嗚尊)、そしてツクヨミの出自について、記紀にどのように記述されているのか調べる必要が出てきます。

実は、日本神話について関心を抱いた時から、重要な神とされるこの3柱、おそらく神話化された3人の実在人について、その荒唐無稽な記述の意味する内容に困惑しており、これまで長く後回しにしていたのです。

そして、誓約の分析を始めて以来、やはりこの3柱、一般に三貴子(さんきし)と呼ばれる神様(あるいは人物)について理解する必要性を再認識することとなりました。

三貴子はどのように誕生したのか?

古代の実情をこの目で見る訳にも行かないので、頼りにするしかないのが、暗号の史書である日本書紀、そして古事記です。

ここでは、少し長くなりますが、日本書紀から三貴子がどのように誕生したのか、ご存知の方も多いと思いますが、改めてその場面を引用したいと思います。

 次に海(うなはら)を生む。次に川を生む。次に山を生む。
 次に木の祖(おや)句句廼馳(くくのち)を生む。次に草(か
 や)の祖草野姫(かやのひめ)を生む。亦は野槌(のつち)と
 名(なづ)く。既にして伊奘諾尊・伊奘冉尊、共に議(はか)
 りて日(のたま)はく、

 「吾(われ)已(すで)に大八洲国(おおやしまのくに)及び山
 川草木(やまかはくさき)を生めり。何(いかに)ぞ天下(あめ
 のした)の主者(きみたるもの)を生まざらむ」とのたまふ。
 是に、共に日の神を生みまつります。大日霎貴(おおひるめ
 のむち)と号(まう)す。大日霎貴、此をば於保比屡眸能武智
 (おほひるめのむち)と云ふ。霎の音は力丁反(のかへし)。

 一書に云はく、天照大神(あまてらすおほかみ)といふ。一書
 に云はく天照大日霎尊(あまてらすおほひるめのみこと)とい
 ふ。此の子(みこ)、光華明彩(ひかりうるは)しくして、六合
 (くに)の内に照り徹(とほ)る。故(かれ)、二(ふたはしら)の
 神喜びて曰(のたまは)く、「吾(わ)が息(こ)多(さわ)ありと
 雖も、未だ若此霊(かくくしび)に異(あや)しき児(こ)有らず。
 久しく此の国に留めまつるべからず。自(おの)づから当(まさ)
 に早(すみやか)に天(あめ)に送(おくりまつ)りて、授(さづ)
 くるに天上(あめ)の事を以(も)てすべし」とのたまふ。是の
 時に、天地(あめつち)、相去ること未だ遠からず。故、天柱
 (あめのみはしら)を以て、天上(あめ)に挙(おくりあ)ぐ。

 次に月の神を生みまつります。一書に云はく、月弓尊(つくゆ
 みのみこと)、月夜見尊(つくよみのみこと)、月読尊(つくよみ
 のみこと)といふ。其の光彩(ひかりうるは)しきこと、日に亜(つ)
 げり。以て日に配(なら)べて治(しら)すべし。故、亦(また)天
 に送りまつる。

 次に蛭児(ひるこ)を生む。巳(すで)に三歳になるまで、脚(あし)
 猶(なほ)し立たず。故、天磐櫲樟船(あまのいはくすぶね)に載
 せて、風の順(まにまに)放ち棄(す)つ。

 次に、素戔嗚尊を生みまつります。一書に云はく、神素戔嗚尊
 (かむすさのほ)、速素戔嗚尊(はやすさのをのみこと)といふ。
 此の神、勇悍(いさみたけ)くして安忍(いぶり)なること有り。
 且(また)常に哭き泣(いさ)つるを以て行(わざ)とす。故、国内
 (くにのうち)の人民(ひとくさ)をして、多(さは)に以て夭折(あ
 からさまに)なしむ。復使(また)、青山(あをやま)を枯(からやま)
 に変(な)す。故、その父母(かぞいろは)の二(ふたはしら)の神、
 素戔嗚尊に勅(ことよさ)したまはく、「汝(いまし)、甚だ無道
 (あづきな)し。以て宇宙(あめのした)に君臨(きみ)たるべから
 ず。固(まこと)に当(まさ)に遠く根国(ねのくに)に適(い)ね」
 とのたまひて、遂(つひ)に逐(や)らひき」

岩波文庫 日本書紀(一)神代上

この世に大地と山川、草木を生み出したイザナギ・イザナミは、これらを統治・管理するために、3柱の神を新たに生み出します。それが三貴子なのですが、この時点でそれぞれの担当所管を決めています。それが、

 アマテラス → 天地(あめつち)
 ツキヨミ  → 日に配べて
 スサノオ  → 根の国

の3所管なのですが、面倒なことに、その所管については日本書紀の他の一書、そして古事記の記述とは多少食い違いがあるのです。それをまとめたのが以下の表になります。

画像1:三貴子の所管に関する一覧表
(滄海原:あおうなはら)

実はこれこそが、日本神話を読み始めた時から一番の疑問点だったのですが、こうやって表に纏めてみても、やはりどうしてこんなに表現が揺れているのか見当が付きません。

アマテラス所管の「天上」と「高天原」が同じ天上世界を指しているの何となく理解できますが、ならばここにどうして「天地」(あめつち)なる、地上世界を包含した表現が現れるのか?

