下照姫を巡る史書の暗号

先日、遺跡の発掘をされている歴史研究家のG氏とお会いし、日本書紀や古事記、また秀真伝(ホツマツタエ)や先代旧事本紀(センダイクジホンギ)の間で、どうして同一事象の記述が異なるのかについて話をする機会がありました。

こういう疑問が出てくるのも、これらの史書と呼ばれるものが書かれたのは大体同時期であり、おそらく、各史書の執筆者たちは同じ文献・資料を見ているはずですし、お互いに意見を交わしていたとも考えられるからです。

これについて、G氏は次のように答えます。

「やはり、権力機構(朝廷)に関わる各家にとって、都合の悪いことは残したくなかったからでしょう。そのような利害の不一致が、統一史書の完成を阻んだと考えられます。」

利害関係者の都合によって複数の史書が書かれた。この考え方は特に異質ということもなく、むしろ一般的には受け入れ易い説とも言えます。少なくとも私が考えている、より計画的かつ積極的な「歴史隠蔽政策」に従ったものという説よりは穏やかであると思います。どちらにせよ、何かの利害衝突・利益誘導が複数の史書を生み出す原因となったのでしょう。

例えば、ある美田があり、その所有権の発生が何によるかと争いになった時、証文がない限り過去の伝承だけが頼りです。誰もがその美田を欲しているなら、己の主張に都合のよい伝承を探し出すでしょうし、都合が悪ければ無かったことにするでしょう。また、必要に応じて話自体をでっちあげるかもしれません。

そんな政争の中で史書を作れと言われた編集者や執筆者は、さぞかし辛い立場に置かれたのだろうと容易に想像できます。それでも最後まで調整がつかずに、最終的に複数の史書バージョンが誕生したのだろうということです。

この中で、特に面倒の多い上代の出来事については、「神話」という超自然界の出来事に置き換えてしまうというかなりの荒業を用いて、人の歴史から切り離してしまったのが記紀や先代旧事本紀であり、神話化させないで割とそのままの話を残しているのが秀真伝であると考えることができます。

こうなると、全ての史書が「偽書」であるとも言えてしまうのですが、私は当時の史書編集者や執筆者がそこまでプライドを捨てたとは考えていません。各家の利害を尊重しつつ、それでもできるだけ正確な史実を残そうとしたのが、実はこの「複数史書戦略」だったのではないかと考えているのです。以前から私が「記紀は暗号の書」と言っている所以です。

ですから、各史書で記述が大きく異なる時は、それは「この部分に注意!」と言う、当時の執筆者からの重要サインであると捉えるのです。そうなると、ここ数回の記事で扱ってきた「もののけ姫」に関わる一連の解釈は、実は上代(神武天皇以前)における歴史的重大事件に触れていると見なければなりません。

 ※これまでの関連記事:
  ・第一話 愛鷹山とアシタカ 
  ・第二話 もののけ姫と獣神たち 
  ・第三話 犬神モロと下照姫 

■再確認:史書により違う下照姫

これまでの話の経緯から、それぞれの史書における、天稚彦(アメワカヒコ)、味耜高彦根神(アチスキタカヒコネ)、下照姫(シタテルヒメ)他の登場人物の関係を、下照姫にフォーカスしてもう一度系図に整理してみたいと思います。

画像1:「日本書紀」における下照姫を巡る系図
画像2:「古事記」における下照姫を巡る系図
画像3:「秀真伝」における下照姫を巡る系図

上記系図をご覧になれば分かるように、下照姫さんの血縁・婚姻関係がそれぞれの史書によって異なります。

冒頭でも述べたように、これらの執筆者は基本的に同じ資料や伝文情報を目にしていると考えられるので、そうでありながら本人確認の最も大事な情報とも言える血縁・婚姻関係の取り方がここまで異なるのは、まさに尋常ではないと言えます。

この3者3様の異なる記述の中にこそ、当時の史書執筆者が伝えたかった真の史実が巧妙に隠されていると考えられるのですが、残念ながらその解読は今回の記事の掲載に間に合いませんでした。というより、現時点ではさっぱり分かりません。

そこで、読者の皆さんにも一緒に考えて頂きたいのですが、この系図の他に史実解読のヒントになりそうな記述をここでもう一度確認します。

 (1)アチスキタカヒコネを讃え怒りを解く歌が詠まれていること(3書共通)
 (2)アチスキタカヒコネとアメワカヒコの容姿が似ていること(3書共通)
 (3)アメワカヒコは返し矢で亡くなっていること(3書共通)
 (4)シタテル、タカテルと「テル」の付く二人の姫が登場すること(秀真伝)
 (5)アマテラスに「シタテルヒメ」と同名の妹がいたこと(秀真伝)
 (6)オオクニヌシの妻はハタレの乱の当事者ハヤコとアマテラスの娘(秀真伝)

なお、前回の記事で「秀真伝に登場する二人の下照姫は同一人物ではないか?」という私の推測をご紹介しましたが、アマテラスの妹となれば、アチスキタカヒコネの代からみると祖父の代となり、親子の年齢差がそれほど高くない時代とはいえ、それでも30歳くらいは年が離れると考えられます。

それくらい上の代の女性を、妹や妻として表現するのはさすがに無理があるのではないかとの考えに今では至っています(実際はどうか分かりませんが)。むしろ、同じ「テル(照)」の字を名前に持つ下照姫と高照姫の関係を調べた方が、アマテラス(天照)との関係解明に近づけるのではないかと思われるのです。

おそらく、この辺謎を解き明かすことにより、神話化された上代史の中で、何故アマテラス(天照)が女神化されることになったのか、その理由がはっきり見えてくるのではないかと期待されるのです。

■茂侶神社調査報告

前回の記事を書き終えた後の3月上旬、千葉県松戸市にある茂侶神社、そして流山市にある2つの神社を現地まで調査に行きました。

それぞれ別の日に訪ねたのですが、両日とも尋常ならざる現象に出くわしたのです。それについての報告は、明日配信のメルマガで詳しくお伝えしたいと思います。ブログで書いても信じて下さる方は少ないと思われますので。

画像4:茂侶神社(千葉県松戸市)
現地の最寄り駅に着いた時に暴風雨にたたられ、引き返すつもりでしたが、その後雨風は弱まり、薄暗い中なんとか現地に辿り着きました。思った通り、この辺で一番の高台に社が築かれており、近隣の遺跡と合わせこの土地の成り立ちに興味が惹かれます。ここで撮影した数枚の写真を眺め直した時にそれに気付きました。
画像5:茂侶神社(千葉県流山市)
松戸の時とはうって変わって好天に恵まれました。広々とした台地に築かれた社ですが、何か隠し事の多い雰囲気が周辺に漂っていました。そんな不穏な思いが的中したのか、ここでは思わぬ歓迎を受けたのですが、その話にはさらに後日譚があります


誰や知る 三輪野の山の 矛先は 長柄求めむ 玉前の崎
管理人 日月土

犬神モロと下照姫

※この記事は、次の2つの記事の続編となります
 ・第一話 愛鷹山とアシタカ 
 ・第二話 もののけ姫と獣神たち

前回、映画もののけ姫に登場する獣の神、「乙事主」と「モロ」の古代史モデルを追っていく中で、次のような系図(秀真伝によるもの)に辿り着きました。

画像1:もののけ姫に登場した獣神のモデル
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

犬神のモロのモデルはどうやら、出雲皇統オオモノヌシの2代目世代、画像1の赤枠内の人物の誰かではないかと予想したままでしたが、今回はこの中の人物について考察します。

この中にあるアジスキタカヒコネとは日本書紀で記述するところの「味耜高彦根」と同一であることは特に異論がないかと思います。

味耜高彦根が日本書紀に登場する記述は少ないのですが、そのシーンがいわゆる「天稚彦(あめわかひこ)」の一節であり、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の天孫降臨に到る神々の物語の中において、私も以前から何やら唐突で奇異に感じるエピソードだと思っていました。

