書き換えられた皇統史 – 令和七年のまとめ

令和七年も終わろうとしています。今回は今年最後のブログ記事として、この一年の間に何について書いてきたのか、そのまとめをお届けしたいと思います。

■素戔嗚と世田谷事件

日本神話に登場する天照(あまてらす)、月読(つくよみ)、素戔嗚(すさのお)は三貴子と呼ばれ、特に女神の天照は神社神道において現皇室の祖とされている神として有名ですが、記紀において、月読の記述はほんの僅かですし、素戔嗚についてはその行動に関する記述は多いものの、高天原(たかあまはら)で乱暴狼藉を働き追放されたと思ったら、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して姫を救うなどとヒーロー的な一面も神話には記述されています。

神話に出てくる有名人(神)として非常に個性が強く描かれている素戔嗚ですが、「神話は史実の極端な婉曲表現」と捉えている本ブログでも、その行動の幅広さは実際の史実が何であったのか推測する上で非常に悩ましいものがあります。

そんな中で、日本書紀の一書の中に新羅の「ソシモリ」から素戔嗚が渡ってきたという記述が残されており、その「ソシモリ」が現代韓国語で「牛(ソ)の頭(モリ)」であることから、牛頭天皇(ごずてんのう)とは素戔嗚の別名であるのだろうと容易に考えられるのです。

その「ソシ」から着想を得て、「祖師(ソシ)」を地名に含む東京都世田谷区祖師ヶ谷(そしがや)、そして、26年前にそこで発生したいわゆる「世田谷事件」について、何か関連性があるのではないかと、今年の1月に現地を訪れて視察をしてきました。

以上についてあれこれ推察したのが、以下の3編となります。

 ・素戔嗚と牛頭天皇 
 ・ソシと祖師と世田谷事件 
 ・世界の中の素戔嗚伝承 

■線刻石に描かれた七枝樹

さて、牛頭を象徴するものと言えば、雄牛の頭に生えている二本の角なのですが、実はシュメール文明の遺物には頭に牛角を模した冠を被る王の姿のレリーフが多く見つかっているようです。

この「牛角」の王に対して、必ず対になって描かれるのが「蛇」を傍に置いた女王の姿なのです。そして、王と女王の間には七本の枝を付けた樹木らしきもの(七枝樹)が描かれ、どうやらこれらのセットがシュメール王制を表す重要なシンボルのようなのです。

この「七枝樹」、実は日本の弥生式土器にも見られ、正倉院に収められている樹家美人図の樹木も、元々は七枝樹から来たものではないかと疑われるのです。

画像1:牛角の王、蛇と女王、七枝樹 (シュメールの円筒印章)

素戔嗚と牛頭とシュメールの印章模様、古代日本社会おいてこれらは互いに関係するものなのかどうか、それらについて川崎真治さんという歴史言語学の研究家の著書をタネ本に次の記事を書いてみました。

 ・蛇と樹とシュメールの女王 
 ・七枝樹と弥生土器 

■足摺岬と龍宮伝説

3月頃、四国南端の足摺岬へと調査に行ってきました。土佐清水市内から足摺岬へと向かうその途中に「唐人駄場」(とうじんだば)という有名な巨石群があるのですが、その規模に私も圧倒されました。

この巨石群については分からないことだらけなのですが、現地の地名や神社の祭神を調べていたら、どうやら記紀に登場する「豊玉姫」(とよたまひめ)や「玉依姫」(たまよりひめ)を想起させるものが多く、従来から調査している上記二人の姫及び同時代の関係者と巨石群の間に何やら関係ありそうだというところまでは辿りつけたのです。

 ・唐人駄場の巨石と神話の神々
 ・足摺岬と奪われた女王 

この調査の頃、四国では山火事騒ぎが続き、現地に向かったちょうどその時には高知龍馬空港に米軍のF35戦闘機が緊急着陸したり、唐人駄場に向かう歩道脇の岩に塗料で赤く塗られた真新しい先刻文字が刻まれているなど、具体的な事情は分からないまま、身の周りで不可解な出来事に見舞われた、記憶に残る調査であったことを覚えています。

画像2:誰が何の為にわざわざ古代文字風のメッセージを書き残したのか?
この文字の試訳はメルマガで発表しています

■豊玉姫と玉依姫

以前、アニメ映画「千と千尋の神隠し」の設定に埋め込まれているだろう日本古代史を分析することで、主要キャラクターが神話上の誰をモデルとしているのか、次の結論を得ています。

 ちひろ = 栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)
 リン  = 天鈿女(あめのうずめ)

この分析では、アニメのモデル地、いわゆる聖地として千葉県銚子市及びその周辺地域がその一つであろうとしていました。

さて、同地について以前から気になっていたことがあり、同地域には豊玉姫及び玉依姫に関わる神社が比較的目に付いていたことなのです。

この二人の「玉」の姫が栲幡千千姫や天鈿女とどういう関係なのか謎だったのですが、唐人駄場で二人の「玉」の姫への関心が深まったことから、再び同地へ調査に赴くことになったのです。