ツキヨミの「日に配ぶ」は「太陽」には及ばないものの、同じ様に空を明るく輝かせる「月」を意味していること、また「夜の食す国」とは夜の帳が侵食する国、すなわちそれまで太陽が照らしていた国、アマテラスの所管に被るものと理解できます。しかし、「滄海原」は海洋を指すと思われ、どうしてここに海洋が記されるのか?

更に良く分からないのが、スサノオの「根の国」と「天下」(あめのした:おそらく地上世界のこと)の関係で、「天下」は日本書紀の本文ではそこに居てはいけないとされているのです。そして、ここでも「滄海原」と「海原」など海洋を指す表現が現れ、これらが互いにどのように関連するのかよく分からないのです。そして、どうして海洋で、ツキヨミの所管と重なってくるのか?

単なる記録上のブレとも取れるのですが、誓約の記事でもお伝えしているように、記紀の編者は明らかにその表現の中に、実際にあった史実に関する重要なヒントを埋め込んでいると考えられるのです。

結局のところ、どんなに頭を捻っても分からなかったので、今回は三貴子の誕生に関する箇所を提示するのみとしますが、現日本社会では、このように出自が曖昧なアマテラスが日本神道の最高神、現天皇家の祖先神とされているのですから、これを単なるヒューマンエラーと片付けてよいのかと私は思うのです。


管理人 日月土

誓約(うけい)の暗号 – 剣と王権

これまで、日本神話の誓約(うけい)について見てきましたが、話の中心は、誓約によって誕生した五人の王、そして三人の女王(姫)が具体的に誰を指すのか、その特定作業でした。

そもそも、登場する5柱の男神が王の系譜を表すだろうとした根拠は、スサノオ(素戔嗚)が噛み砕き噴き出した天照大神の玉が「御統(みすまる)の玉」、すなわち「王統」を意味するところから予想されたものです。

これについては「誓約(うけい)の暗号 – 王の系譜」で触れていますので、気になる方は再読してみてください。

さて、これまで誓約について考察ができていなかったのは、アマテラス(天照大神)が噛み砕き噴き出したとされるスサノオの剣です。この剣にはいったいどのような意味が隠されているのでしょうか?

■改めて誓約を分析する

これまで、Wikiペディアに掲載された誓約の分析図を借用させてもらいましたが、それはあくまでも古事記ベースの記述だったので、日本書紀の記述に合わせた分析図を新たに作成してみました。それが以下の図になりますのでご覧ください。

画像1:誓約の分析図(日本書紀ベース)

内容は古事記版と大きく異なりませんが、この図では敢えて三貴子の1方であるツクヨミ(月読)を加えています。

というのも、天地を治める3柱の神の1柱として、イザナギ(伊弉諾)・イザナミ(伊弉冉)の子として誕生したはずのツクヨミが、この世の王と女王を決定付ける重要な契約(誓約)に参加していないのはかなり不自然であり、当然、誓約のストーリーに含まれていないのには、記紀編集者に何か意図があっての事だろうと感じられたからです。

もちろん、誓約の記述にツクヨミは登場しないので、上分析図でもどことも線は繋がっていません。しかし、ここにツクヨミを置くことで、記述されていない関係性が見えてくるのですが、それについては次回以降のテーマにしたいと思います。

ここで、日本書紀に書かれたアマテラスによる「剣の噛み砕き・吹き出し」のシーンを引用してみます。

 是に、天照大神、乃ち素戔嗚尊の十握剣を索ひ取りて、
 打ち折りて三段に為して天真名井に濯ぎて、𪗾然に咀嚼
 みて、(𪗾然咀嚼、此をば佐我弥爾加武と云ふ。)吹き
 棄つる気噴の狭霧吹棄気噴之狭霧、(此をば浮枳于都屢
 伊浮岐能佐擬理と云ふ。)に生まるる神を、号けて田心姫
 と日す。次に湍津姫。次に市杵嶋姫。凡て三の女ます。

 岩波文庫 日本書紀(一) 神代上

ここで登場する3柱の女神については既に述べています。そして、その前文にある「打ち折りて三段に為して」は「剣を3つに折って」とそのまま訳して問題ないと考えられますが、そうなると、実はこの記述において3柱の女神が誕生することは既に予見されているのです。

すると、何故剣を3つに折ったのか?その意味が問題となり、そもそもここで言う「剣」とはいったい何を意味するのかを考察しなければなりません。

■剣は王権継承の証

何度も同じ説明ばかりで申し訳ありませんが、本ブログでは、古代王権の継承に関してはみシまる湟耳(こうみみ)氏が提唱する「少女神」(しょうじょしん)という考えを取り入れており、王権の継承権は、女王、すなわち皇后が有していると見ています。

すなわち、王と女王の間の男子が自動的に王権を継ぐという、歴史学者を含め一般的に信じられている王権の継承スタイルではない、あくまでも王権を保有する「少女神」を娶った男子に王の地位が授けられるという考え方なのです。詳しくは同氏の書籍をご覧になってください。