天稚彦は行いの悪い国津神たちを平定するために、武器を持たされて高天原(たかあまはら)から地上に下されるのですが、なかなかその報告が帰ってきません。そこで、高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の命令で様子伺いに天から雉が向かうのですが・・・

私が呪術用語としてよく使う「返し矢」の概念も、実はこの下りの中に記述されています。まずは日本書紀からその該当部分を読んでみましょう。今回は同部分の現代語訳文を引用します。

このとき、高皇産霊尊は、その使者たちが、長く知らせてこないのを怪しんで、無名雉を遣わして伺わされた。雉は飛び降って、天稚彦の門の前に立っている神聖な桂の木の梢にとまった。


そのとき天探女が見つけて、天稚彦に告げて、「珍しい鳥が来て桂の梢に泊まっています」といった。

天稚彦は、高皇産霊尊から頂いた天鹿児弓・天羽羽矢をとって、雉を射殺した。その矢は雉の胸を通りぬけて、高皇産霊尊のおいでになる御前に届いた。

高皇産霊尊はその矢をご覧になられて、「この矢は昔、私が天稚彦に与えた矢である。血が矢についている。きっと国神と闘ったのだろう」と。その矢を折り返して、投げ降ろされた。その矢は落ち下って、天稚彦の胸に当たった。
天稚彦は新嘗の行事の後で、仰臥していたところであったので、矢に当たり立ちどころに死んだ。

これが世の人が所謂射かけた矢が相手に拾われて、射返されるとこちらがやられる、と言って忌むこととする言われである。

天稚彦の妻下照姫は、泣き悲しんでその声が天まで届いた。

この時天国魂の神はその泣き声を聞いて、天稚彦がもう死んだことを知って、疾風を送って屍を天にあげ送らせた。

そこで喪屋を作って殯の式をした。川雁を持傾頭者(ききりもち)と持帚者(ははきもち)として雀を舂女(つきめ)とした。そして八日八夜泣き悲しみしのんだ。

これより先、天稚彦が葦原中国にいた時、味耜高彦根神と仲が良かった。それで味耜高彦根神は、天にのぼって喪をとむらった。

この神の顔かたちが、天稚彦の生前の有様によく似ていた。それで天稚彦の親族妻子は皆、「わが君はまだ死なないで居られた」と衣の端を捉えて喜び泣いた。

すると味耜高彦根神は憤然として怒り「朋友の道としてお弔いすべきだから、けがれるのもいとわず遠くからお悔やみにやってきた。それなのに私を死人と間違えるとは」といって腰に差していた大きな刀を抜いて、喪屋を切り倒した。

これが、下界に落ちて山となった。美濃国藍見川の川上にある喪山がこれである。世の中の人が生きてる人を死んだ人と間違えるのを忌むのはここからきている。

引用元:講談社学術文庫 宇治谷孟訳「日本書紀」巻第二神代下より

記紀やその他の史書を、記述のまま受け入れてはいけないというのが、私の基本姿勢ですが、ここの一節には何故か史書毎に混乱が多く、ますます気を付けなければいけません。上述の書紀本文を読む限りは

 天稚彦と下照姫は夫婦である -①

ということになっています。ところが、書紀の一書には、本文とほぼ同内容なのではありますが、次のような後段が付け加えられています。

時にこの味耜高彦根神は、よそおいうるわしく輝き、二つの丘・二つの谷の間に照り渡るほどであった。それで喪に集まった人が歌を詠み、―― あるいはいう、味耜高彦根神の妹、下照姫が集まった人たちに、岡や谷に照り渡るものは味耜高彦根神であることを知らせようとして詠んだともいう。
 アメナルヤ、オトタナバタノ、ウナガセル、タマノミスマルノ、アナタマハヤ、
 ミタニフタワタラス、アヂスキタカヒコネ。
 (天にいる弟織女が頸にかけている玉の御統 ―― その御統に通してある穴玉は
  大変美しいが、それは谷二つに渡って輝いている味耜高彦根神と同じである)


また歌っていう。
 アマサカル、ヒナツメノ、イワタラスセト、イシカハカタフチ、カタフチニ、
 アミハリワタシ、メロヨシニヨシヨリコネ、イシカハカタフチ。
 (夷つ女が瀬戸を渡って魚をとる。石川の片淵よ。その淵に網を張り渡し、
  網の目を引き寄せるように、寄っておいで石川の片淵よ)
この二つの歌は、いま夷曲(ひなぶり)と名付けている。

引用元:同上

ここでは、あくまでも諸説の中の一説となってはいますが、下照姫が味耜高彦根神の妹として登場し、天稚彦の妻子とは別人の扱いになっています。味耜高彦根神に向けて歌った歌もひたすら兄を讃えるのみで、とても兄の親友が死去し喪に服したばかりの状況とは思えません。

もうすでに訳が分からなくなったので、今度は古事記を開いてみます。古事記にも同様に「天若日子」、「阿遅鉏高日子根神」、「下照比売」として登場します。

天若日子と下照比売が夫婦であることは書紀本編と同じなのですが、困ったことに、天若日子は天津国玉神(あまつくにたま)の子、そして下照比売が大国主の娘であると記載されているのです。

秀真伝では大国主(オホナムチ)の娘にシタテルヒメなる娘は存在していませんが、もしも大国主の娘なら、書紀の一書にある「味耜高彦根神と下照姫は兄妹」という記述には整合してきます。

そして、上述の書紀から引用した最初の和歌は、古事記では阿遅鉏高日子根神の妹である高比売命(たかひめのみこと)が献上したことになっているのです。ちなみに秀真伝ではアヂスキタカヒコネの妹にタカテルヒメがおり、これだと秀真伝の記述に合致するという奇妙なことが起きるのです。

ここで既に、日本書紀・古事記・秀真伝の記述の間に齟齬というか系図の混乱が見られるのです。参考までに、秀真伝ではこの伝承をどのように記述しているか、その現代カタカナ表記を以下に掲載します。

カミハカリ ツカワスヒトワ
アマクニノ アメワカヒコト <天稚彦
キワマリテ タカミムスヒガ
カコユミト ハハヤタマヒテ
ムケシムル コノカミモマタ
マメナラス タカテルヒメオ <タカテルヒメを娶る
メトリツツ アシハラクニオ
ノラントテ ヤトセフルマテ

カエラネワ ナナシノキギス
トイクタス アメワカヒコガ
カドノマエ カツラノスエニ
シワザミテ ホロロホロロト
ナクオキキ サクメガツゲニ
ナモナクテ アメオナクヤト
ワカヒコガ ハハヤオイレハ <羽羽矢を射る
ムネトホリ トビテタカミノ

マヘニオチ ケンケンモナク
チノハハヤ タカミムスビワ
コレオミテ トガムカエシヤ <返し矢で天稚彦が死ぬ
ワカヒコガ ムネニアタリテ
ウセニシオ カエシヤオソル
モトオリヤ タカテルヒメノ
ナクコエノ アメニキコエテ
タラチネノ ハヤヂニカバネ

ヒキトリテ モヤオヅクリテ
カリモカリ オクルカワカリ
キサリモチ ニワトリハキシ
ススメイヰ ハトワモノマサ
ササキミソ トビユフマツリ
カラスツカ ヤヒヤヨイタミ
モオツトム タカテルノアニ <味耜高彦根はタカテルヒメの兄
タカヒコネ アメニノホリテ

モオトエワ コノカミスガタ
ワカヒコニ ウルリワケヱズ
シムノモノ キミワイケリト
ヨチカカリ ヤホタマユラト
タトフトキ イカルアチスキ
タカヒコネ トモナリワコソ
オチニトフ ワレオナキミニ
アヤマツワ アラケガラシヤ