その調査記録と考察を綴ったのが次の記事になります。

 ・「千と千尋の神隠し」と龍宮城 
 ・二人の姫と犬吠埼 
 ・二人の姫を巡る探訪(その一) 
 ・二人の姫を巡る探訪(その二) 
 ・二人の姫を巡る探訪(その三) 

ここでの大きな発見は、アニメに登場したお風呂屋さん「油屋」のアニメ描写が、日本神話における「龍宮城」の文字表現と酷似していることなのです。「油屋」が「龍宮城」をモデルとしているのならば、自ずから結論は見えてきます。それは

 ちひろ = 豊玉姫
 リン  = 玉依姫

というもので、すなわち

 栲幡千千姫 = 豊玉姫 (= ちひろ)
 天鈿女   = 玉依姫 (= リン)

という結論が必然的に導かれたのです。記紀など日本古代史の史書をお読みになる方ならば、一人の人物(あるいは神)にいくつも異なる名前、いわゆる別名が当てられているのはよくご存知でしょう。同じことが、この二人の姫のケースにも当てはまるのです。

画像3:油屋のモデルは龍宮城なのか?
© 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM

■天照と素戔嗚の誓約

日本神話には誓約(うけい)と呼ばれる、天照と素戔嗚が交わした約定の場面があります。詳しくは以下をお読みいただきたいのですが、この約定によって5柱の男神と3柱の女神が誕生します。

これはいったい何を意味しているのか?この奇妙な誓約シーンは、私の分析では天照に続く歴代5人の王とその皇后となった3人の女王を指す暗号なのだろうとしています。ちなみに、この3人の女王こそが、世間で言われる宗像三女神(むなかたさんじょしん)なのです。

この誓約シーンをこのように史実として解釈すると少しおかしなことに気付きます。それは次の2点になります。

 ・5人の王と3人の女王では釣り合いがとれない
 ・三貴子の一人である月読が含まれていない

この5人の王ですが、最初のオシホミミ王を除き、それに続く王の名は記紀の歴代王として登場しない王の名が記されています。これはいったいどういうことなのでしょうか?

実は秀真伝(ほつまつたえ)には、記紀とは全く異なる次の記述があるのです。それは

 オオモノヌシ王統なる別の王統が存在した
 ニニキネ(瓊瓊杵尊)の代に2つの王朝に分裂した

というものです。

色々語られたとしても史実は一つしかありません。この混乱を私がどのように分析したのか、それは次の記事を読んだ上で読者の皆様にも考えていただきたく思います。

 ・誓約(うけい)の暗号 
 ・誓約(うけい)の暗号 – 王の系譜 
 ・誓約(うけい)の暗号 – 隠津島姫と3女神 
 ・誓約(うけい)の暗号 – 五人と三人 
 ・誓約(うけい)の暗号 – 剣と王権 

私の結論は、この誓約は結果的に破られることになった本来の王統で、姫は強奪され再婚させられることになった、それが姫の数(3)が王の数(5)より少ない理由であるというものです。この誓約破りの王朝こそが誓約王朝を排除し現日本皇室のルーツとなったというものです。

そして、このような誓約破りが強行されたのも、日本の王権が女系に有り、王家の姫を娶ることが日本の王となる必要条件であったため、このような事態が発生したと私は考えるのです。

なお、月読が誓約シーンに登場しない理由については、以下記事にて手を付けていますが、まだ結論を出すに至っていません。

 ・三貴子の暗号 

■宗像三女神とは誰なのか?

誓約シーンの分析から、宗像三女神と呼ばれる、タギツ姫、タゴリ姫、イチキシマ姫もそれぞれ既出の姫の別名であることが見えてきます。その結果は次の通りです。

 タギツ姫   = 豊玉姫
 タゴリ姫   = 玉依姫
 イチキシマ姫 = 木花開耶姫(このはなさくやひめ)

実は「千と千尋の神隠し」よろしく、宗像三女神は3人の若い女性として、多くのアニメ作品のモデルとして採用されていることが分かってきました。

それらの作品をまた詳しく分析すると、この三女神は洪水伝説の「方舟」と結び付けられていることが分かりましたが、この辺りの分析過程については以下の2編で解説しています。

 ・アニメに表れた宗像三女神 
 ・方舟と宗像三女伸 

■市杵島姫と少彦名

宗像三女神の中で、特に市杵嶋姫(いちきしまひめ)にフォーカスして調べたところ、市杵嶋姫は少彦名(すくなひこな)という人物(あるいは神)の相方であると、能登半島の神社の伝承に残っていることが分かりました。

また、静岡県沼津市の淡島(あわしま)に市杵嶋姫を祀る神社がある事実は、少彦名の代名詞的呼称が淡島であることを考え併せれば、この神社伝承の確からしさを裏付けているとも言えます。

ここで、

 イチキシマ姫 = 木花開耶姫

という等式を用いれば、木花開耶姫の夫は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)ですから、三段論法的に

 少彦名 = 瓊瓊杵尊

という図式が見えてきます。

この辺の推論の経緯については次の2編で述べています。

 ・少彦名とは誰なのか 
 ・少彦名とクエビコ 

少彦名は掌に乗るほどの小男だった、瓊瓊杵尊は天から降りてきた(天孫降臨)など、いくら神話的に演出されているとはいえ、やはりこの人物表現の特殊性は際立っています。

これに加え、タニグク(蛙)とクエビコ(案山子)の神話から、私は少彦名もとい瓊瓊杵尊とは、全世界的に有名な歴史上のあの人物なのではないかと私は疑っているのです。

 
* * *

以上、令和七年の記事について振り返ってみましたが、多少全体の流れが把握できたでしょうか?