 書籍のご紹介:日本神話と鹿児島 

実はこの女系王権継承と剣との関係については、既にこのブログで述べていたのを思い出しました。それは、次の図に示されています。

画像2:黒曜石の短剣に示された王権の継承

上の図は、昨年1月に投稿した記事「もののけ姫と馬鹿」で使用したものですが、アニメ映画「もののけ姫」で描かれた、黒曜石の短剣がカヤからサンに渡ったのは王権がカヤ(タクハタチヂヒメ)からサン(コノハナサクヤヒメ)に移譲されたことを表すと結論を出しています。

これを、誓約に登場する女神名に置き換えると次の様に描き治せるでしょう。

画像3:黒曜石の短剣に示された王権の継承(誓約の女神名による)

ちなみに、宗像3女神と呼ばれる次の女神には次のような別名との対応関係があります。

 タギツヒメ=タクハタチヂヒメ=豊玉姫(とよたまひめ)
 タゴリヒメ=アメノウズメ=玉依姫(たまよりひめ)
 イチキシマヒメ=木花開耶姫(このはなさくやひめ)

私も古代の様子を見た訳ではないので、実際どうかは分かりませんが、多くの歴史的事実を作品内に巧妙にプロットしている宮崎駿監督の手腕を考えれば、やはり黒曜石の短剣が王権継承の証として用いられた史実はあるのだろうと考えられるのです。

さて、誓約では剣が3つに折られた、それが意味するのは、

 王位継承権が3人の姫に割り当てられた

ということだと解釈できるのですが、この権利が順番に行使されれば特に問題はないものの、もしも王の在位中に、女王が有するこの権利を強引に行使したら(させられたら)どうなるのか?

それこそが、秀真伝(ほつまつたえ)が伝える二王朝並立時代であり、また彦火火出見(八咫烏)による姫の強奪ではないかと私は見ているのです。

おそらく、王権を巡って大変な時代がこの時始まったのでしょう。


管理人 日月土


誓約(うけい)の暗号 ー 五人と三人

日本神話の誓約(うけい)に関する考察をこれまで3回に渡って掲載してきました。

 (1) 誓約(うけい)の暗号
 (2)     – 王の系譜 
 (3) – 隠津島姫と3女神 

話が大分複雑になってきたので、今回はこれまでの考察を一旦整理したいと思います。

■誓約で生まれた男神の系譜

(1)の記事では日本書紀に書かれた部分の原文及び訳文を掲載しています。誓約とはどのような内容なのか、改めて確認される場合は(1)を再読してみてください。

この記事での結論は、誓約によって生まれた神「アメノホヒ」とは、秀真伝(ほつまつたえ)に記述された二王朝時代の王「ホノアカリ」(実在王)を指す別名であろうと結論を導いています。

また、(2)の記事では、誓約によって生まれた神々(男神)とは、ホノアカリ王朝に連なる王のことを指し、こちらはニギハヤヒで王統が途絶えているので、それに続く王とは秀真伝でオオモノヌシ皇統とされている、いわゆる出雲系の王統を指すのではないかと、予想して実在王の名前を特定しています。

何よりも、高天原系、出雲系、そして二王朝時代と王統に関する記述が交錯するこの時代の流れを整理することにより、おそらく記紀における誓約とは、次の図1で数字の1~5で示した実在王を暗に指しているのではないかと考えられるのです。

画像1:誓約で生まれた五柱の男神とは誰のことなのか?

この図を見ていただければ分かるように、記紀、そして秀真伝などの史書で女神天照(秀あまてらす:秀真伝では男性王)の次に高天原の王となったとされている「オシホミミ」とは、このように王統図を照らし合わすと、どうやら出雲の王「大国主」(おおくにぬし)」のことを指しているように読めるのです。つまり、現代に残る史書からは大国主の名が現皇室に繋がる皇統の履歴から消されてしまっていると考えられるのです。

実は、大国主とオシホミミが同一人物であると考える方が、ここで扱っている誓約の意味とまさしく合致するのです。

アマテラス(高天原国王)はスサノオ(出雲国王)から王となる男性を受け入れ、スサノオはアマテラスから女王を受け入れる、このようにして両国の平和的合一が達成される、これこそが誓約の本来の意味であったと考えられるのです。

■誓約で生まれた女神の系譜

さて、アマテラスが噛み砕いて噴き出したスサノオの剣からは、3人の女神、いわゆる宗像3女神が生まれることになるのですが、この3女神について述べたのが上述の(3)の記事になります。

同記事に記したように、タコリヒメ、タギツヒメ、イツキシマヒメの誕生順序は記紀の中でも一致せず、更に困惑させるのが、3人の姫神の名前の中に時々「オキツシマヒメ」が混じっており、このオキツシマヒメがこの3人の誰をさすのかが、記述が揺れてはっきりしないのです。

そして更に問題なのが、5人の王に3人の女王という記述が数字の上でアンバランスなことです。しかし、この疑問については以下の図2を見るとことであっさりと氷解するのがお分かりになるでしょう。

画像2:誓約で生まれた三柱の女神とは誰のことなのか?

ここで、これまでの考察で得た次の結論が意味を持ってきます。

 タクハタチヂヒメ=豊玉姫
 アメノウズメ  =玉依姫

上画像の中で「※1」、「※2」で示したキャプションにご注目ください。この記号はそれぞれ1回重複しているのです。つまり3女神とは延べで数えれば5女神となり、数字の上では五柱の男神ときちんと対応しているのです。

ただし、女王の系統は誓約で定められた出雲系の王統ではなく、ニニギ、ヒコホホデミから現在の皇室まで続く皇統へと移っていくのです。

この事実は、王権の継承権は男性ではなく女性が有している、すなわち天皇家は女系によって王権が継承されているということを意味してはいないでしょうか?