ハラタチト モヤキリフセル
アオハカリ サケテカントオ
サラントス ムカシナカヤマ
ミチヒラク カナヤマヒコノ 
マゴムスメ シタテルオクラ <シタテルオクラとある
タカヒコノ イカリトカント <オクラはカナヤマヒコの孫娘
ミチカウタ ヨミテサトセリ

アメナルヤ オトタナバタノ <ここから歌
ウナガセル タマノミスマル
ミスマルノ アナタマハヤミ
タニフタワ ヤラズアチスキ
タカヒコネゾヤ

引用元:池田満校訂「記紀原書ヲシテ」上巻 10-7 (原文はヲシテ文字)より

秀真伝では下照姫とは表記されずとも「シタテルオクラ」と称する女性が登場し、この人物が上述の和歌を詠んでいます。記紀に下照姫の記述が見られることから、取り合えずオクラを下照姫とみなして良いかと思います。すると、赤の他人が味耜高彦根の怒りを鎮める必要はありませんから、下照姫は味耜高彦根の妹か妻ということになります(もしかしたら母ということも考えられます)。しかし、秀真伝では味耜高彦根に同名の妹は居ないので、必然的にその妻であろうということになります。すなわち

 味耜高彦根と下照姫は夫婦である -②

という、書紀の①とは異なる説明がここではなされていることになります。

■もう一人の下照姫

何度もお伝えしている通り、私は、秀真伝を含め、記紀など日本の史書は暗号の書だと理解しています。上記の様に史書によって異なる解釈・結論が出た時には、史書の編纂者が史実として記載するのを憚るような何か重要な事柄がそこに伏せられているのだと解釈するようにしています。

また、そのような重要事項であるからこそ、現代のアニメ映画でバックストーリとして使われるのあろうという考え方もできます。

前節の考察から、私は「下照姫」こそが隠された史実を紐解くキーパーソンではないかと考えます。実は、秀真伝には同時期にもう一人の「シタテルヒメ」が登場するのですが、その別名は「ワカヒメ」、

 アマテルカミの妹

なのです。日本書紀風に言い換えれば、天照大神の妹神ということになりましょうか。

画像2:三貴子と下照姫

秀真伝の系図上では二人のシタテルヒメは全くの別人なのですが、言葉、特に名前にたいへん慎重な古代の宮廷人が、世襲名でもないのにそんな簡単に同じ名を名乗るとは考えにくいのです。また、「シタテルヒメ」は8代アマカミ(現代の天皇)アマテラスの妹姫であり、いわゆる最高度に高貴な存在ですから、ますます同名の姫が他家に居るとは思えないのです。

「シタテルヒメ」が何故「ワカヒメ」と呼ばれたかも秀真伝は説明しています。まさに「和歌」の達人であるからそう呼ばれるようになったとあります。

上述の書紀の一書、あるいは古事記、秀真伝の全てにおいて、エピソード的で決して本筋ではない天稚彦の一節に、そこで初めて登場した味耜高彦根、そしてその妻か妹かもよく分からない女性の和歌をわざわざ載せたのはどうしてなのでしょうか?それも、味耜高彦根のことを最大限に褒め称えて。

私は、天稚彦の一節に登場する下照姫とは、アマテルカミの妹であるシタテルヒメと同一人物であろうと予想します。

画像3:繁華街のビルの狭間に鎮座する下照姫神社(福岡県博多)

本文は次回へと続きます。


玄海のその先に見ゆる茂侶の御社
管理人 日月土

もののけ姫と獣神たち

前回の記事「愛鷹山とアシタカ」で、スタジオジブリの大ヒットアニメ映画「もののけ姫」に登場する各主人公が、神武天皇以前の日本神話をモデルにキャラクター設定されているのではないかという話題を扱いました。

それをざっとおさらいすると

 アシタカ :ニニキネ
 カヤ   :チチヒメ
 サン   :コノハナサクヤヒメ
 エボシ御前:ヒメタタライスズヒメ

となり、そしてこの設定は、やはりジブリの大ヒット映画「千と千尋の神隠し」の主要キャラクターである、「ニギハヤヒ」及び「湯婆婆」に引き継がれているであろうとの結論に至っています。

 参考:上代皇統とジブリ映画 

秀真伝(ホツマツタエ)によると、ニニキネの母であるチチヒメは、別名「アシツヒメ」であり、また、第7代タカギムスビの娘であることは既にお伝えした通りです。つまり、チチヒメは史実的には

 「アシ」と「タカ」

から始まる呼び名を持つ女性であり、その象徴であるカヤは、映画では物語の初めにしか登場しない地味な存在ではありますが、実は主人公のアシタカと切っても切れない関係であることを表しています。

これを単なる母子関係と捉えるのは簡単なのですが、カヤのことは、映画の設定ではアシタカの許嫁となっており、母子とは表現していません。この史書と物語設定の間に見られるギャップこそが、第10代アマカミ・ホノアカリの世継ぎとして養子に迎えられたニギハヤヒを、実は母チチヒメと子ニニキネ(映画ではカヤとアシタカ)の間に生まれた「不義の子」とみなした根拠の一つなのです。

天照大神の子、正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊(まさかあかつかちはやひあまのほしほみみのみこと)、高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の女(むすめ)𣑥幡千千姬(たくはたちぢひめ)を娶(ま)きたまひて、天津彥彥火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を生(あ)れます。


簡訳:天照大神の子である忍穗耳尊は、高皇産霊尊の娘、𣑥幡千千姬を娶り、その間に瓊瓊杵尊が生まれる。

日本書紀 神代二

上述のように、日本書紀ではチチヒメのことを「千千姫」と表記しており、字を見ればお分かりの様に、「千」の字を二つ重ねていることが分かります。また、ニギハヤヒは不義の子であることから、その出自を隠されなければならない王位継承者(アマカミ)であったと考えられます。つまり、”チチヒメの産んだ世間から隠されるべきアマカミ”、すなわち

 千と千尋の神隠し

なるタイトルが生まれる理由となり得るのです。

■獣の形をした神々

さて、もののけ姫では獣の形をした神々が登場します。その中で、主人公に近い存在を二柱を取り上げます。

画像1:(左)モロと(右)乙事主(おっことぬし)
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

モロは300歳、乙事主は500歳という設定だそうですが、物語的には豊かな自然を守ってきた、獣の形をした古い神々ということになっているようです。

これまで見てきたように、もののけ姫に登場するキャラクターの名前には何かしらの歴史的意味付けがなされているようなので、こちらについても、日本神話に基づきそのモデルを探って行きたいと思います。

さて、まずは犬神という設定のモロなのですが、「モロ」なる響きは個人的にあまり馴染みがなく、どこから調べたらよいか迷いましたが、こういう時はまず地名や神社名から調べるのが鉄則なので、早速、自前の住居表示データベースを調べたところ

 岩手県奥州市前沢区両手沢   マエサワクモロテザワ
 宮城県栗原市高清水茂路具多  タカシミズモログタ
 秋田県秋田市河辺諸井     カワベモロイ
 福島県二本松市諸越谷     モロコシガイ
 茨城県稲敷郡美浦村茂呂    モロ
 栃木県佐野市北茂呂町     キタモロチョウ
   ‥‥‥‥‥

等々、全国に100か所近くあり、特に大きな偏りも見られないのでちょっとお手上げ状態です。但し、市町村郡名、特に宮崎県の複数ある諸県(モロカタ)郡については気になるものがあります。

 埼玉県入間郡毛呂山町    イルマグンモロヤママチ
 長野県小諸市        コモロシ
 宮崎県北諸県郡三股町    キタモロカタグンミマタチョウ
 宮崎県西諸県郡高原町    ニシモロカタグンタカハルチョウ
 宮崎県東諸県郡国富町    ヒガシモロカタグンクニトミチョウ
 宮崎県東諸県郡綾町     ヒガシモロカタグンアヤチョウ
 宮崎県東臼杵郡諸塚村    ヒガシウスキグンモロツカソン