来年はまた、日本の古代史、特に神話に書き換えられた神武天皇以前の上代について、更にここから先へと分析を進めていきたいと考えています。


管理人 日月土

令和六年のブログ記事まとめ

2024年もあと1日となりました。昨年に引き続き、今年も本ブログにて掲載した記事のまとめをお届けします。

なお、今回は各記事の概要を箇条書にまとめたPDF文書を作成したので、ご興味のある方はそちらをご覧になってください。

画像1:「(神)ブログ2024年記事まとめ」から
※これ以前のものについては鋭意制作中です

■鹿に始まった令和六年

本年を振り返ると、今年は「鹿」に始まり「鹿」に終ったような気がします。そもそも年初の記事「もののけ姫と馬鹿」では、このアニメ映画の主人公アシタカが乗っていた、馬と鹿が合体したような謎の動物ヤックルについて、そのデザインにどのような歴史的意味が込められているのか、その考察から始まりました。

また、NHKの大河ドラマ「光る君へ」のテーマも、紫式部が主人公とは言え、常に藤原一族との絡みで描かれていましたよね。藤原氏と言えば春日大社であり、春日大社と言えば鹿せんべいに群がる奈良公園の鹿たちのことが直ぐに思い浮かぶはずです。

春日の「春」が出てきたところで、4年前に「クローゼットの中で首を吊る」という自殺としては不審な死を遂げた俳優の三浦春馬さんの件についても、歴史的事象との関係性を「三浦春馬と馬鹿」で考察しました。

また、同年全く同じように「クローゼットの中で首を吊る」という不可解な亡くなられ方をした竹内結子さんについても「竹内結子と鹿の暗号」の中で、古代史的な解釈を用いてその意味を考察しました。

「クローゼットの中での死」の他に、両者に共通するキーワードが「鹿」であり、また「馬」なのです。その一字に込められた意味は奥深く、その深さを私はまだ読み切れてはいませんが、取り敢えず導かれた結論が

 素姓を隠したまま死ね

という、少し恐ろしい結論になったのです。

問題なのはその「素姓」の部分であり、いったい、三浦さんも竹内さんもどのような素姓を隠していたのか、あるいは隠し続けられてきたたどんな秘密を象徴させられていたのか、そこが問題になってきます。

「鹿」には、日本神話に登場するタケミナカタ、タケミカヅチの2柱の神々が関わっており、神話の暗号的解釈から、両神がどうやら同一人物であることが分かってきました。

そして、これを神話ではなく、古代史的な史実として解釈すると上代(神武以前)に存在していたであろう

 タカミムスビ皇統

の存在が浮かび上がってくるのです。

タカミムスビ皇統は秀真伝の中だけで語られている王統であり、基本的に私たちが日ごろ目にする、現皇室とは異なる皇統です。

これは、万世一系を強調する現代の皇室観とは相容れない概念であり、もしかしたら、隠された素姓はこのことではないかとも考えられるのです。

■猿と烏

三浦春馬さんの死の要因を考察する中で得られたのが、「猿」の存在であり、それについての考察は「三浦春馬と猿の暗号」で行いました。

どうやら、「猿」が象徴する日本神話の神「猿田彦」とは、王朝並立時代の初代王ホノアカリを指すことが分かってきましたが、こちらも万世一系の概念とは大きく衝突するものです。

そうなると、現皇室の出自がいったいどのようなものであるのかが気になりますが、それについて強く暗示されていたのが、三浦春馬さんが最後に出演した「カネの切れ目が恋の始まり」の最終話だったのです。

その考察を伊豆半島でのロケシーンから分析したのが「三浦春馬のカネ恋と少女神」であり、どうやら現皇室は三嶋と呼ばれる人物から始まったものであることが見えてきました。それを系図にしたのが以下の図です。

三画像2:嶋神と現皇室の始まり

ただし、これを正しく理解するためには、「少女神」という古代の女系王権についての考察が不可欠です。

女系王権がいつ男系に置き換わったのか?それを暗に示唆していたのがカネ恋最終話だったというのが私の結論なのですが、もちろんこれが事実なら、神の子孫とされる現代の皇室観に大きな疑義を挟むことになるでしょう。

画像2に登場する玉依姫(たまよりひめ)については、上代女系王権から上古代(神武以降)の男系王権へと時代を繋いだ特に重要な少女神として、「サキタマ姫と玉依姫」で考察を加えています。