そして何より、誓約による国内統一が始まったその矢先に

 誓約破り

の王権継承が始まり、それこそが、史書の記述に僅かに垣間見られる「倭国大乱」や「ハタレの乱」などの国内の大混乱を招いたと、容易に想像できるのです。


* * *

これまで何度も書いてきたので詳細は省略しますが、123便事件が発生した1985年にはメディア表現の中で「猿」が頻繁に表れています。私は、これを猿田彦(さるたひこ)を狙った呪詛と捉えていますが、猿田彦とは、画像1、2で記述するところの「ホノアカリ」の別名なのです。

要するに、古代から続く内乱は現代に至るまでまだ終わっていないと考えるべきなのです。


塩の山 遠き木幡の山想ふ 姫の眼に映るせの影
管理人 日月土

誓約(うけい)の暗号 – 隠津島姫と3女神

今回も、日本神話の誓約について考察します。素戔嗚(すさのお)が噛み砕いて吐き出した御統(みすまる)の玉が、5柱の男神となったという記述についてですが、御統が王統を象徴する用語であること、また、神話とは史実の婉曲であると考えられることから、ここで言う5柱の神とは、実際は古代期における正統な5人の男性王と解釈できるとしました。

秀真伝(ほつまつたえ)では、記紀には記述のない「オオモノヌシ皇統」が記述されていることから、この5人の王とは初代から第四代までの歴代オオモノヌシ、それにニギハヤヒを加えたものというのが、前回記事の結論だったのです。

 御統の5人の王

 (1) オシホミミ   = オオクニヌシ(初代オオモノヌシ)
 (2) アメノホヒ   = ホノアカリ (二代目オオモノヌシ相当)
 (3) アマツヒコネ  = ニギハヤヒ (養子)
 (4) イクツヒコネ  = ミホヒコ  (三代目オオモノヌシ)
 (5) クマノノクスビ = カンクチ  (四代目オオモノヌシ)

ニギハヤヒは別として、どうやら誓約によって決められた古代日本の正統王とは、いわゆる素戔嗚に始まる出雲族の男性たちだったと読めるのです。

そして、神話をこのように解釈した時に初めて、ただの寓話のようにしか聞こえない「出雲の国譲り」・「ニギハヤヒの国譲り」の本来の意図が

 男性王を素戔嗚の血族から輩出するのが国譲りの条件

という、具体的な約定を表していると解釈できるのです。

この場合考えられる当時の社会的背景とは、おそらく高天原国と出雲国による統一王国の誕生だったのではないかと私は予想したのです。

しかし問題なのは、どうして正統王であったはずのオオクニヌシやニギハヤヒの名が、記紀の中では王と記されず、このような神話と言う婉曲的表現でのみその名が残されたか、まさにその点なのです。

■剣から生まれた三柱の女神

さて、誓約五男神の考察が済んだところで、次に女神天照大神が素戔嗚の剣を噛み砕いた時に生まれたとされる三柱の女神について見ていきましょう。

Wikipediaに掲載された誓約の関係図は古事記をベースにしており、宗像3女神(むなかたさんじょしん)とも呼ばれるこの三柱の神は、古事記では次の様に書かれています。

 古事記に書かれた3女神 (*数字は記述された順)

 1. 多紀理毘売(たぎりびめ) *別名:奥津島比売(おきつしまひめ)
 2.市寸島比売(いちきしまひめ) *別名:狭依毘売(さよりびめ)
 3.多岐都比売(たきつひめ)

日本書紀の場合は微妙に神名の表記が異なりますが、これを書き出すと次の様になります。

 日本書紀(本文)に書かれた3女神 (*数字は記述された順)

 1.田心姫(たこりひめ)
 2.湍津姫(たぎつひめ)
 3.市杵嶋姫(いつきしまひめ)

ここでちょっとだけ疑問が生まれます。古事記と日本書紀の間で2.と3.の記述順が異なっているのも少し気にはなるのですが、何よりも、誓約で生まれた五柱の男神が、実在したであろう5人の王を指しているとするなら、どうして女王は三人しか記述がないのでしょうか?

その他、日本書紀にはこの誓約神話には3つの一書(あるふみ)が併記されており、そこには次の様に書かれているのです。

一書1
 1.オキツシマヒメ
 2.タギツヒメ
 3.タコリヒメ

一書2
 1.イチキシマヒメ
 2.タコリヒメ
 3.タギツヒメ

一書3
 1.オキツシマヒメ *別名:イチキシマヒメ
 2.タギツヒメ
 3.タギリヒメ

どうやら、どの史書も三柱の神名はほぼ共通なのですが、その記述順に一貫性はないようです。

そして、これらを眺めて気になるのが「オキツシマヒメ」という姫神の別名で、3編の一書を見比べる限り、「イチキシマヒメ = オキツシマヒメ」という等式が成立ちそうなのですが、古事記の記述では「タギリヒメ = オキツシマヒメ」とあり、既にここで矛盾が生じてしまうのです。