次にGoogle Map でモロと呼ぶ神社がないかを調べたところ、なんと、そのままズバリの神社が関東、それも千葉県内に存在することが分かりました。

画像2:千葉県に3社存在する茂呂(侶)神社

 (1)茂侶神社  千葉県船橋市東船橋
 (2)高木村社 茂呂神社 千葉県松戸市小金原
 (3)三輪茂侶神社 千葉県流山市三輪野山

そして、ネットで各神社の情報を収集したところ、それぞれの主祭神は

 (1)木花之開耶姫命 (コノハナサクヤヒメ)
 (2)大物主命 (オオモノヌシ)
 (3)大物主命 (オオモノヌシ)

であることも判明しました。ここでちょっと驚くのは、(1)の船橋の茂侶神社の場合、まさに次の画像3とピッタリの組み合わせであることです。

画像3:モロとサン(モロとコノハナサクヤヒメ)
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

そして、(2)(3)の祭神が、カヤ・アシタカ・サンのモデル解説では登場しなかった、オオモノヌシ系の神社、いわゆる出雲系の神社であることもまた驚きの一つでした。

Wikiの「茂侶神社」の説明には「モロ」の由来について次のように書かれています。

社名の「茂呂」は、大和国三輪山の旧名「御諸山(みもろやま)」の「モロ」のことであるとされている。三輪山の麓には、三輪山を神体山とする大神神社があり、大物主命を祀っている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%82%E4%BE%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE

(3)の社名にも「三輪」が入っていて確かに分かりやすいのですが、もっと仰天するのはモロ役の声優がなんと歌手の美輪明宏氏、「ミワ」さんなのです。ここまで一致するともはや偶然の一致とは言えません。明らかに制作側には「三輪(みわ)」と「モロ」の関係性、コノハナサクヤヒメと「モロ」の関係性を示そうとする意図があると分かるのです。

画像4:美輪明宏氏

■乙事主は事代主か?

ここで、秀真伝に詳しくない方に向けて、秀真伝が記す上代皇統の簡略化した系図を以下に示します。

画像5:上代3皇統図

日本の古代史と言えば、超自然的神の系統であると言われる現天皇家の家系ばかり強調されますが、秀真伝によると、実際には神武天皇以前にアマカミ・タカミムスビ・オオモノヌシの3つの皇統が存在し、それぞれが当時の日本の統治に関わっていたようなのです。

そこから推測すると、2つの茂呂神社の主祭神である大物主命とは、誰か個人のことではなく、3つの皇統の一つである歴代オオモノヌシ、一般には出雲系血族の族長世襲名であると考えられます。

モロと同じく獣に描かれた乙事主は500歳、すなわちモロよりも年長であることから、まずは、歴代オオモノヌシの始祖、初代オオモノヌシのオホナムチを象徴しているのではないかと考えました。

しかし「乙事主」の当て字をもう少し考察すると、甲乙丙の乙は2番目と言う意味で、2代目オオモノヌシのクシヒコ、もしくは別名のコトシロヌシを指しているとも考えられます。何より「(乙)事主」がコトヌシですから、どうやらこちらの方が、乙事主のモデルに相応しいのではないかと思われるのです。

乙事主をコトシロヌシと仮定すると、500歳に対して300歳のモロはコトシロヌシの弟、系図では、タケミナカタ、アチスキタカヒコネ、シマツウシの誰かということになります。これは、二匹の子の山犬をその兄弟と見なした場合の考え方です。しかし、物語でモロは雌という設定なので、あっさりと妹のタカテルヒメと比定する方が順当なのですが、そうなると二匹の子の山犬をどう見るのかという問題が生じます。

困ったことに、オオヤマスミの娘であるコノハナサクヤヒメには、系図上、オオモノヌシ系と繋がるこれといった手がかりがありません。

しかし、もののけ姫の中でモロとサンが一緒に活動しているという描写の中には何か二つの家系を紐付ける理由があるはずです。そしてそれはまた、オオモノヌシ系を人ではなく、山の獣として描く、一種の侮辱的表現の中にも埋め込まれているはずです。

以上は単なるアニメ映画の解説のようですが、実は日本の皇統とその始まりを理解する上で、非常に重要なメッセージを扱っているのではないかと私は感じています。特に、モロのモデルが誰であるのか、そして、なぜそこが強調されるのか、その点に注意する必要がありそうです。

この話は次回に続きます。

画像6:船橋の茂侶神社(2019年12月に撮影)
社は住宅街のある高台から東京湾側を見下ろす



良き悪しき皆祓いませ科戸の風に
管理人 日月土

愛鷹山とアシタカ

富士山の南東側、静岡県沼津市、三島市の北西側に愛鷹(アシタカ)山という標高1504mの山があります。これを「アシタカ」と読ませるのは、いわゆる難読地名の部類なのではないかと思うのですが、そんなことよりも、この「アシタカ」という響きが非常に気になるのです。

画像1:愛鷹山とその周辺
   (原図:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9052073)

もうお分かりの通り、「アシタカ」という名前のキャラクターが大活躍のアニメ映画がありましたよね、ご存知、スタジオジブリ作品の「もののけ姫」に登場した「アシタカ」君のことです。

画像2:もののけ姫に登場したアシタカ
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

これが偶然の一致と言われればそれまでなのですが、何かと日本古代史を題材にするのが好きな日本のアニメ産業ですから、もしかしたら、愛鷹という地名と映画を何か関連付けているのかもしれません。今回は、敢えてその仮定の下で、日本古代史との絡みを追ってみたいと思います。

■アシタカを特定するヒント

まず、アシタカのキャラクター設定について、調べてみます。Wikipediaからの引用をそのまま掲載します。

本作の主人公。17歳。ヒイ様からは「アシタカヒコ」と呼ばれている。ヤマト(大和)(ヤマト王権または大和朝廷)との戦い(史実においては平安時代に起きた坂上田村麻呂の蝦夷征討)に破れ500年余り経過し、朝廷や将軍(武家政権)も衰えていた時代(室町時代後期、応仁の乱で京都は荒廃し、室町幕府の体制は瓦解していき、朝廷も権威が落ち込んでいた。更に東国では室町時代中期の永享の乱や享徳の乱以降、中央の統制が及ばぬ戦乱の時代が既に訪れていた)、北の地の果てに隠れ住むアイヌ民族であるエミシ(蝦夷)一族の数少ない若者(エミシ一族も既に衰亡しつつある事をヒイ様達が口にしている)。東と北の間にあると言われる蝦夷の村の王になるための教育を受けた一族の長となるべき少年であり、それにふさわしい気品をもつ。無口だが正義感が強く潔く、村を襲おうとするタタリ神に矢を放ち、命を奪う事と引き換えに死の呪いをかけられる。それがきっかけとなり、村を追われる。(以下略)

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%91%E5%A7%AB

物語の時代設定はとりあえず中世ということになっています。キャラクターモデル特定のヒントになるのは、次の部分でしょうか。

“北の地の果てに隠れ住むアイヌ民族であるエミシ(蝦夷)一族の数少ない若者。東と北の間にあると言われる蝦夷の村の王になるための教育を受けた一族の長となるべき少年。”

坂上田村麻呂の蝦夷征討(奈良時代末期)などのキーワードが出ていますから、アシタカは現在の東北地方出身の少年で、長たる身分が約束されていた家系の少年であると想像が付きます。

■アシタカを取り巻く人物

アシタカに古代人モデルが居るなら、当然ながらアシタカの周囲に現れる人物にもその符号が入っているはずです。そうすると、アシタカが関わる主要なキャラは次の3名になると考えられます。いずれも女性キャラです。詳細については作品本編、または上記Wikipediaの解説ページをご覧ください。