因みに、三嶋神とは別称「八咫烏」(やたがらす)であり、ここで、鹿・馬・猿に続いて烏(からす)が象徴的動物として登場することになります。

■虎と鹿

さて、今年の後半になってテーマとして取り上げたのが、アニメ「しかのこのこのここしたんたん」であり、子供向けのギャグアニメにしか見えないこの作品には、タイトルが示すように「鹿」が含まれているのです。

なぜ、今年はここまで「鹿」を前面に出して来るのか、そう思いこの鹿の子アニメを分析していったところ、どうやら鹿(しか)には次の意味が含まれていることが分かりました。

 鹿 → しか → 志賀 → 綿津見(わたつみ)の神

そして、綿津見の神とは各々「表・中・底」で象徴される三神であり、これが聖書及び世界の古代神話に登場する方舟(はこぶね)の三層構造を指すことが判明したのです。すなわち

 しか = 方舟

となります。これについては「鹿と方舟信仰」で考察しています。

加えて、鹿の子アニメには虎子という「虎」を象徴するキャラクターが準主役で登場しており、主役の「鹿」と親密な関係を保っています。

こちらの考察はまだ半ばではありますが、虎には「黒と黄」という色の象徴が含まれており、陰陽五行でこの色を解釈すると「水と土」を意味します。

ここで

 鹿 →  方舟
 虎 →  水と土

となりますが、方舟は「大洪水」の発生を同時に意味しており、両者の意味を繋ぎ合わせると必然的に

 大洪水に覆われる大地

という意味が浮かび上がってきます。

こうなれば、この何気ないアニメ番組が人々の意識をどこに誘導しようとしたものか、大体分かりますよね。

また、鹿の子アニメには古代メソポタミアの彫像に頻繁に現れる七枝樹、あるいはメノラーが描かれていたりするのですが、それについては「方舟と獣の数字」で少し触れています。

この七枝樹については、おそらく来年の主要テーマとなるかもしれません。

それにしても、NHK朝ドラの「虎に翼」といい、トランプ大統領の当選といい、今年は鹿だけに限らず「虎」尽くしでしたよね。ちなみに、トランプ政権で政府効率化省のトップに内定している実業家のイーロン・マスク氏ですが、英語のマスク(MUSK)とは

 MUSK DEER (ジャコウ鹿)

を表しているのですよ。

画像3:偶然だとは思いますが
あるいは全てが計画通りなのか?

それでは来年もよろしくお願いします。


管理人 日月土


三浦春馬と馬鹿

まず最初にお詫びから申し上げます。

今月令和6年1月は、元日から色々ありまして歴史関係の調査・整理が全く進みませんでした。よって今回のブログ記事では、これまでの記事の中から整理してまとめたものをお知らせしたいと思います。

今回取り上げるのは、2020年の7月18日にお亡くなりになられた、俳優の三浦春馬さんと、最近の歴史テーマに取り上げてきた「馬鹿」(うましか)の関係についてです。

画像1:三浦春馬さん

三浦春馬さんは、クローゼットの中で首を吊った「自殺」と認定されていますが、同年9月27には、やはり有名俳優の竹内結子さんも、同じようにクローゼットの中で自殺したとされています。

この二人について、自殺と言うにはあまりに奇妙な点が共通していることから、両者共にこれが他殺だったのではないかという疑いは今でも囁かれています。

このブログは歴史ブログと銘打っている以上、この件を単純な事件として扱うことはしません。但し、両者の亡くなり方、報道のされ方には呪詛的要因が見受けられるため、それが呪詛だった場合、何に起因し、何を目的としている呪詛なのか、歴史的に解釈することは可能であると判断しました。

まとめ記事故に、これまでお知らせした内容と被る箇所も多々ありますが、三浦春馬さんの死の一件の中に、どのような歴史的意味が込められていたのかを見て行きたいと思います。

■芸名「三浦春馬」に込められた暗喩

芸名にしろ本名にしろ、芸能人の名前が重要なのは、単にそれが個人を識別するだけの記号でなく、そこに使われる文字や読み方が多くの人々に認識されることから、芸能人個人のパーソナリティを超えた別の象徴として使われることは、芸能の世界では良く見られます。

氷川きよしさんの「氷川」が埼玉県大宮市にある「氷川神社」、綾瀬はるかさんの「綾瀬」が同じ埼玉県を流れる「綾瀬川」を象徴し、一つの地理的かつ歴史的呪詛体系を作り出している可能性については、(真)ブログ「氷川と綾瀬と昭和天皇と-皇室への呪い」で既に触れています。

同じように「三浦春馬」という文字列を見て行った場合

 三浦、春、馬

という要素に分解することができます。

ここで、これまでの分析から

 春 → 春日大社 → 鹿
 馬(字のまま)