ちなみに、秀真伝では大国主の王妃は「オキツシマヒメ」とされており、冒頭で述べた様に大国主とは誓約に記述された男性王「オシホミミ」と同一人物であると考えられることから、ここに

 オシホミミ(男王) === オキツシマヒメ(女王)

となり、少なくとも誓約に書かれた男女1組の国王のペアがここに完成することになるのです。

また、これまでの過去記事で考察してきた以下の結果を適応すると

 オシホミミの王妃 = タクハタチヂヒメ

 タクハタチヂヒメ = 豊玉姫

          ↓

 オキツシマヒメ = タクハタチヂヒメ = 豊玉姫

となり、少なくとも大国主の王妃が誓約に記述された宗像3女神(タコリヒメ、タギツヒメ、イチキシマヒメ)の中の誰かだということが予想されるのです。

■木幡山穏津島神社

この3女神の素性を調べるべく、今年の6月に福島県二本松市にある木幡山隠津島神社へ出かけて来ました。

画像1:木幡山穏津島神社

この神社の御祭神は今回取り上げた宗像3女神なのですが、案内版によると神社の社名ともなった穏津島姫(おきつしまひめ)とは、日本書紀の一書群に見られるような「オキツシマヒメ=イチキシマヒメ」と言う説を採用しているようなのです。

しかし、オキツシマヒメが本当にイチキシマヒメのことを指すのかはまだ確定しておらず、これについてはもう少し考察を続ける必要がありそうです。


管理人 日月土

誓約(うけい)の暗号 – 王の系譜

前回の記事「誓約(うけい)の暗号」では、日本神話における名場面の一つ「誓約」(うけい)について紹介し、そこで使われたキーワード「御統」(みすまる)の意味的解釈から、スサノオ(素戔嗚)がアマテラス(天照大神)の御統の玉を噛み砕いて生まれたアメノホヒ(天穂日命)なる神様が、史実として誰を指すのかを考察しました。

何度も強調して申し訳ありませんが、私は日本神話とは実際にあった史実をデフォルメしたものであると考えており、政治的な理由で事実そのままを書き残せなかった史書編纂者が、超人かつ超常的な物語(ファンタジー)を通して何とか後世に知る限りの事実を伝えようとした、いわば「暗号の書」であると見ています。

アメノホヒの解釈はそこから生まれたものなのですが、御統の玉からは5柱の神様、あるいは5人の男性王が誕生しており、今回はその5人の王が誰なのかについて考察したいと思います。

なお、この考察はメルマガ130号の記事解説に掲載した文章を、改めて加筆修正したものであることをお断りしておきます。

■御統から生まれた五柱の男神

まずは、前回の記事で掲載した誓約の関係図をご覧になってください。

画像1:誓約の関係図(Wikiペディア)

ここから、天照大神の御統の玉を素戔嗚尊が噛み砕き噴き出した時に生まれた五柱の男神を、以下に列記します。

 (1) オシホミミ(正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊)
 (2) アメノホヒ(天穂日命)
 (3) アマツヒコネ(天津彦根命)
 (4) イクツヒコネ(活津彦根命)
 (5) クマノノクスビ(熊野櫲樟日命)

また、オシホミミとその後に続く王位の継承は、秀真伝(ほつまつたえ)によると次の様に二王朝並立時代へ移行したことになっています。

画像2:二王朝時代への変遷(秀真伝)

画像2を見る限り、オシホミミはニニキネ(瓊瓊杵尊)とホノアカリの二人の王に王位を継承したように見えますが、ニニキネについては記紀にも王位継承者として明記されており、敢えて王として別名で表記する必要がありません。ここから、前回お伝えしているようにアメノホヒとは、記紀から名前を消された側のホノアカリ王、あるいは別名サルタヒコ(猿田彦)を指すと考えられるのです。

すると、他の4柱の神についても、「御統から生まれた」と表現されていることから、そのモデルとなった実在人が、おそらく古代王の地位に就いた人物であったと予想されるのです。

秀真伝によると、画像2から分かるように、二王朝並立後のホノアカリの次の王はニギハヤヒ(饒速日命)とあり、それを単純に適用すると

 (3) アマツヒコネ = ニギハヤヒ

であろうことが、容易に割り出せます。

ちなみに、ニギハヤヒはホノアカリの養子であると秀真伝ではわざわざ言及していますが、この時代の王権移譲は女系によって行われていたと考えられるため、血の繋がった息子だからといって次代の王になったとみなすことはできない、むしろ(婿)養子が当たり前なのです。

これは、ニギハヤヒの出自がかなり特殊であることを意味しているのですが、それについては別途取り上げなくてはならないと考えています。

さて、問題なのはニギハヤヒ以降の王位継承者であり、秀真伝にはそれについて名が記載されていません。一応、記紀にはニギハヤヒの子にはアマノカグヤマ(天香山命)、ウマシマジ(宇摩志麻遅命)の二人の息子が居ることになっていますが、前述の理由から、息子に王位が譲位された保証はないのです。