 カヤ:東北の村で永遠の別れを告げた許嫁の少女
 サン:主人公もののけ姫、犬神に育てられた
 エボシ御前:山奥でタタラ場(鉄の精錬所)を運営する女主人

画像3:3人の主要女性キャラ 左からカヤ、サン、エボシ御前
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

この3人の中で私が特に気になるのは「カヤ」です。そもそも「カヤ」という名前が問題なのです。「カヤ」とは「伽耶」、3世紀から6世紀の間、朝鮮半島南部にあったと言われる小国の名前に通じるのです。まるでそれを示唆するように、カヤが被っている尖がり帽子は朝鮮式の山高帽と似通っているのです。なお、この帽子の形状は、「ユダヤ人埴輪と六芒星」でも指摘した、ユダヤ人スタイルとも似通っているので、なおさら興味を惹かれるのです。

画像4:カヤの帽子と朝鮮式山高帽、ユダヤ人埴輪
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

次に「サン」ですが、サンという呼び名から今のところこれといった具体的な地名や人物名は思いつきません。この音を敢えて漢字に直すなら「三」か「山」になるでしょうか?英語のSunもあるかとは思いますが、ここでははっきりしません。また、顔に隈取りのようなペイントを施しているように見えますが、古代の風習から見れば、これは巫女が顔に刺す入れ墨と考えられます。アニメでは、サンは犬神に育てられた野蛮な自然児のような描かれ方をしているようですが、実はバリバリ正式な古代巫女仕様の出で立ちをしていると言えるのです。

画像5:サンと古代巫女装束(芝山はにわ祭)
(© 1997 Studio Ghibli・ND)

アシタカ、カヤ、サン、ここまでの人物を見ただけでは、古代か中世か区別がつかないのですが、「エボシ御前」が登場すると、その衣装デザインからやっとこのアニメが中世の物語であるのだなと理解できます。このキャラは名前からすでに特別で、「烏帽子」を被るような「御前(高貴な方)」であるという意味付けがされています。本来男の仕事場であるタタラ場を仕切る男勝りな描かれ方をしていますが、その名前から、極めて高貴な女性をモデルにしていると考えられるのです。

■愛鷹山に行ってみた

ここまで調べたところで、次はやはり現地調査です。年が明けた今月の1月中旬、何か手掛かりになるものはないかと、愛鷹山周辺に配置された神社をいくつか回ってきました。ちょうどよい具合に、「愛鷹神社」なる神社が、三島市、清水町、裾野市、長泉町、沼津市、その他の周辺自治体に幾つもあるようなので、まずはそこを回ることにしたのです。

画像6:愛鷹山周辺の「愛鷹神社」および「桃澤神社」
(原図:Google Map)

当日は天気に恵まれず、雨から雪へと変わる生憎の空模様、回れたのは午前中を中心とした、三島市、清水町、長泉町、沼津市の数社のみでした。それでも、現地の空気を肌で感じたことで得られた情報は多かったと思います。

画像7:三島市の愛鷹神社
どこの街でもありそうな神社
画像8:清水町の愛鷹神社
古いコンクリ造でまるで地下通路への入り口の様だ
画像9:裾野市の愛鷹神社
やはりどこにでもありそうな神社。コンクリ造
画像10:長泉町の桃澤神社
集落を見下ろす位置にあり、山の神社の雰囲気が漂う

神社によって祭神は少しずつ異なるようですが、大体なところ次の祭神が祀られているようです。

 愛鷹神社:
  彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)
  鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)

 桃澤神社:
  瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
  木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)

そして、ここは富士山のお膝元ですから、当然、浅間神社(せんげんじんじゃ)も数多くあります。浅間神社の祭神と言えば木花開耶姫であり、その木花開耶姫が嫁いだ先が瓊瓊杵尊であることはよく知られている話です。

考えてみたら、彦火火出見尊は瓊瓊杵尊の子であるし、鸕鶿草葺不合尊は孫に当たります。つまり、ほぼ同時代人がこの周辺の神社に祀られていることになります。

お断りしておきますが、私は間違っても神話の話をしてるのでなく、ここで掲げられている祭神は、あくまでも実在していたという前提で話を進めています。記紀では神話としてこの辺を曖昧に記述していますので、実在人の記録である秀真伝(ほつまつたえ)と秀真伝研究者である池田満氏の研究成果をベースに、この時代の家系を描き直してみました。

画像11:ニニキネ(瓊瓊杵尊)とその前後の血縁関係
東北王朝(タカギムスビ系)との姻戚関係が確認できる

なお、赤字部分は私独自の解釈です。池田氏によるとニギハヤヒはホノアカリの養子であるとされていますが、日本の王宮は血縁を後生大事にしますから、どう考えても、遠い血縁の子をアマカミの世継ぎにするとは考えられないのです。おそらく、ニニキネの子がホノアカリに差し出され、ニギハヤヒとされたのでしょう。当然ながら、子を産んだ相手の女性も高貴な家系であることが求められます。

日高見(ヒタカミ)とは、一般的には現在の東北地方を指すと言われています。その東北地方から一人の姫、チチヒメが9代アマカミのオシホミミの元へ嫁ぎます。これが縁だったのか、オシホミミは現在の宮城県多賀城市に宮を構えたともいわれています。また、東北を流れる北上川の呼び名はヒタカミカワ(日高見川)から来たと言う研究もあります。

どうやら、東北地方と愛鷹の関係性はこれで一応確認が取れたようです。

■アシタカはニニキネであった

さて、前述した三人の女性の中でも、アシタカは二人の若い女性とごく近しい関係となります。巷ではこれが二股関係と見られて、アシタカ君は女性の視聴者からは人気がないと聞きます。しかし、私は、もっと複雑な事実関係が現実のアニメモデルにあったのだろうという結論になりました。それをまとめたのが以下の分析図です。

画像12:アシタカのモデルはニニキネ(瓊瓊杵尊)であった
(© 1997 Studio Ghibli・ND, © 2001 Studio Ghibli・NDDTM)

この図を見れば、なぜ2000年の「もののけ姫」に続いて2001年に「千と千尋の神隠し」が上映され、そこにわざわざ「ニギハヤヒ」なる名前のキャラが登場したのかが分かるでしょう。

 ニギハヤヒは不義の子であった

ここで言う不義とは「母との姦通」であり、先ほどの系図で「?」で示した女性は実母のチチヒメを表しています。もしかしたら、それを伝えるためだけにこの二つの映画は作られたのかもしれません。タイトルの「千と千尋」は「千千=チチ」、すなわちニニキネの実母である「チチヒメ」のことを指しているのでしょう。

最後に、秀真伝によるとニニキネはハラミヤマの麓に宮を置いたとあります。池田氏はハラミヤマを現在の富士山と比定されていますが、私は、愛鷹山こそがハラミヤマなのではないかと推定します。なぜなら、富士山がこれらの人物の時代に今の形で存在していたかどうかは不確かだからです。

 参考:富士山は突然現れた

なお、エボシ御前については、その役柄からチチヒメ、コノハナサクヤヒメに比肩し得る地位の持ち主であると考えられます。すなわち正后クラス以上の人物であり、時代が近く役名に関係があるとなるとヒメタタライスズヒメに比定するのがおそらく正解でしょう。ヒメタタライスズヒメについては「ダリフラのプリンセスプリンセス」にて既に記事化しています。読者の皆さんが「ヒミコ」と呼んでいる、伝説の女王のことです。

アシタカは物語の最後に、エボシ御前のタタラ場に身を置く決意をしますが、そのタタラ場こそが、ヒミコの時代に誕生した新天皇制の現皇室であり、ニニキネから続くニギハヤヒの皇統はその時に完全に失われたのです。いわゆる、ニギハヤヒの国譲りのことです。