と、ここでさっそく馬鹿(うましか)の記号が抽出できるのです。

次に「三浦」(みうら)ですが、一般的には神奈川県の三浦半島を想像しがちですが、これについては以下の地図より

画像2:鹿島三浦

茨城県鹿島地方の三つの浦(うら)、すなわち

 霞ヶ浦、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)

を指すとも考えられ、要するに「鹿島」あるいは「鹿」を表しているとも考えられるのです。

そして、この「三浦」(みうら)を音読みの「三浦」(みほ)と読み替えたらどうなるかというと

 三浦(みほ)→ 美浦(みほ)

となり、この美浦には、広大な

 中央競トレーニング・センター

が置かれているのです。しかも、美浦は画像2の地図の中にすっかり収まっているのです。

画像3:鹿島三浦と美浦
画像4:JRA美浦トレーニングセンター

即ち、「三浦」というどこでもあるような苗字には、「馬鹿」(うましか)の両方の意味が付されていると見なされ、有名芸能人が「三浦」の名で活躍すれば、本人の意識とは全く別に、もう一つの「馬鹿」(うましか)の意味が大衆の意識の中で一人歩きし始めると、呪術に通じている関係者ならば普通にそう考えるのです。

どうやら、「三浦春馬」という芸名には、「馬鹿」(うましか)という別の意味が込められていたようなのです。

■馬鹿(うましか)と馬鹿(ばか)

さて、ここまでは「馬鹿」を「うましか」と呼んできましたが、通常ならばこの漢字2字を書けば「ばか」と読むのが普通です。

前回記事「もののけ姫と馬鹿」では、侮蔑用語として「ばか」がどうして馬と鹿なのか、その起源については、国語辞典編集者の神永さんをして

 諸説あるがはっきりしない

としています。

大事なのは「諸説ある」と「はっきりしない」は意味的には同意であることで、某国営放送の看板番組のように、「諸説ある」のにある一説を以って「ボーっと生きてるんじゃねぇ」と他者をこき下ろすような下品なことはこのブログではやりたくありません。

ならば、「ばか」を「馬鹿」と書かせる諸説の一つに、今回の三浦春馬さんとの関係を考慮しても良いのではないかと思われるのです。

どういうことかといえば、三浦春馬さんの名前に関連付けられた「馬」と「鹿」の意味に対して、昔の人が後から何か侮蔑的な意味を持たせた造語だったのではないかということなのです。

正直なところ、私は三浦春馬さんが出演されたドラマはほとんど見たことがないのですが、彼の出演作を良く知る知人の話では

 少し間の抜けた美男子

という役割が多かったと聞いています。別の言葉で言い換えれば

 ちょっと馬鹿(ばか)っぽい美男子

と言えるのではないでしょうか。

しっかり見ていないので推測の域は出ませんが、もしも「三浦春馬」という名に「馬鹿」(うましか)の意が含まれているのを知っていれば、敢えて彼に「馬鹿」(ばか)のような役作りをさせる演出があったのではないかと想像してしまうのです。

■馬鹿の意味についての再考

そもそも「馬鹿」(うましか)の話は、鹿児島の「鹿」から出てきたもので、これまでの話の展開からその相関図は次のようになります。

画像5:鹿の相関図

この相関図には「鹿」はあっても「馬」らしきものは見えず、「馬」との関連性を考慮しなければならなくなったのは、まさに「三浦春馬」という芸名に「馬」が含まれていること、そして、日本古代史を原作モデルに置いているのは間違いないあの名作アニメ映画「もののけ姫」に、「馬」と「鹿」をミックスしたような架空の動物が描かれていることにあったのです。

画像6:「もののけ姫」のヤックル

多少素性が見えてきた「鹿」は良いとして、このペアに現れる「馬」とはいったい誰を、あるいはどの系統を指すのか思案していたところ、おあつらえ向きに次の様な紋章があることを思い出したのです。

画像7:馬(ロバ)と鹿の紋章

実はこれ、ユダヤ十二支族と言われる聖書の創世記に登場するヤコブ(イスラエル)の子孫(の家)に付けられた紋章なのです。

ヤコブはイサクの息子であり、イサクはまたその父アブラハムの息子です。ヤコブはアブラハムの孫に当たることになります。さて、イサクとアブラハムについては創世記の22章に次のような下りがあります。

 神の命がアブラハムに下った。息子イサクをモリヤにある山
 に連れて行き、そこでイサクの命を神に捧げるようにと。
 山に祭場を作った後、アブラハムが刃物を取りイサクを屠
 (ほふ)ろうとした時、神は手を下すのを止めろと命じた。
 神は愛する息子を捧げようとしたアブラハムを、神を畏れる
 者として祝福した。

この刃物を手にして子を撃とうし、直前でそれを取りやめる動作というのが、かつて諏訪大社の御頭祭において神事として演じられていたというのは、日本のユダヤ同祖論の中でよく聞く話です。

また、諏訪には守屋山もあることから、諏訪の地は聖書のこの記述と何か深い繋がりがあるのではないかと、多くの方が疑問を抱くのも無理はありません。

この件については既にご存知の方は多いと思われますが、これについては次のサイトがよくまとまっているので是非参考にしてください。

 外部リンク:諏訪 御頭祭:聖書のイサクはミシャクジ神か?