ここで、しばらく考えが止まってしまったのですが、そういえば、ホノアカリにはアヂスキタカヒコネ(味耜高彦根神)という別名があったことを思いだしました。

アヂスキタカヒコネとは、秀真伝では古代皇統オオモノヌシ(大物主)の初代王、オオクニヌシ(大国主命)の息子の一人とされています。

二代目オオモノヌシはコトシロヌシ(事代主命)となっているのですが、本来ならば二代目に就くのはアジスキタカヒコネだったのではないかと、過去のブログ記事では述べています。

つまり、アヂスキタカヒコネ(=ホノアカリ)とは秀真伝が記述するところのオオモノヌシ皇統に連なる王であり、誓約に登場する他の無名の神も、同じオオモノヌシ皇統の王であったのではないかという推察が成立するのです。

画像3:秀真伝に記述されたオオモノヌシ皇統

画像3から、オオモノヌシ皇統の三代目以降の皇位継承者は

 三代目オオモノヌシ: ミホヒコ
 四代目オオモノヌシ: カンクチ

と記述されており、仮に、アヂスキタカヒコネを二代目オオモノヌシ相当と見れば、訳ありのニギハヤヒを一回挟んで

 (4) イクツヒコネ  = ミホヒコ
 (5) クマノノクスビ = カンクチ

と置き換えることも可能です。

この考え方には、実は重要な意味が込められており、秀真伝で言う所のオオモノヌシ皇統とは、実は

 ホノアカリ王朝の系統を表している

のではないか、つまり、これこそが秀真伝が婉曲的に伝えようとしていたホノアカリ王朝の実態だったのではないかと思えてならないのです。

ここまでの考察から5人の王の名を一旦整理すると次の様になります。

 (1) オシホミミ   = 〇〇〇
 (2) アメノホヒ   = ホノアカリ(二代目オオモノヌシ相当)
 (3) アマツヒコネ  = ニギハヤヒ(養子)
 (4) イクツヒコネ  = ミホヒコ (三代目オオモノヌシ)
 (5) クマノノクスビ = カンクチ (四代目オオモノヌシ)

■オオクニヌシ(大国主)は日本の王であった

これまでの考察を更に推し進めると、実はたいへん重大な考えに到達します。画像3から上述した〇〇〇に当てはまるのは、もうこの人しかいません、それは初代オオモノヌシである

 オオクニヌシ(大国主命)

なのです。また、画像2と画像3の対比から

 (1) オシホミミ = オオクニヌシ

が更に導けるのです。

記紀に記述された有名な神話の中に、「出雲の国譲り」というものがあり、ご存知の方も多いでしょう。出雲の王である大国主に国を譲り渡せと高天原の神々が持ち掛けるという有名なストーリーなのですが、その国譲りの実態がどうであったのか?私は、その実際的な交渉条件あるいは契約内容こそが、誓約(うけい)に書かれたものであり、それならば、現実的な取引(ディール)として合点が行くのです。要するに

 男性王は素戔嗚(出雲系オオモノヌシ)の一族から出すのが条件

というものだったと考えられるのです。

このような交換条件が成立するには、この国の王権継承が女系よって行われており、実質的な王権のオーナーは皇后を輩出する高天原の一族が握っていたからこそ可能だった、そう考えられるのです。

これが正しいとするならば、一国の王が呑気に国を譲り渡したとする「出雲の国譲り」の実態や、どうして秀真伝が「オオモノヌシ皇統」の系譜をわざわざ書き残したのか、その意味がより明確になるのです。

誓約とは、本来ならば出雲国と高天原国(仮称)の統一国家建設の取り決めだったはずなのに、誓約によって王となったのは最初のオシホミミ(=オオクニヌシ)だけで、ホノアカリ以降の王は記紀から抹殺されてしまい、何故か瓊瓊杵尊から現代に続く王朝だけが記紀に残されるようになってしまったのです。

ここに、秀真伝が伝える「ハタレの乱」、魏志倭人伝が伝える「倭国大乱」など、古代日本に起こったとされる大きな内乱の片鱗とその理由までもが見えてくるのです。

すると、この問題は現代日本に住む私たちにも無関係でないことに気付きます。

 今の天皇家は誓約を反故にしているのではないか?

歴史に基づいて日本と言う国家を考えるなら、この誓約問題を有耶無耶にしたままでは済まされないと私は思うのです。


管理人 日月土

誓約(うけい)の暗号

前回の記事「二人の姫を巡る探訪(その三)」の中で、千葉県旭市にある雷神社の主祭神が「天穂日命」(あめのほひのみこと)であることに触れました。

掲載直後に配送したメルマガの中では、アメノホヒが如何なる神、そして、現実人としては具体的に誰のことを指すのかを私なりに考察した結果をお知らせしています。

これを読み解くには、日本神話の有名なシーン、天照大神(あまてらすおおかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約(うけい)の意味を、一種の暗号文として再解釈する必要があり、二柱の神が取り交わした約束事が具体的にどのような内容を指すのか、他の史書との比較の中でを改めて考察する必要があります。

今回はその点に注力してみましょう。

■誓約シーン(日本書紀)

日本神話の誓約と言っても、そもそも史書にどのように書かれているのかを知らないと話になりませんので、ここではまず、日本書紀の記述を考察の叩き台として引用したいと思います。

話の前段として、高天原(たかあまのはら)に登ってくる弟の素戔嗚を、何か良くない意図、例えば高天原を奪おうとしているのではないかと天照大神は警戒します。すっかり身構えた状況の中で、天照大神は素戔嗚にその用向きを伺うのですが、それに素戔嗚が答えるところから引用部分が始まります。