一人の王で治めるぞ(日月神示)
管理人 日月土

ダリフラのプリンセスプリンセス

今月の節分の日、久しぶりにダリフラ関連の記事を(真)ブログ「ニッポン人だけが豆まきを祝う」の方で書きました。そこでの結論を以下に再掲します。

 (1) 主人公ゼロツーのモデルは古代女王のヒミコである
 (2) ヒミコとは神武皇后のヒメタタライスズヒメである
 (3) 上(1)(2)よりヒミコにはゼロツーと同じく角がある

そして、(新)ブログでも記事「DIAMOND PRINCESS」において、掲載同日、日本で進行している事柄と関連してヒミコを取り上げ、そこで次のような想定を用いています。

 (4) ヒミコは双子の姉妹である

ここで、(2)の項目に関しては説明不足であるとは認識していますので、これについては、同説を教授して頂いた知人の研究者と詳細を詰め、なぜヒミコがヒメタタライスズヒメと比定され得るのかについて、後日説明申し上げたいと思います。

ヒミコとは誰か、これまでの議論

ヒミコに関しては、様々なヤマタイコク本がどのような人物であったかを推測しており、その代表的なのが次の2点ではないかと思います。

 A. 天照大神説
 B. 神功皇后説

どちらも記紀に登場するキャラクターで、A説は言わずと知れた太陽神、皇室の祖先と崇められ、伊勢神宮で主祭神として祀られている有名な神様です。

そして、B説は女性ながら日本の三韓征伐軍を率いた傑女として描かれた、14代仲哀天皇の皇后であるオキナガタラシヒメを指すとするものです。

A説に関しては、神道における絶対神のアマテラスさんを、神格化を否定し実在人として捉えたまでは良いのですが、そのまま女性と解釈するところに大きな誤りがあります。ホツマ伝の記録では

 アマテラスは男性

とされ、アマカミ(現在の天皇)の地位にあったとされています。当然ながら后に女性(ムカツヒメ)を娶り、後代アマカミのオシホミミを授かります。

ホツマ伝の記述が必ずしも絶対的事実とは言えませんが、少なくとも神格化を否定したのならば、性別についてもその作為性について疑うべきでしょう。世界の神話においても、北欧神話などを除けば太陽神は男性であることが主流です。この点で最も興味を惹く事実とは、むしろ

 どうして太陽神の性別を女性としたのか?

そして、

 どうして天の岩戸開きなどという寓話を挟んだのか?

という日本神話の特異性そのものなのです。

天照大神の天の岩戸神話
画像1:岩戸開き神話(春斎年昌画、1887年)

B説については、その実在可能性については女性アマテラスさんより高いのですが、如何せん、中国三国時代に使者の行き来があった(魏志倭人伝)とされるヤマタイコクのヒミコが、それより100年以上後の三韓時代の皇后とされるオキナガタラシヒメと同時代と見るのはやはり無理が多いと思われます。

なお、魏志倭人伝はヤマタイコクの存在事実を攪乱するために後代の日本で書かれた偽書とも考えられますので、そこに記載されている年代についてはちょっと注意が必要ですが。。

どちらにせよ、A説、B説共に説得力に欠け、その実体は、何となく古代史に登場するヒロインをヒミコに当ててみたといったところでしょう。積極的な証拠がないという意味では私も似たようなものですが、それについては読者の皆さんがそれぞれご判断頂ければよいかと思います。

■アニメに描かれた双子の関係性

これ以降の話は、ヒメタタライスズヒメ=ヒミコ、と解釈する前提で進めます。(新)ブログでは、

 ヒメタタライスズヒメ = タタラヒメ & イスズヒメ

つまり、この姫は二人の姫(プリンセス・プリンセス)を表し、おそらく双子であろうと述べている訳ですが、名前をこのように分けた理由について説明すると

 タタラ=多々良 → 製鉄
 イスズ=五十鈴 → 鉄鉱

と、それらがお互い関連し合いながらもそれぞれ独立した意味を持つからです。ここから、神武天皇の時代は鉄、または鉄器が極めて重要視された時代だったのであろうと窺い知る事ができます。

さて、この関係を、ちょっと無理目ではありますが、アニメの設定に置き換えてみましょう。

 イスズ → 地下に眠る原石
 タタラ → 地上で原石の力を引き出す

ですから、つまり

 イスズ → Code:001 地中に潜む叫竜(きょりゅう)の姫
 タタラ → Code:002 地上人として能力を開花させたゼロツー

そして何より

 ゼロツーは叫竜の姫の遺伝子から作られたクローン人間

つまり、二人が同一遺伝子を持つ存在として描かれていることに注目です。これは

 二人が双子であること

の暗示的表現と捉えることができます。この部分だけでも、このアニメの制作者はヒメタタライスズヒメ(ヒミコ)が双子であったことをよく知っているなと、感心してしまうのです。

画像2:叫竜の姫とゼロツー
XXのペアは二人の女性を表す
画像3:ダリフラは初めから双子のプリンセスの物語として意図されていた
FLANXXの「XX」は女性の染色体を表す

知るべきところには知識は伝承されている。それを思うとヤマタイコクを巡るこれまで数十年間の議論自体が何だか虚しく聴こえてきますよね。

■ナインズは欠史代天皇の象徴

前回のダリフラ関連記事「太宰府で繋がる新元号とダリフラ」で、私は、登場人物のナインズ(NINES)が、ゼロツーがカウントされていないので9人でなく8人しか描かれていないが、

 実はこの8人構成に意味がある

と表現しました。ここまで書けば後はもうお分かりでしょう。ナインズの8人にはゼロツーの遺伝子が組み込まれているという設定ですから、つまり、ナインズとは

 ゼロツーの血を受け継ぐ者たち

すなわち

 ヒメタタライスズヒメの子孫たち

という事実の象徴であり、すなわち

 綏靖から開化までの欠史代天皇

を表現しているのです。ゼロツーのパートナー、ヒロ(Code:016)は神武天皇をモデルにしたとみなせますし、ストーリーの最終回ではナインズと共に戦っているので、ここからナインズの真のメンバーとは

 ヒロとその他のメンバーたち

つまり

 初代神武天皇、及び綏靖から開化までの天皇八代

を表しているのは間違いないでしょう。そして、全てのメンバーに有角遺伝子が引き継がれてたのですから、彼らの事を

 九鬼(くき)

とも呼ぶのです。そして、ヒミコと同じくやはり本当に角がある人間であったと考えられます。寺社用語として時より登場する「九鬼」という言葉は、初代から第九代までの歴代天皇のことを表し、すなわち、日本風水における独自の「鬼門」の設定や、寺社でこの時期に実施される節分の豆まきとは

 日本建国の古代王たちを呪う

という意味であり、後の反日的陰陽師、僧侶、その他祈祷師等によって開発された呪いの儀礼なのです。なぜここまで九鬼が嫌われるのか?そして現皇室との関係は?それについては記事を改めて推考を進めたいと思います。

* * *

その国の歴史を知ろうと思うなら、その国の宗教を知らねばならないと良く聞きます。しかし、日本の場合は、それよりも更に、宗教の奥底に潜む呪詛の思想、呪詛の技術を知らなければ、とてもじゃないですが過去起きた出来事の真意など掴むことはできません。

一見くだらないような言葉の組み合わせにも経験に裏付けされた心理操作のテクニックが詰まっており、それを巧みに操って、個人や集団を意図する方向に誘導することができます。記紀が編纂された本当の目的とは、子孫の代に渡って日本人の思考を支配するためではないかとすら思われるのです。

ダリフラというアニメはその描画表現と言葉のテクニック用いて、国内の一部にだけに残されている歴史の真実を、作品を通して視聴者に開示しようとしているのではないか?そう思える節が数多く見て取れるのです。