私がここで強調したいのは、一見突拍子もなく出したユダヤ十二支族の紋章の話が、聖書の記述を通して諏訪大社の御頭祭と繋がることなのです。

さて、ユダヤ十二支族とは一般的に、ヤコブの子である

 ルベン
 シメオン
 レビ
 ユダ
 イッサカル
 ゼブルン
 ダン
 ナフタリ
 ガド
 アシェル
 ヨセフ
 ベニヤミン

を指しますが、領地を継いだ一族という基準で見れば、ヨセフの代わりにヨセフの子であるマナセとエフライムの名を加え、そもそも所領を持たないレビ族を除けば

 ルベン
 シメオン
 ユダ
 イッサカル
 ゼブルン
 ダン
 ナフタリ
 ガド
 アシェル
 マナセ
 エフライム
 ベニヤミン

となります。他にヤコブの直接の子ではないマナセとエフライムの2族をここから除いて十氏族とする見方もまたあるのです。

さて、画像7で挙げた紋章なのですが、それぞれ次の支族を表します。

 馬:イッサカル族
 鹿:ナフタリ族

こうなると、「鹿はユダヤのナフタリ族を指しているのか!」とやりたくなるのですが、それを言うにはまず「馬」の痕跡が日本古代史のどこかに残っているのかを見つけなければ、早計というものでしょう。

■馬に象徴されるもの

まずは「鹿島」と「鹿」の関係よろしく、「馬」の字を含む地名のチェックから始めたのですが、そもそも馬は昔の生活に深く根差した生き物であり、全国ほぼ満遍なく「馬」の付く地名が存在します。

これでは良く分からないので、検索の対象を大きな単位、具体的には県市町村群名に絞ったところ、次の様な結果を得ました。

 群馬県
 福島県   相馬市
 福島県   南相馬市
 福島県   相馬郡
 茨城県   北相馬郡
 群馬県   北群馬郡
 東京都   練馬区
 長野県   北安曇郡白馬村
 徳島県   美馬市
 徳島県   美馬郡
 高知県   安芸郡馬路村
 長崎県   対馬市

これだけ見ても直ぐに何とも言えませんが、県名に「馬」の字を使う群馬県はまず一つ押さえておくべきかと思われます。そして、福島と茨城に見られる「相馬」もまた気になる地名です。特に福島県の南相馬市周辺は2011年の福島第一原発事故で大きな被害を受けた所でもあります。

あと、気になるのは徳島県の美馬郡で、ここにはやはりユダヤ同祖論で取り上げられることの多い「剣山」(つるぎさん)が位置しているのです。やはり「馬」とユダヤの支族が関係しているサインなのでしょうか?

結局良く分からないままなのですが、鹿島のある茨城県から太平洋岸に沿って続く、福島県の「相馬」エリアについては、馬との関連性で追ってみる必要がありそうです。

■三浦春馬と馬鹿

結局のところ、馬鹿(うましか)について核心を突く結論は得られていないのですが、状況証拠的にこれがどうも古代日本におけるユダヤ問題と関連がありそうだというところまでは掴めました。

ここで三浦春馬さんの不審な死の話に戻ると、この死に呪詛的な意味があると仮定した場合、それは古代日本のユダヤ問題に関連するだろうと考えられるのです。

そして、それは三浦さんの芸名が体現する2つのユダヤ支族「馬(イッサカル族)と鹿(ナフタリ族)」に対して死の宣告を向けたのだとも解釈できるのです。

この場合、鹿とは武御雷から藤原氏へと続く一族の血統を指すと考えられますが、馬については上述の通りその系統については未解決だとしておきます。

さて、「クローゼット」という言葉には「隠された性癖」という隠語があるのですが、その中で死亡したという事実と併せて解釈するならば

 素性を隠したまま死ね

と言う意味にも取れます。つまり、日本の中でユダヤの末裔を名乗ることは一切まかりならんと言う強い意志を表しているとも解釈できるのです。

三浦春馬さんは、このようにユダヤ支族への大きな呪いを背負わされて旅立たれたのでしょうか?

参考:

三浦春馬さんの出演ドラマ「おカネの切れ目が恋のはじまり」について、その中で表現されている種々の暗号メッセージの解読に挑んだ動画がありますので、ここでご紹介しておきます。

Youtubeチャンネル「外閣情報調査室」から

なお、同ドラマについては(真)ブログ記事「三浦春馬の死とカネ恋の呪い」において、そのドラマ設定に仕掛けられた呪術的な意味を、方位術の観点で解読を試みています。


管理人 日月土

令和五年のブログ記事まとめ

このブログの運営を始めて4年近くになりますが、そう言えばこれまでの記事を総括したものを殆ど書いたことがなかったことに気付きました。

ブログという媒体の性質上、古い記事はどんどんと過去に追いやられて行き、読者の皆様が過去記事を読もうにもどこから手を付けてよいか分からなくなるだけでなく、筆者の私自身が過去のいつ頃にどんな記事を書いたのか訳がわからなくなってきます。