まずは前段とその訳文です。

 素戔嗚尊対へて日はく、「吾は元黒き心無し。但し
 父母已に厳しき勅有りて、永に根国に就りなむとす。
 如し姉と相見えずは、吾何ぞ能く敢へて去らむ。是
 を以て、雲霧を跋渉み、遠くより来参つ。意はず、
 阿姉翻りて起厳顔りたまはむといふことを」とのた
 まふ。時に、天照大神、復問ひて日はく、「若し然
 らば、将に何を以てか爾が赤き心を明さむ」とのた
 まふ。対へて日はく、「請ふ、姉と共に誓はむ。(夫
 れ誓約の中に、誓約之中、此をば宇気譬能美儺箇と云
 ふ。)必ず当に子を生むべし。如し吾が所生めらむ、
 是女ならば、濁き心有りと以為せ。若し是男ならば、
 清き心有りと以為せ」とのたまふ。是に、天照大神、
 乃ち素戔嗚尊の十握剣を索ひ取りて、打ち折りて三段
 に為して天真名井に濯ぎて、𪗾然に咀嚼みて、(𪗾然咀
 嚼、此をば佐我弥爾加武と云ふ。)吹き棄つる気噴の
 狭霧吹棄気噴之狭霧、(此をば浮枳于都屢伊浮岐能佐擬
 理と云ふ。)に生まるる神を、号けて田心姫と日す。次
 に湍津姫。次に市杵嶋姫。凡て三の女ます。

 岩波文庫 日本書紀(一) 神代上

 素戔嗚尊が答えていわれるのに、「私ははじめから汚い
 心はありませぬ。ただすでに父母の厳命があって、まっ
 すぐ根の国に行くつもりです。ただ姉上にお目にかかり
 たかっただけです。それで雲霧を踏み分けて、遠くから
 やってきました。思いがけないことです。姉上の厳しい
 お顔にお会いするとは」と。

 すると天照大神がまた尋ねられ、「もしそれなら、お前
 の赤い心を何で証明するのか」と。答えていわれる。
 「どうか姉上と共に誓約しましよう。誓約の中に、必ず
 子を生むことを入れましょう。もし私の生んだのが女だっ
 たら、汚い心があると思って下さい。もし男だったら清
 い心であるとして下さい」と。

 そこで天照大神は、素戔鳴尊の十握の剣を借りて三つに
 折って、天の真名井で振りすすいで、カリガリと噛んで
 吹き出し、そのこまかい霧から生まれ出た神を、名づけ
 て田心姫(たごりひめ)といった。次に湍津姫(たぎつひ
 め)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。皆で三柱の神であ
 る

 講談社学術文庫 日本書紀(上) 宇治谷孟訳

素戔嗚の提案とは、「お互いの持ち物を交換し、それを噛み砕いて生まれた子の性別で自身の潔白さを証明してみましょう」という、何とも奇妙なものですが、神話にしてしまえば、そんな奇天烈な話であろうと何でもありということでしょうか。私が関心があるのは、字面そのものの意味ではなく、このような言葉の応酬を通して、書紀編集者がどのような符号を紛れ込ませているのか、まさにそこなのです。

なお、田心姫、湍津姫、市杵嶋姫は宗像三女伸として広く知られている神様なのはご存じの方も多いでしょう。

続いて後段部分です。

 既にして素戔鳴尊、天照大神の髻鬘及び腕に纏かせる、
 八坂瓊の五百箇の御統を乞ひ取りて、天真名井に濯ぎ
 て、𪗾然に咀嚼みて、吹き棄つる気噴の狭霧に生まるる
 神を号けまつりて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊と日す。次
 に天穂日命。是出雲臣・土師連等が祖なり。次に天津彦
 根命。これ凡川内値・山代直等が祖なり。次に活津彦根
 命。次に熊野櫲樟日命。凡て五の男ます。是の時に、天
 照大神、勅して日はく、「其の物根を原ぬれば、八坂瓊
 の五百箇の御統は、是吾が物なり。故、彼の五の男神は、
 悉に是吾が児なり」とのたまひて、乃ち取りて子養した
 まふ。又勅して日はく、「其の十握剣は、是素戔嗚尊の
 物なり。故、此の三の女神は、悉に是爾が児なり」との
 たまひて、便ち素戔鳴尊に授けたまふ。此則ち、筑紫の
 胸肩君等が祭る神、是なり。

 岩波文庫 日本書紀 神代(上)より

 素戔嗚尊は、天照大神がみずらと腕に巻いておられた、
 八坂瓊(やさかに)の五百箇(いおつ)の御統(みすまる)を
 乞われて、天の真名井で振りすすぎ、カリカリ噛んで噴
 き出し、そのこまかい霧から生まれた神を、名付けて正
 哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまの
 おしほみみのみこと)という。次に天穂日命(あまのほひの
 みこと) ーこれは出雲土師連の先祖であるー 次に天津彦
 根命(あまつひこねのみこと) ーこれは凡川内直・山代直
 らの先祖であるー 次に活津彦根命(いくつひこねのみこ
 と)。次に熊野櫲樟日命(くまののくすびのみこと)。皆で
 五柱の男神である。このとき天照大神がおっしゃるのに、
 「その元を尋ねれば、八坂瓊の五百箇の御統は私の物であ
 る。だからこの五柱の男神は全部私の子である」と。そこ
 で引取って養われた。またいわれるのに、「その十握の剣
 は、素戔鳴尊のものである。だからこの三柱の神はことご
 とくお前の子である」と。そして素戔嗚尊に授けられた。
 これが筑紫の胸肩君らがまつる神である。