ヒミコの居た古代から現代にまで繋がる「双子の姫=プリンセス・プリンセス」の呪い。現代版のそれについては私たちにとってたいへん生々しい内容を含むため、これまで詳細をぼかしてきましたが、3月1日に開始するメルマガ第1版ではその細部をブログに先行して詳しくお知らせすることにしました。しばしお待ちください。

誠の神力を現す世と成れる
管理人 日月土


太宰府で繋がる新元号とダリフラ

昨日4月1日、政府より新元号「令和」が発表されました。

情報が漏れないよう、新元号選定関係者は厳重に情報管理されていたとされていますが、暗号報道の形でかなり細部の情報まで事前に出回っていたことは(真)ブログ「新元号発表と前日の出来事」でお知らせした通りです。

今回の発表で、私もちょっと驚いたのは、元号制定の根拠となった古典が「万葉集」であったことです。そして、直接元号の由来となった序文が、

 太宰府

にて読まれたものだということです。新元号発表の2日前、3月30日に、ダリフラのアニメタイトルに「太宰府」が暗号として織り込まれているとの前記事「“ダリフラ”、タイトルに隠された暗号」を出したばかりですから、まさか、その話題に被るようこの元号が示されたことに、単なる偶然を越えた何かを感じずにはいられません

九州の地方紙、西日本新聞で出された記事

ここで、太宰府市における26の地区名の中から気になるものをピックアップしてみます。

 01.観世音寺     カンゼオンジ
 02.国分       コクブ
 03.五条       ゴジョウ
 04.宰都       サイト
 05.宰府       サイフ
 06.坂本       サカモト
 07.三条       サンジョウ
 08.白川       シラカワ
 09.朱雀       スザク
 10.高雄       タカオ
 11.通古賀      トオノコガ
 12.都府楼南     トフロウミナミ
 13.長浦台      ナガウラダイ
 14.梅香苑      バイコウエン
 15.御笠       ミカサ
 16.水城       ミズキ
 17.連歌屋      レンガヤ

また、隣接する福岡県大野城市36地区の中から次を取り出します。

 18.牛頸       ウシクビ
 19.大城       オオキ
 20.乙金       オトガナ
 22.乙金台      オトガナダイ
 22.乙金東      オトガナヒガシ
 23.上大利      カミオオリ
 24.雑餉隈町     ザツショノクママチ
 25.下大利      シモオオリ
 26.下大利団地    シモオオリダンチ
 27.東大利      ヒガシオオリ
 28.御笠川      ミカサガワ
 29.瑞穂町      ミズホマチ
 30.南大利      ミナミオオリ
 31.紫台       ムラサキダイ
 32.横峰       ヨコミネ
 33.若草       ワカクサ

全部について一つ一つ説明するとキリがありませんので、まず次のグループに分けます

 グループ1:国の中心を表す地区名
  04.宰都、05.宰府、12.都府楼南
 グループ2:都市の形状を表すもの
  03.五条、07.三条、09.朱雀
 グループ3:大利と付くもの
  23.上大利、25.下大利、26.下大利団地、27.東大利、30.南大利
 グループ4:地形を表すもの
  08.白川、13.長浦台、28.御笠川、32.横峰
 グループ5:歴史の用語によく登場するもの
  01.観世音寺、02.国分、16.水城、19.大城
 グループ6:皇子、皇女の名に関連すると思われるもの
  31.紫台、33.若草
 グループ7:歌に詠まれた、神話に登場したと思われるもの
  06.坂本、15.御笠、
 グループ8:その他

ここでは、グループ1~3に注目します。


太宰府が国の中心であることを表す「都」と「宰」の字

現在、地方行政区で「都(みやこ)」の字が付けられているのは、東京都のみ。日本の首都であり政治的中心地です。明治政府が成立する前は、現在の京都符が首都と言えますが、その名残りが京都の「都」の字に表れています。共に共通するのは、天子(天皇)がご在所する場所だ(だった)ということです。

単に「都」の字が付く地名なら、全国に色々ある訳ですが、太宰府が特別なのは、「宰」の字が付けられていることです。「宰」とは「宰相」という単語からも分かるように、「多くの役人を統率する人(長)」という意味があります。つまりこれが地名に付けられるということは、ここが政治的中心地であったことが窺われるのであり、更にそこに「都府楼=都(みやこ)にある府庁」という行政の中心ともとれる意味が付与されているのですから、

 太宰府は首都を現す地名

と捉えて良いはずです。それはすなわち

 天子(天皇)がご在所された土地

を意味します。加えて、ここが元々整備された都市であったことを示すのが、グループ2の語群にある、現在の京都と同じように真っ直ぐな通りを表す「条」であったり、都市の南に設置される門を示す「朱雀」であると考えられるのです。


「大利」を「ダイリ」と読めば

太宰府市に隣接する大野城市には、地名に「大利」の字が残る地域が、比較的多く存在します。現地ではこれを「オオリ」と呼ぶのですが、これは「大」を訓読み、「利」を音読みするいわゆる湯桶読みです。これを両方音読みするとどうなるでしょうか?

 大利 → ダイリ

ダイリとはすなわち「内裏」、おダイリ様のダイリと同音となります。その意味は、Wikipediaによると

 ”古代都城の宮城における天皇の私的区域のこと。 御所(ごしょ)、禁裏(きんり)、大内(おおうち)などの異称がある。”

とあります。やはりここでも、「天皇」との関連が顔をもたげてくるのです。そして、これはグループ1,2の語群とも意味的に整合するのです。

太宰府市と大野城市
周辺行政区の地名にも注意


歌に詠まれたのはやはり大宰府

(新)ブログ記事「三笠の山の月を詠む」で、次の有名な和歌

  天の原 ふりさけ見れば 春日なる
   三笠の山に 出(い)でし月かも  
                安倍仲麿

は、実は太宰府市にある宝満山(ほうまんざん)、別名「御笠山(みかさやま)」を詠んだ歌ではないかとの考えをご紹介しました。この歌に登場する「春日」という言葉に再度ご注意ください。古代、博多湾は現在春日市の北部まで迫っており、この歌が船から眺めた御笠山を詠んだものであるならば、旅立ちの港となる春日は、安倍仲麿にとってもたいへん印象が強い土地の一つであったはずです。

その春日の港の先に、都である太宰府があり、そこにそびえる御笠山に月がかかるのを見て、詠み人はふと郷愁を覚える。これこそが、この歌の本質であります。

安倍仲麿は奈良時代の官吏です。時代的には新元号の拠典が詠まれたのと同時代の人物です。通説なら、奈良の都を出立し遣唐留学生として唐に向かう旅の途中の出来事を歌に詠んだと解釈されるのですが、途中立ち寄った役所の一支所に過ぎない土地の山に、そんなにもしみじみと郷愁を覚えるものでしょうか?

ここで、都府・宰府・内裏、すなわち太宰府が天皇が居する当時の都であったとするならば、歌の解釈は、まさに都を離れんとする官吏の都への郷愁へと結ぶことが可能なのです。すると、ここからとんでもない仮説が導かれます。最近の記事で「神武天皇御陵は福岡県にある」とお伝えしておりますが、神武時代からおよそ700年ほど経た奈良時代、その時でも都はまだ太宰府にあったことになります。つまり

 奈良時代などなかった

という結論になり、勢い飛鳥時代などというものも存在しないという事になってしまいます。

それに関連して、懇意の遺跡発掘の専門家Cさんにこんなことを聞いたことがあります

 「もしかして、奈良時代や平安時代なんてなかったのではありませんか?」

バカにされるかと思って尋ねたのですが意外にも次のような答えが帰って来ました

 「日月土さん鋭いですね。平安時代が存在したという、遺跡上の根拠なんかないんですよ」

えっ、平安時代もなかった!?