今年の年末は例年に増して忙しく、新たな書下ろしをどうしようかと考えあぐねていましたが、この状況を機に、ひとまず今年最後の記事はこの1年の記事を振り返ってみることにします。

■令和五年の過去記事一覧

まずは、今年書いた記事の一覧を、リンクを付けて下記に掲載します。

【前半】
1月
 大空のXXと少女神の暗号 
 豚と女王と木花開耶姫 
2月
 猿と卑しめられた皇統 
 名前を消された三嶋 
3月
 甲と山の八咫烏 
 加茂と三嶋と玉の姫 
4月
 書き換えられた上代の系譜 
 伊古奈姫と豊玉姫、そして123便 
5月
 三嶋神と少女神のまとめ 
 丹塗矢が流れ着いた庄内 
6月
 推しの子に見る月読尊と伊予 
 神津島の少女神たち 

【後半】
7月
 古代の女王と文化庁 
 欠史八代の天皇と皇后 
8月
 美濃の姫神 
 卑弥呼と邪馬台国の精密分析 
9月
 公孫氏卑弥呼とは誰か 
 花嫁たちの故郷 
10月
 神功皇后の新解釈 
 日本神話と鹿児島 
11月
 日本神話と鹿児島(2) – 吾平山上陵 – 
 鹿児島と鹿の暗号 
12月
 鹿の暗号と春日の姫 
 令和五年のブログ記事まとめ (この記事)

■少女神と三嶋神

今年、特に前半で主要なテーマだったのは、何と言っても、

 少女神と三嶋神

であり、それらの考察から見えてきたものは、記紀などの史書やその他伝承の中でそれぞれ別の神の系譜として記述されているものが、実は同一神の系譜を指していることが明らかになったことです。

なお、毎度のお断りですが、私は日本神話とは実在した人物の記録を敢えてデフォルメ(神話化)したものと捉えていますので、この先は実在人として取り扱っていきます。

そして、この一年を通して何度も主張してきたのが

 古代天皇の家系は女系であった

という考え方で、これを「少女神仮説」として展開してきました。

この王権女系継承の継承者となる女性シャーマンのことを「少女神」と呼びますが、この少女神の考え方を提唱されたのが、みシまる湟耳さんであり、その著書「少女神 ヤタガラスの娘」(2022/1/28 幻冬舎)については本文中で何度か紹介させて頂いています。

史書類の記述を比較検討し、それに少女神仮説を組み入れた結論、それは上記事「三嶋神と少女神のまとめ」に初めて掲載した次の系図に表されています。

画像1:女系による王権継承と上代の王

この図を読む上で気を付けて欲しいのが次の点です。

 ・王権の継承者は皇后である
 ・各史書によって異なる人物名が使用されている

記紀の神話を読む限り、男性王が目に留まった女性を皇后に向い入れる様な話が多いのですが、それによって私たちは古代から現代に至るまで男系による天皇家が続いてきたように思わさせられています。

しかし、みシまる氏の上記著書では、史書の細かな記述の分析から、どうやら女性シャーマン(少女神)の下に男性が婿入りすることこそが、その男性が王となる為の条件だったのではと、従来の考え方に一石を投じているのです。

「万世一系」は一般的な天皇家の血の継承を表す言葉ですが、その言葉のイメージは、「男性が皇后を娶り、その間に生まれた男子が王権を継承する」というものですが、もしも女子にこそ王権の継承権が与えられていたとすればどうなるでしょうか?

少女神仮説によれば、一系は一系でも、その血の流れは女子にこそ受け継がれるものなのです。現代の私たちは果たして間違った天皇家像を見ているのでしょうか?

このブログでは、日本神話は神話物語と読むべきものではなく、

 古代史実が高度に記号化された暗号書

であると以前から主張しています。

例えば、「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が大山祇(おおやまつみ)の娘、木花開耶姫を見初めて娶った」という記述は

 大山祇の息子、瓊瓊杵尊が木花開耶姫へ婿入りした

という事実の反転と捉えればよく、記紀で表現されている「皇后が嫁入り」という部分を「天皇が婿入り」に置き換えれば、あっという間に女系継承による天皇系図が出来上がるのです。

要するに、これは記紀編纂者が女系から男系へと史実を大きく改竄した時に使っただろう暗号化手法を更に逆手に取った復号方法だとも考えられるのです。

もちろんそれが正しいかどうかは、他のケースにおいても比較検討しなければなりませんが。

■複数の名を付けられた古代王

日本神話を読むときに、あまりに多くの神(人物)名が出て来るので、その関係性の整理が頭の中でおいつかないという声をよく聞きます。

しかし、このような複雑な神(人物)名の数々も、図1のように各史書の記述を整理していけば、実は同じ神(人物)名に幾つも異なる名が付けられているのが分かってきます。

例えば、上の図では

 三島湟咋 = 賀茂建角身 = 彦火火出見

が同一人物であることを示しています。

なぜこんなにも激しい記述の揺れが発生するのかと言えば、これも過去に行われた歴史改竄事業の結果だと私は考えています。

しかし、結局上図のような系譜の統合ができたのには、これが同一人物を表すのだというサインが、各史書分散され巧妙に散りばめられていたからなのです。ここに、古代の史書編纂者が仕掛けただろう「史実を改竄しつつ史実を残す」という高度な暗号化技法が見て取れるのです。