 講談社学術文庫 日本書紀(上) 宇治谷孟訳

素戔嗚は「自分が生み出した子が男だったら自分は潔白である」と言ってたのですから、天照大神の御統(みすまる)を噛み砕いて見事に5人の男神を誕生せしめたことで、この誓約は成立したことになります。

ここで、新たに誕生した3人の女神、5人の男神の名前と、誕生の経緯を改めて図に落としてみましょう。と思ったら、Wikiにちょうど意図した図解が掲載されていたので、ここではそれを引用したいと思います。

なお、Wikiの場合は日本書紀ではなく古事記を元に作図してあるようですが、大きな違いは見当たらないので、そのままを掲載したいと思います。

画像1:誓約の関係図(Wikiペディア)

■アメノホヒとは誰か

さて、ここでいよいよ登場するのが、冒頭で紹介した雷神社の主祭神であるアメノホヒ(天穂日)なのです。この神様は記紀の中ではここでしか登場しないのですが、アメノホビの前に生まれたオシホミミ(忍穂耳)は、秀真伝の中では、男性王アマテルカミ(本来の天照大神か?)の次の王として登場しているのです。

しかも、図1では玉と簡略化されている「御統(みすまる)の玉」ですが、そもそも御統とはその字の示す通り

 王統

を表すものなのです。要するに、玉に穴を空け紐で繋げる形状が、歴代の王が脈々と続いていく様を表していると見立てられているのです。

秀真伝では、オシホミミは神話の神ではなく、古代に実在した王として書かれており、当然ながら御統(=王統)の一つと表現されるにふさわしいのですが、アメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、そしてクマノクスビが天照級の格上の神や歴代王として記紀や秀真に書かれた形跡はありません。

但し、「御統」と称された神様が記紀中に他にも存在しているのです。それは書紀の神代上に記述された次の歌を見れば一目瞭然です。

  あもなるや おとたなばたの うながせる 
  たまのみすまるの あなだまはや 
  みたにふたわたらす あぢすきたかひこね

これは神話の神アヂスキタカヒコネに向けて詠まれた歌で、「玉の御統」とはっきり表現されている上に「みたにふたわたらす」と幾つもの谷をまたいで栄光をとどろかすと、実に最大級の賛辞が贈られているのです。

本ブログを何年も読み続けられている読者ならば、アヂスキタカヒコネが別の神名の別称であることを覚えておられるかもしれません。それは

 火明命(ほのあかりのみこと)

なのです。

ホノアカリとは、秀真伝ではオシホミミの次に即位する王なのですが、面倒なことに、オシホミミの次の王にはニニキネ(=瓊瓊杵尊:ににぎのみこと)も即位しており、ここに

 二王朝並立時代

が生まれたとされています。

画像2:二王朝時代への変遷(秀真伝)

もちろん、記紀にはホノアカリ王朝があったなどとは書かれておらず、私の分析では、この王は名前を幾つも変えられて、色々な場面で登場します。以下にその名前を書き出してみると

 アヂスキタカヒコネ
 アメワカヒコ
 サルタヒコ

となり、サルタヒコ(猿田彦)はニニキネ(瓊瓊杵)の天孫降臨を案内した神としてよく知られていますが、別称のアヂスキタカヒコネは前述のように最大級の賛辞を受けた神、アメワカヒコは返し矢に討たれて死んだ、アヂスキタカヒコネのそっくりさんとしてエピソード的に記紀には記述されています。

つまり、非常に重要な王でありながら、日本の正史とされる記紀からはその名前が殆ど除外されてしまった古代王であったと考えられるのです。

すると、この誓約の場面で素戔嗚によって噛み砕かれた御統の玉から「オシホミミの次」に生まれた男神、すなわち男性王「アメノホヒ」とは

 ホノアカリ(火明命)

あるいは、サルタヒコ(猿田彦)を指していると窺い知れるのです。

ここで、前回の記事に掲載した以下の地図を再度見ていただきたいのですが、雷神社と猿田神社が高台の上に互いに近く建てられているのがお分かりになるでしょう。

画像2:雷神社(主祭神:天穂日)と猿田神社(主祭神:猿田彦)

何てことはありません、神名は違えど、どちらの神社もホノアカリ王(火明命)が本来の祀る対象なのですから。そして、この地図に描かれた同地一帯が正史から名を消された王朝、火明王朝と非常に縁が深い土地であることも、ここから見えてくるのです。

* * *

今回はここまでとしますが、画像1の誓約のチャート図をよく見ると、他にも正史から消された古代史の秘密が浮かび上がってきます。なるほど、昔の人は良く考えたものだな、「事実を語らずして語るのが神話である」と一人で合点しているのですが、次回以降も、誓約についてその分析結果を提示して行きましょう。


管理人 日月土