フランキスとフランクス

太宰府でここまで引っ張りましたが、ここからアニメの解説となります。アニメ「ダーリン・イン・ザ・フランキス」を鑑賞された方は、作品を見始めた時に次のような疑問を最初に感じたはずです。

”タイトルは「フランキス」なのに、作中での呼び名は何で「フランクス」なのだ?”

アニメを観てない読者さんのために補足すると、フランクスとは作中に登場する戦闘ロボット(人工生命体)のことです。

物語の中では「キス(kiss)」が一つのキーワードになっており、何となくその台詞の勢いに押されて、タイトルは「フランキス」でいいのかな?と思ってしまうのですが、実はここにも大きな暗喩が潜んでいるのです。次の分析図を見てください。

ダリフラタイトル分析図

(1)の文字違いの比較から見てみましょう。呼び名が異なる「キ」と「ク」を抽出して並べると、①キク、②クキの2パターンが出てきます。このアニメが「日本成立史の情報開示」という大きなコンテキストの流れにあるのなら、この2語は次のように漢字変換できます。

 ①キク → 菊

 ②クキ → 九鬼

②の九鬼とはまさに作品中に出てくる、「叫竜(きょりゅう)」の血が入ったゼロツーのクローンによる戦闘集団、つまり9人の鬼の集団である「ナインズ」を指すのは明らかです。よって、この一文字違いは意図的にタイトルに埋め込まれていたことが明確になります。

なお、九鬼という言葉は、九鬼文書や日蓮宗の九鬼の秘術など、呪術世界でもよく使われる言葉ですが、その真意について明かされたものを私はまだ見たことがありません。

パパの近衛兵であるナインズ(九鬼)
図は、ゼロツーが欠けており8人である。実はこの8人構成に意味がある

すると①の菊も意図的に織り込まれた暗号であり、主人公「ヒロ(16)」の存在と重ね合わせると、これが何を指しているのかはもう明確ですよね。

16菊花紋-天皇家の象徴

次に(2)のキーワードの比較です。作品を通して「キス」が重要なキーワードになっていることは上述した通りですが、これをクスと読むとどんな意味が生まれるのでしょうか?

 ③クス → 九州

もちろん樹木の樟もあるのですが、樟の木は九州を代表する樹木であり、むしろその名は「九州」に由来するものだとも言えます。

新元号の太宰府、ダリフラの太宰府、そして今回の分析よって出てきた新なキーワード、「天皇」「九鬼」「九州」。ここまでの分析にとりあえず矛盾はなさそうです。

九州の太宰府に天皇の出自に関る何かがあるのか、九鬼とは何を指し、どう太宰府や天皇と繋がるのか、ダリフラに隠された暗号は、思いのほか深いものがあるようです。


奪い尽くされて、彼女は地に座る(イザヤ 3:26)
管理人 日月土

“ダリフラ”、タイトルに隠された暗号

この記事は、アニメ「ダーリン・イン・ザ・フランキス」を鑑賞し終わった読者さんを対象に書かれています。記事中に一部ネタバレ的な内容を含むかもしれませんのでご注意ください。

2018年のアニメ「ダーリン・イン・ザ・フランキス」

まずは、(真)ブログ「日本の始まりとダリフラ」で説明した内容のおさらいです。要点を挙げると次の様になります。

・ヒロイン名「ゼロツー」は「02」の別読み、すなわち「鬼(オニ)」、あるいは「和邇(ワニ)」を意味している。
・匿名の原作者名「000」は輪が3つ、すなわち「三輪」を表している

お分かりのように、これは歴史の年表を覚える時に、「何も無くし(794)た平安遷都」などと覚えるように、語呂合わせの要領で、逆に数字から元の語句を推測する方法を取っています。

このアニメをご覧になられた方は、登場人物がただの数字で呼ばれるなんて、何て味気ないのだと思われたかもしれませんが、実はその解読方法については主人公の「コード016」、通称「ヒロ」が仲間の名前を数字の語呂合わせから考案したという下りに凝縮されているのです。

もう一人の主人公となるヒロ(コード016)

日本人にとって数字は単なる記号でなく、数字に紐付けられる音によって数字以上の特別な意味を持つようになります。古神道の中に物部の数詞(かずうた)というものがあるのですが、それは「一二三四五六七八九十」と書いて「ひとふたみよいつむななやここたり」と読み、これだけで立派な祝詞、あるいは呪文として意味を持つのです。呪術の世界では生命を復活させる力があるとされています。

この漢数字の中で、例えば「四」を取り出せば、その音は「し」または「よ(ん)」であり、その音は更に「死」「子」「夜」「世」・・などの多くの意味を持つことになります。その点においては、数字の並びは、漢字や平仮名よりも多くの意味を同時に持たすことができるので、暗号を仕込む方法としては実はたいへん都合が良いのです。

■アナグラムで読む”ダリフラ”

さて、暗号を仕込む方法としては、アナグラムという文字の並べ替えが良く使われます。このアナグラムを用いて、このアニメのタイトルを分析しましょう。

タイトルは「ダーリン・イン・ザ・フランキス」ですが、英語のカタカナ表記なので、英文に合わせ「・」(なかぐろ)によって単語毎に言葉が区切られています。実はこの言葉を区切るというというのが曲者なのです。

以下は「いろは歌」の暗号としてかなり有名なものですが、まずこれを見てみましょう。

いろは歌の暗号
一般に、咎なくして死するを善しとした人物とは、イエス・キリストを指す

この暗号を抽出するには、どこで言葉を切るのかが重要になってきます。ところが、ダリフラのタイトルの場合はどこで言葉を切ったらよいのか、既に記号で示されているので、こんなに楽なことはありません。それではそちらも同じ様に分析してみましょう。

ダリフラのタイトル文字を分析

すると、「ダイザフ」なる言葉が浮き出してきました。これをアナグラムとして更に並べ直すと、意味のある言葉が出てきます。そう、もうお分かりですね、それは

 太宰府(だざいふ)

となります。あの学問の神様、菅原道真公を祭り全国的に有名な太宰府天満宮のある、福岡県太宰府市のことです。

いきなり太宰府が出てきて何のことと思われるかもしれませんが、実はこれまでに出てきたキーワードとちゃんと関連してくるのです。下の福岡県の地図を見てください。

太宰府市(赤)と旧三輪町(黄)、那珂川市(青)
三輪町は2005年に夜須町と合併して筑前町に、那珂川は昨年市に

前述の「三輪」を奈良県桜井市にある三輪山と想定すると、この関連性は分からないかもしれません。ここで言う三輪とは、福岡県にある旧三輪町のことを指します。太宰府と三輪が地理的に近いのは上記地図を見ればお分かりだと思います。そして、青く塗った(現)那珂川市は、(新)ブログ「両陛下へ繋ぐ神武天皇御陵」でもお伝えしたように、本物の

 神武天皇御陵

が鎮座する土地なのです。それらから、ダリフラが何故タイトルにまで「太宰府」なるキーワードを埋め込んできたのか、その真意が見えてきます。私はそれを「日本成立期に関る情報の開示」と見立てました。

実は、このタイトル、もう一つ別の意味を含んでいるのですが、太宰府に関する詳細な情報を含め、それはまた次回以降の話題に譲りましょう。

最後に、主人公の「ヒロ」について触れたところで、コード016の意味について考えましょう。語呂については既に「1(ヒ) 6(ロ)」と出ていますので、こここでは数字として単純に見ればその意は明らかです。

16菊花紋章-天皇家の象徴

16なんて数字はどうにでも解釈可能ではないかと思われるかもしれませんが、これが「菊」であるという暗示が実はアニメの中に示されています。それについては次回触れることにします。


奪い尽くされて、彼女は地に座る(イザヤ 3:26)
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