系譜の統合をどのように行ったかについてはぜひ「書き換えられた上代の系譜」を読んでいただきたいと思います。

■記紀から名を消された古代王

神話の中で複数の名を与えられたばかりに、その実在性が希薄となり、その中でも最も忌むべき名が通名になった古代王がいます。その王について書いたのが「猿と卑しめられた皇統」です。

全国の神社でお馴染みの神様、猿田彦(さるたひこ)が、実は、記紀からその存在を抹殺された古代王、火明(ほのあかり)を揶揄した命名であることが、やはり記紀や古代史を物語の基本プロットに採用したアニメ作品の分析から判明しました。その結果については下図を見て頂きたいと思います。

画像2:失われたホノアカリ王朝とその変名

この火明さんですが、記紀から抹消され、獣の名(猿)を当てられる位ですから、逆に、古代期において非常に大きな業績を残した王だと考えられるのです。

この方については、いずれ大きく取り上げたいと考えています。

■卑弥呼と神功皇后

9月、10月には古代史上の女傑? 卑弥呼と神功皇后(じんぐうこうごう)について触れています。

卑弥呼については、山形明郷著「卑弥呼は公孫氏」を題材に、従来の邪馬台国論争が、全くもって的外れであることを説明しています。

そもそも、「倭人」が日本人であると誰が決めたのか?「邪馬台国」が日本列島内にあると誰が決めたのか?そのような邪馬台国論争の根本となる基礎的解釈が、実は非常に曖昧で当てにならないことを述べています。

また、神功皇后についても、少女神仮説と共に史書編纂者による記述の反転があったとみなし、再反転による再解釈を試みています。この解釈は卑弥呼の節で述べた「倭国」の定義を採用していますが、これにより、世にいう「三韓征伐」(さんかんせいばつ)が実際にどのようなものであったかを考察しています。

■鹿児島と鹿と三浦春馬

9月、10月には鹿児島へ調査に行ってきました。10月後半から今月までは鹿児島と神話に関するトピックを扱ってきましたが、ここでは「鹿の暗合」に大いに注目しています。

実はこの鹿の暗合、3年前に不審な亡くなられ方をした俳優の三浦春馬さんの名前とも関連してくるのです。

ここでは、12月16日配信した(神)ブログメルマガの記事から、鹿と三浦春馬さんの関係について書いた記事を抜粋したいと思います。

■三浦春馬と春日の関係

ここで、少々唐突かもしれませんが、3年前に「クローゼットで首つり自殺」なる不審な死を迎えた若手俳優の三浦春馬(みうらはるま)さんと春日との関係について考察します。

私の直感ではありますが、この俳優さんの死と呪術は無関係でなく、それならば涼宮ハルヒ同様、三浦春馬という芸名にも何かの意味が込められているはずです。

まず、誰でも分かることですが春日の「春」と春馬の「春」が共通の文字として使われている事が一つ。

次に「三浦」の解釈ですが、もしもこれが

 霞ヶ浦、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)

だとすればどうでしょうか?実はこれらの浦(波が静かな入り江のこと)は全て

 茨城県の「鹿島」地域

にあるものなのです。中世まであったと考えられる香取海(かとりのうみ)の現在まで残った残姿だとも言えます。ちなみに香取海の沿岸は、実在したであろう高天原(たかあまはら)が実際に置かれていた地域と私が推定する場所なのです。

ここで、「春(春日)」と「鹿」という、今回の記事で取り上げた春日大社に意味づけられたのと同じ要素が、三浦春馬さんの名前の中に見られることが分かります。

もしも、三浦春馬さんの死が何か呪術的に呪われたものだとすれば、それは春日大社、引いては藤原氏、武御雷、タカミムスビ皇統に繋がるものであると考えられるのです。

問題なのは「馬」の文字の解読なのですが、これについてはまだ不明な点が多いです。しかし、「馬娘」なる若者向けアニメのプロモーションに巨額の資金が投入されている実態を見ると、どうやらこの「馬」についても、もう少し時間を掛けて調べる必要がありそうなのです。

令和5年12月16日配信 (神)ブログメルマガ92号より

実は、三浦春馬さんの名前には非常に大きな意味が込められているのが分かりました。それについてはまずメルマガで解説させていただくことになります。

 
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以上、なるべく簡潔に今年一年の記事をまとめてみましたが如何だったでしょうか?複雑な日本神話ですが、日本の古代を紐解く暗号書としてその解読に興味をもっていただければ幸いです。

それでは新年もよろしくお願い申し上げます

管理人 日月土